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141 もうどうだっていい リュカ
しおりを挟む愛する方の傍を離れ、久しぶりに実家に戻った私は、兄たちの仕事を手伝っていた。
今まで侍従の仕事しかしていなかったのだから、うまくことを運べず、毎日悪戦苦闘している。
それでも仕事をしている間は、リオン殿下のことを忘れられる。
だから私は、一日中仕事に没頭していた。
気付けば二ヶ月が経過し、仕事にも慣れ始めていた頃──。
領地の見回りを終えた私の元に、今日も次男のリカルドが、疲れた様子で話しかけてくる。
「リュカのそのピアス、本物だろう? 家族のため、領民のために、金に替えて欲しい」
「兄さん……。何度も言ってますよね? これは私の敬愛する方にいただいたものなんです。それをお金に替えるだなんて……」
「贅沢するためじゃなく、領民のためなんだ! 少しは領民のことも考えてくれ!」
狡い言い方をするリカルドに、私は溜息を吐くことしかできない。
口を開けば領民のため、領民のため……。
私のことはどうでも良いのか?
それに、このピアスを売るより、他にやれることがあるだろう。
確かにラピスラズリを売れば、お金にはなるが、それも一時凌ぎにしかならない。
兄たちもわかっているのだろうが、毎日のように懇願されて、頭がおかしくなりそうだ。
だからと言って、私は兄たちの前でピアスを外すことはない。
リオン殿下の傍にいることができなくても、繋がっている気がするから……。
ピアスを売ることを断固拒否していると、それならば、どこか裕福な家に嫁げと言われる。
兄たちが、本気で言っていないことくらいわかっている。
嫁ぎたくないならピアスを手放せ、そう言っているのだ。
◆
深夜まで仕事をし、遅い時間の夕食を取る。
ここにリオン殿下がいたなら、『残業、ダメ、絶対っ!』と、頬を膨らませていたことだろう。
それに、食卓には、幸せな気持ちになる、愛情たっぷりの美味しい料理が並んでいる。
一緒に食事をすることが当たり前になっていたが、主人と食事の席を共にする侍従など、この世に私しかいないだろう。
質素な料理が不味いわけではないのに、なんの味も感じられない。
自ら恵まれた環境を手放したというのに、今でもリオン殿下に会いたくて会いたくて、たまらない気持ちになってしまう自分が疎ましい。
食事が進まない私を眺めていたリカルドが、食いたくないなら食うなと、溜息を吐いた。
そして今日もまた、金のために嫁げと話をされ、なにもかもどうでも良くなった私は、頷いていた。
「わかりました。ペロス男爵家に嫁ぎます」
「っ! リュカ!」
「本気か? あの男は、加虐性愛者で何人も愛人がいるんだぞ?」
「かまいません。領民のためですから」
嫌味のように言ってやると、兄二人が顔を歪めて唸り声を上げる。
「なんでそこまでして……。それは誰にもらったんだ? リオン殿下か?」
「ええ、それが何か?」
「リオン殿下といえば、傍若無人の我儘王子だろう? 湯水のように金を使って、気に食わないことがあれば暴力で解決して、陛下もそんな野蛮な男を放置しているし。そんな奴に…………ヒッ!」
関わったこともないくせに、私の愛する人の何を知っていると言うのだ。
ペラペラとデタラメを並べるリカルドの口を縫い付けてやろうか。
「ま、まあまあ、リュカ、落ち着いて……」
「私は落ち着いていますよ?」
「そ、そうか……。でも、私もリオン殿下とは会ったことはないが、悪い噂しか聞いたことがない。それに、リュカも言っていたじゃないか。リオン殿下は我儘でどうしようもないって……」
病でやつれた兄のリリベルクは、心底わからないといった様子で眉を下げる。
「悪評は、昔のリオン殿下です。今の彼は全くの別人です。弱き者に手を差し伸べて、痛みを分かちあえる……そんな素晴らしい方です」
「そうなのか……。リュカが言うのだから、素敵な人なんだろう。私も一度ご挨拶してみたいな」
憤慨していた私も、リリベルクの言葉に心を落ち着かせて微笑んだ。
「このピアスは、彼から特別に戴いたものなんです。友人四人でブレスレットを作ったのですが、侍従の仕事中はブレスレットが邪魔になるからと、わざわざ配慮していただいたのです。彼にとっては普通のことだったのかもしれませんが、私はそのお気遣いが嬉しかったのです。それに、困った時は売って良いとも言われました」
「っ、それなら!」
「一時凌ぎのお金のために、私は大切な思い出まで売りたくありません。そんなことをするくらいなら、加虐性愛者だろうが、愛人がいようが、容姿が醜いジジイだろうが、嫁ぐことを選びます」
結局、兄たちは決意の固い私に、それ以上何も言ってこなかった。
でも、経営が圧迫しているのは事実。
ギリギリまで粘ってみたが、もうペロス男爵家に資金援助してもらうしか道はない。
私は、自らペロス男爵家に嫁ぐと告げた。
最初は反対されたものの、もう残す手はないと、最後は申し訳ないと、兄二人に頭を下げられた。
別に気にしなくて良い。
相手がリオン殿下でないなら、誰に嫁ごうがどうだって良いのだから……。
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