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137 俺の侍従は生涯リュカだけだ

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 最愛の恋人に別れを告げた俺は、呆然とするジルベルトを部屋に残して、自室を後にした。

 「リオン殿下……」
 「っ、リュカ? どうかした? ジルベルトに用なら、俺の部屋にいるから話して良いよ。俺はちょっと出掛けるから……」

 俺は服の袖で目元を雑に拭い、俺の部屋の前にいたリュカに微笑んだ。

 「お話があります」
 「……ごめん。明日でも良い?」
 「申し訳ありません。今聞いていただきたいのです。私は、生涯リオン殿下の専属侍従にと誓ったのですが、一身上の都合により、辞めさせていただきたいのです」
  
 ハッと目を見開いた俺に、無表情のリュカは深く頭を下げる。

 「申し訳ございません。家督を継いだ長男が病に伏せておりまして、家族から帰ってきて欲しいと前々から連絡を受けていたのです。侍従を辞して、家の仕事を手伝いたいと考えております」
 「そう、だったのか……。気付いてあげられなくてごめん」
 「いえ。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 家族が病気なら仕方がない。
 今すぐにでも駆けつけたいだろうに、俺に他の侍従がいないから、ギリギリまで俺と一緒にいてくれたのか……。

 初めて恋人が出来たことに浮かれて、リュカが悩んでいることにも気付かずに、俺は今まで一体なにをしていたんだろう?

 そういえば、最近リュカの笑顔を見ていない気がする。
 表情を取り繕っていると思っていたけど、違ったのかもしれない。

 「落ち着いたら、戻ってくるよな?」
 「……申し訳ありません」

 深々と頭を下げるリュカは、もう俺の侍従に戻る気はないらしい。
 家族が病気なら傍に居たいよな。

 でも、ジルベルトと別れて、精神状態が不安定な俺は、リュカもいなくなるという現実を、受け入れることが出来なかった。

 「そうか……。リュカもいなくなるんだな……」

 頭を上げたリュカが、動揺しているかのように新緑色の瞳を揺らす。

 リュカに離れて欲しくないという自分の我儘で、困らせるようなことを言ってしまう俺は、本当に最低な人間だ。

 「本当にごめん、自分勝手なこと言って……。早く家族の元に行って、顔を見せて安心させてあげて? 俺は一人でなんでもできるから」
 「新しい、侍従は……」
 「いらない。俺の侍従は、生涯リュカだけだ」

 眉をぎゅっと寄せたリュカは、ゆっくりと目を伏せた。
 リュカを苦しませるようなことを言う屑な俺は、最後に新緑色の美しい髪を愛でる。

 「もう、この綺麗な髪を、毎日見ることが出来なくなるんだな……」
 「リオン殿下……」
 「俺さ、いきなり変わっただろ? 誰にも言ってなかったんだけど、最後にリュカにだけ話すね?」

 そう言って、俺はリュカの部屋に案内してもらった。

 リュカの部屋に来たのは今回が初めてだ。
 無駄なものがなく、綺麗に清掃された部屋は、リュカの性格が出ている。

 俺は少し硬めの椅子に腰掛けて、紅茶を用意し終えたリュカが、対面の椅子に腰掛けたのを確認してから、口を開いた。

 「この柑橘系の紅茶。初めて飲んだとき、本当に感動したんだよな……」
 「初めて、とはいつのことですか?」
 「ふふっ。俺がアーノルドの嘘に気付いた日」

 えっ、と戸惑う声を上げたリュカに、俺は苦笑いを浮かべる。

 「ジルベルトの記憶がない、って話したよね?」
 「はい……」
 「それだけじゃないんだ。俺はその時に、前世の記憶を思い出したんだ」
 「前世……?」

 ぽつりと呟くリュカは、信じられないといった表情で食い入るように俺を見つめている。

 「俺の前世は今と同じ黒目黒髪だった。ただ、その世界では黒目黒髪は平凡なんだ。だから、俺の記憶が蘇って初めて見た相手はリュカで、リュカの新緑色の髪を見たとき、すごく驚いた」
 「神聖な黒目黒髪が平凡だなんて、おかしな国ですね」
 
 そう言って、ふっとリュカが笑った。
 馬鹿にした笑い方ではなかったのが、きっと夢だと思っているのだろう。

 そういえば、ここ一ヶ月。
 リュカは聞かれたことに答えるだけで、自ら積極的に発言していなかった気がする。
 最初に打ち解けた頃のように、辛辣なことを言うリュカが戻ってきた……そんな気がした。

 「でも、その世界はクロフォード国より文明が発展してるぞ? 空を飛ぶ乗り物もあるしな」
 「……もしかして、トランプやシチューも……」
 「うん。俺がよく作ってた料理。モテたくて、身長を伸ばすために牛の乳をひたすら摂取してた」

 くすっと笑ったリュカの久しぶりに見る微笑みに、俺は自然と頬が緩む。

 「残念なことに、今世でも背は高くないし、黒目黒髪だし、全然イケメンじゃないし、リュカやジルベルトが羨ましかった。しかも、俺は馬鹿で嫌われ者で暴力男で、驚くほど腐ってた」
 「ふふっ、だから平凡だと思っていたのですか。まあ、今でもお馬鹿は変わらないですけどね?」
 「むぅ。これでも自分なりに頑張ったんだ!」

 はいはいと俺の話を流すリュカは、記憶を取り戻した後に、俺が初めて仲良くなったあの頃のリュカと同じだった。

 今日でリュカの淹れてくれる紅茶を飲むことが出来なくなるんだと思った俺は、泣きそうになるのを必死に堪えて、おかわりをお願いしていた。








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