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78 丸く収まる
しおりを挟む俺は、声高らかに宣誓した。
第四王子は、純潔であるということを……。
意外そうに声を失う者。
生暖かい目になる者。
ギャラリーが様々な反応をしてくるのだが、誰も俺に声をかけてはくれない。
嫌われ者かもしれないが、今だけはなんでも良いから侮辱の言葉を吐いてくれと願う。
なんでこんな時だけ声が通るんだと、こっぱずかしくて全身が燃えるように熱くなる。
羞恥で震えていると、頭上から喉を鳴らす音が聞こえた。
ちらりと視線を上に向けると、鬼の形相をしていたファーガス兄様だけは、爽やかな笑顔で笑い続けていた。
過去を忘れ、前世の記憶が蘇ってから、初めてファーガス兄様を怖いと思った瞬間だった──。
◆
「本当に申し訳ありませんでした。あまりに詳しかったので、僕と同じ状況なのかと……」
「いえ。ティルソンからバッカスさんのことを聞いた時に、なにか出来ることはないかと、俺なりに調べていたんです」
だから気にしないでくれと語る俺は、へらへらと笑いながら嘘を吐いていた。
だって、妊婦さんがカフェインをあまり摂取しすぎない方が良いことは、クロフォード国ではまだ誰も知らない知識だったんだ。
頭脳明晰なファーガス兄様ですら知らないことを、俺が知っていたらおかしいだろう。
だから、他国の本を読んで調べたと、なんとか誤魔化すことに成功したのだが……。
俺の隣に座るセレスさんが、謝罪しながらハンカチで涙を拭った。
……どうしよう。
セレスさんがめちゃくちゃ感動している。
もうこの際、俺はクロフォード国一、妊婦に詳しい男になりきることに決めた。
そんな屑な俺にこっそりと耳打ちするセレスさんは、深い溜息を吐いた。
「最近匂いに敏感になることがあって。たまに気持ち悪くなることがあったんです……。でも、従業員を雇うことが厳しいとわかっていたので、バッカスには話すことが出来なくて……。彼、優しいから……。僕がそんなことを話せば、きっと店を休むって言い出しそうで……」
「っ、そうだったんですか」
「僕は彼の妻ですが、ファンでもあるんです。だから、どんなに経営が苦しくても、彼には料理を作り続けて欲しいと願っています。彼の料理を食べに来たお客様の、最高の笑顔が見れるなら、僕が鼻呼吸をやめちゃえば良いだけの話ですからっ!」
「ふふっ。強いですね、セレスさんは。きっと素敵なお母さんになると思います」
「はいっ、ありがとうございます! でも、リオン殿下に僕の気持ちをわかってもらえて、すごく嬉しかったんです……。この子が無事に産まれてきた時には、また会いに来てくれませんか?」
そう言って、恥ずかしそうに頬を染めるセレスさんは、すんと鼻を啜った。
もちろんだと即答する俺は、二人の子が無事に産まれてきますようにと願い、最高の笑顔を見せる。
カッと目を見開いたセレスさんの体が、ふらりと背後に倒れる。
待機していた護衛がすぐさま動き、小柄な体を抱きとめた。
「あふぅっ……ギャップ……」
「大丈夫ですか?!」
「……レベルが、違う」
「え? なんですか!? ……ハッ。意識レベルが低下している!? は、早く寝台で休ませてあげましょう!」
セレスさんを支えている護衛のリーダーが、なぜかまたしても鼻の穴を広げる。
急げと焦る俺だが、二人が顔を見合わせて、コソコソと笑っていた。
なんだかよくわからないが、セレスさんが元気そうだったので安堵する。
妻を心配するバッカスさんも加わり、今後の話を進めることとなった。
「とても図々しいお願いなのですが……。コロッケだけでなく、串カツも私の店で提供したいのですが……」
「ああ、別に構いませんよ? でも、まずはこの店のことを知ってもらうために、露店を出してみるのはどうでしょう?」
「露店、ですか?」
首を傾げるバッカスさんは、あまり乗り気ではないようだ。
だが、コロッケや串カツが知れ渡れば、確実に注文が殺到するだろう。
そうなった時に、セレスさんの体調が心配な俺は、無事に出産するまでは、店外で揚げ物をした方が良いのではないかと考えていた。
「昼間は露店でコロッケを販売して、まずはこの店のことを大々的にアピールしましょう。外でコロッケを揚げれば、良い香りにお客さんは勝手に集まるはずです。そこで、ウスターソースも販売するんです! ソースの瓶詰め担当は……」
「っ、僕、やりたいですッ!」
俺の意図に気付いたセレスさんが、元気よく挙手をする。
「図々しいお願いをしたというのにっ。まさか、私のソースを世に出すことまで考えてくださっていたなんてっ……」
今度はバッカスさんが鼻水を垂らして泣き始め、彼の隣でにこにこと笑っているセレスさんと、うまくいったなとアイコンタクトを取る。
従業員に関しては、ファーガス兄様の担当だ。
求職している者から、厳選して紹介状を出すと話してくれた。
こうして、元料理長と和解することに成功した俺は、良いこと尽くしだと笑顔で過ごしていた。
敬語を使ったことのない暴君が、終始丁寧な口調で話していることに、驚きを隠せない護衛たちに見守られながら……。
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