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96 触れたい

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 夕食を終え、子供たちが寝静まった頃……。
 一人の不審な影が、息を殺して動いていた。
 
 こっそりと彼らの様子を見に来た俺は、仲良し兄弟の部屋の扉を開けた。
 大きな寝台で、大の字になってすやすやと眠るシエル君を見つけて、笑みが溢れる。
 蹴り飛ばされている毛布を手に取り、小さなの体にかける。

 同室の兄に視線を向けると、寝台の端で真っ直ぐになって眠っていた。
 普段から隅っこで寝ていたのだろうかと、胸が苦しくなる俺は、体をそっと中央に移動させる。
 金色の髪を優しく撫でると、ふにゃっと口許が緩んだ気がした。
 
 全員が安心して眠っていることを確認し、やりきった俺は、次の不法侵入先を目指す。

 統率の取れた三人組の侍従の目を盗み、第二王子殿下の自室に足を踏み入れる。
 手土産を持参する俺は、勝手にファーガス兄様の部屋で待機していた。

 なぜなら、夕飯時にまたしてもすれ違いになった時に気付いたのだ。


 俺は、ファーガス兄様から避けられている。


 だって、ハロルド兄様もセオドル兄様も、ファーガス兄様とは普通に顔を合わせていると聞いたのだから……。
 
 仲直りがしたい俺は、ファーガス兄様の好きな赤ワインを用意している。
 この前は、これ以上嫌われたくなくて、よそよそしい態度を取ってしまったし、これで許してもらえないかと祈っていると、扉が開いた。

 すっと立ち上がった俺は、驚いているファーガス兄様に向かって、全力で笑顔を向けた。

 「お仕事お疲れ様です、一杯どうですか?」
 「っ…………リオン」

 もしかしたら怒られるかもと思っていたのだが、ファーガス兄様は、嬉しそうに口許を緩めていた。

 「いつのまに来ていたんだ?」
 「俺は不法侵入が得意なんですっ!」
 「ククッ、そんなことで胸を張るな」

 長身のファーガス兄様が、ゆったりと俺の元へ歩み寄る。

 ソファーに腰掛けてもらい、俺もお酌をしようと隣に座った。
 独自調査によれば、兄様は普段は就寝前にお酒を飲むらしい。
 だが、今日は俺がいるからと控えてくれている。

 気にしなくて良いのに……。
 そういうちょっとした優しさに、俺の胸がキュンとする。

 「俺からのプレゼントは、気に入りませんでしたか?」

 わざと意地悪な言い方をすれば、ファーガス兄様は困ったように笑った。

 「そんなわけないだろう? 酒臭くなると、リオンの気分が悪くなるかもしれない」
 「大丈夫です。俺も少し飲もうかな?」
 「リオンは飲んだことがないだろう? やめておけ。私に合わせなくても……」
 「俺は舐めるだけ。ね? それなら二人ともお酒臭いでしょう?」

 にこりと微笑むと、目を見張ったファーガス兄様は、小さく頷いてくれた。

 グラスに赤ワインを注ぎ、乾杯する。
 美味しそうに堪能している麗しい横顔に見惚れつつ、俺もちろりと舐めた。

 「うげっ……」
 「ふっ、お子様にはまだ早かったな?」
 
 ぽんぽんと頭を撫でられた俺は、完全に子供扱いされている。
 でも兄様は、世界一かっこいいので許す。

 俺は美味しいとは思わなかったが、ファーガス兄様は満足そうだ。
 顔色も変わらず、平然としている。
 かなり酒に強そうだ。

 今日の出来事を話すと、優しく微笑みながら相槌を打ってくれる。

 「子供たちが可愛くて……」
 「リオンの子供の頃も、可愛かったぞ?」

 過去を思い出しているのか、目元を和らげたファーガス兄様は、俺の頭を撫でる。

 「昔のリオンは、ファーガスとうまく発音できなくて、私だけ名前を呼んでもらえなかったんだ」
 「え? 俺ってそんなダメな子でしたか?」
 「いや、可愛かったぞ? ただ、ハロルドとセオドルはすぐに呼んでいたから、少しだけ羨ましかったな」
 「っ、ごめんなさい、ファギー兄様……」

 逆の立場になって考えてみると、俺だけ名前を呼ばれなかったらすごく悲しい。

 想像して一人しゅんとしていると、ファーガス兄様が俺を抱き上げる。

 長い足の間にちょこんと座ると、背後から優しく抱きしめられた。

 「でもな……。リオンが部屋で一人になると、私の名前を一生懸命練習していたんだ。その姿が可愛くて、そんなリオンをいつも影からこっそり覗いていたんだ」

 少しお茶目に語るファーガス兄様。
 ちらりと横に視線を向ければ、口許を緩ませていて、俺なんかより何百倍も可愛かった。

 「お恥ずかしい限りです……」
 「ふぁいーにいさまっ、ちあう、ふぁにー? って一人で話してるリオンが可愛すぎた」
 「っ……もう、やめてくださいっ!」

 恥ずかしすぎる過去に、俺は顔から火が出そうになる。

 「他にも……」
 「っ、もうやめてッ!」

 ぷるぷると震えながら耳を塞ぐが、笑い声が聞こえた。
 むっとした顔で振り返ると、笑っていた兄様が真剣な表情になった。
 するりと頬を撫でられて、見つめ合う。

 優しく顔を引き寄せられて、唇が重なっていた。

 今日の分のご褒美だと察して目を伏せたのだが、熱はすぐに離れていく。
 俺からさっと顔を背けたファーガス兄様は、すまないと謝罪した。

 苦しそうに目を伏せている姿に、俺の胸がズキンと痛くなる。

 「ファギー兄様……。無理しないでください。兄様からのご褒美は嬉しいけど、潔癖症はすぐには治らないと思います……」

 ハッと俺を見たファーガス兄様は、激しく瞳を揺らした。

 「違う。リオンになら触れられる、いや、触れたい……」

 そっと抱き寄せられて、胸がドキドキと音を立てる。
 ファーガス兄様の特別になれた気がした俺は、赤ワインを飲んでいないのに、照れ臭くて真っ赤な顔になっていた。








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