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75 静まり返る

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 馬車の密室で、大好きなファーガス兄様と二人きりになり、額に口付けをしてもらう俺は、にやにやとだらしない顔を曝け出していた。

 俺は、嫌われ者の現実を受け止めていたつもりだったのだが、誰とも目が合わなかったことにショックを受けていた。

 そんな俺を見たファーガス兄様は、これから謝罪に行くことに緊張していると勘違いをして、元気が出るまじないだと、額にキスを送ってくれたのだ。

 兄様のおかげで元気が出た俺だが、なぜか馬車に乗らずに、馬に乗って並走しているロバート様のことがちょっぴり気になっていた。

 「アレのことは気にするな。どうせ、くだらないことを考えているのだろう」
 「くだらない?」
 「困った奴なんだ」
 「ふふっ。ラブラブ……」

 弟に茶化されたことが気に食わなかったのか、兄様の眉が不機嫌そうに持ち上がる。

 慌てて口を手で押さえると、俺の頭にぽんと大きな手が乗った。

 「アレとはただの友人だ。それも、婚約するまでは話したこともなかったぞ? むしろ、婚約してからも会話はなかったな」
 「そうだったんですか?」
 「ああ。向こうも、私のことは頭の固いつまらない人間だと認識していたようだったしな?」
 「え、ええ~。昔のロバート様は、見る目がなかったんですね?」

 たまらず失礼なことを口にしてしまい、慌ててまた口を押さえると、ファーガス兄様は素晴らしい笑顔で『同感だ』と笑った。

 でも今は、二人はラブラブな熟年夫婦にしか見えない。
 照れ隠しをしているのだろうと察した俺は、微笑ましい表情で兄様を見つめる。
 そんな俺を見たファーガス兄様は、なぜか溜息を吐いていたが……。

 お疲れモードか?
 肩を揉んであげようかと悩んでいると、額をツンと押された。

 「リオンが考えているような、ふしだらな関係ではないからな?」
 「っ……ふ、ふしだらって」
 「私たちで、如何わしい想像はしないように」
 
 フッと色っぽく笑った兄様が格好良くて、俺の顔は熱くなった。

 逆に、二人がいかがわしいことをしている想像してしまい、勝手にドキドキする俺。

 するなと言われたらしたくなるだろう!?
 ……どちらが抱かれる側なのだろう?
 え、待って。
 男同士ってどうやってやるんだ?!

 百面相する俺の隣では、「あんな奴とは死んでもごめんだ」と兄様が麗しいお顔を顰めていた。
 
 





 「大変申し訳ございませんでしたっ!!」

 
 お洒落なレストランの木製の扉を開けた瞬間、俺は見事なスライディング土下座を決めていた。

 誠心誠意謝罪するなら、やはり土下座だと初めから決めていた俺は、謝罪相手が目玉をひん剥いていることに気付かない。
 
 そして、その光景にあんぐりと口を開けるロバート様と、絶句しているファーガス兄様。

 彼らの背後で待機している護衛たちが、驚きのあまり、普段は視界に入れないようにしていた暴君に目が釘付けになっていた。


 ごちんと床に頭を打ち付けたまま、謝罪の言葉を述べているが、レストラン内は静まり返っている。


 「今でも許せない気持ちであることは、重々承知しています。ですから、俺に同じことをしてくださって構いません。本当に申し訳ありませんでした」
 「っ、やめてくださいッ!!」
 「そうだぞ、リオン。さすがにそれはやりすぎだ。バッカスが困っている」
 「……リオンちゃん、カッケェな。なんだその謝罪スタイルは。初めて見たぞっ! マジで反省してることが伝わってくるわァ~。俺も真似しよっ」

 なんだかよくわからない感想も聞こえて来たが、俺の体はひょいっとファーガス兄様に持ち上げられていた。

 俺の前に立つ、真っ白なコック服の壮年男性が、グレーの瞳を激しく揺らす。

 戸惑いの色が隠せていない彼と対面する俺は、勢いよく頭をぶつけていたため、じんじんと額が痛くなっていた。
 目に涙がじんわりと浮かぶが、必死に瞬きをして誤魔化す。

 「っ……私は、怒ってなど……」
 「えっ、本当に?」
 「ぐぅっ……」
 
 こてりと首を傾げると、元料理長のバッカスさんが、苦しげに胸元を押さえた。

 俺と顔を合わせるだけでも、精神的ストレスなのだろう。
 慌てて視線を逸らすが、既に遅かったようだ。

 「あの時、なんの罪もない貴方を殴って暴言を吐き、本当に申し訳ありませんでした……。もう二度と暴力をふるわないと誓います」

 ゆっくりと顔を上げ、真剣な表情で見つめると、色白のバッカスさんの頬が、赤らんでいく。

 俺と会話をしたくないのか、彼は激しく首を縦に振った。
 多分、許すと告げているのだと思う。
 本当は許す気がなかったとしても、王子の俺が謝罪したなら、彼は受け入れるしかないだろう。

 「久々にバッカスの料理が食べられるな」

 しゅんとしていると、場の空気を変えるように、ファーガス兄様が声を上げる。
 バッカスさんが、用意していたであろう料理を、急いで厨房まで取りに行く。
 兄様に助けられた俺は、ぎこちなく笑みを浮かべて、カラトリーが用意されている席に座った。

 そして俺は、ジルベルトに注意されていたことをすっかり忘れて、余計なことを口にする。

 ここにも、ティルソンと同類がいたとも知らずに──。











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