75 / 211
75 静まり返る
しおりを挟む馬車の密室で、大好きなファーガス兄様と二人きりになり、額に口付けをしてもらう俺は、にやにやとだらしない顔を曝け出していた。
俺は、嫌われ者の現実を受け止めていたつもりだったのだが、誰とも目が合わなかったことにショックを受けていた。
そんな俺を見たファーガス兄様は、これから謝罪に行くことに緊張していると勘違いをして、元気が出るまじないだと、額にキスを送ってくれたのだ。
兄様のおかげで元気が出た俺だが、なぜか馬車に乗らずに、馬に乗って並走しているロバート様のことがちょっぴり気になっていた。
「アレのことは気にするな。どうせ、くだらないことを考えているのだろう」
「くだらない?」
「困った奴なんだ」
「ふふっ。ラブラブ……」
弟に茶化されたことが気に食わなかったのか、兄様の眉が不機嫌そうに持ち上がる。
慌てて口を手で押さえると、俺の頭にぽんと大きな手が乗った。
「アレとはただの友人だ。それも、婚約するまでは話したこともなかったぞ? むしろ、婚約してからも会話はなかったな」
「そうだったんですか?」
「ああ。向こうも、私のことは頭の固いつまらない人間だと認識していたようだったしな?」
「え、ええ~。昔のロバート様は、見る目がなかったんですね?」
たまらず失礼なことを口にしてしまい、慌ててまた口を押さえると、ファーガス兄様は素晴らしい笑顔で『同感だ』と笑った。
でも今は、二人はラブラブな熟年夫婦にしか見えない。
照れ隠しをしているのだろうと察した俺は、微笑ましい表情で兄様を見つめる。
そんな俺を見たファーガス兄様は、なぜか溜息を吐いていたが……。
お疲れモードか?
肩を揉んであげようかと悩んでいると、額をツンと押された。
「リオンが考えているような、ふしだらな関係ではないからな?」
「っ……ふ、ふしだらって」
「私たちで、如何わしい想像はしないように」
フッと色っぽく笑った兄様が格好良くて、俺の顔は熱くなった。
逆に、二人がいかがわしいことをしている想像してしまい、勝手にドキドキする俺。
するなと言われたらしたくなるだろう!?
……どちらが抱かれる側なのだろう?
え、待って。
男同士ってどうやってやるんだ?!
百面相する俺の隣では、「あんな奴とは死んでもごめんだ」と兄様が麗しいお顔を顰めていた。
◆
「大変申し訳ございませんでしたっ!!」
お洒落なレストランの木製の扉を開けた瞬間、俺は見事なスライディング土下座を決めていた。
誠心誠意謝罪するなら、やはり土下座だと初めから決めていた俺は、謝罪相手が目玉をひん剥いていることに気付かない。
そして、その光景にあんぐりと口を開けるロバート様と、絶句しているファーガス兄様。
彼らの背後で待機している護衛たちが、驚きのあまり、普段は視界に入れないようにしていた暴君に目が釘付けになっていた。
ごちんと床に頭を打ち付けたまま、謝罪の言葉を述べているが、レストラン内は静まり返っている。
「今でも許せない気持ちであることは、重々承知しています。ですから、俺に同じことをしてくださって構いません。本当に申し訳ありませんでした」
「っ、やめてくださいッ!!」
「そうだぞ、リオン。さすがにそれはやりすぎだ。バッカスが困っている」
「……リオンちゃん、カッケェな。なんだその謝罪スタイルは。初めて見たぞっ! マジで反省してることが伝わってくるわァ~。俺も真似しよっ」
なんだかよくわからない感想も聞こえて来たが、俺の体はひょいっとファーガス兄様に持ち上げられていた。
俺の前に立つ、真っ白なコック服の壮年男性が、グレーの瞳を激しく揺らす。
戸惑いの色が隠せていない彼と対面する俺は、勢いよく頭をぶつけていたため、じんじんと額が痛くなっていた。
目に涙がじんわりと浮かぶが、必死に瞬きをして誤魔化す。
「っ……私は、怒ってなど……」
「えっ、本当に?」
「ぐぅっ……」
こてりと首を傾げると、元料理長のバッカスさんが、苦しげに胸元を押さえた。
俺と顔を合わせるだけでも、精神的ストレスなのだろう。
慌てて視線を逸らすが、既に遅かったようだ。
「あの時、なんの罪もない貴方を殴って暴言を吐き、本当に申し訳ありませんでした……。もう二度と暴力をふるわないと誓います」
ゆっくりと顔を上げ、真剣な表情で見つめると、色白のバッカスさんの頬が、赤らんでいく。
俺と会話をしたくないのか、彼は激しく首を縦に振った。
多分、許すと告げているのだと思う。
本当は許す気がなかったとしても、王子の俺が謝罪したなら、彼は受け入れるしかないだろう。
「久々にバッカスの料理が食べられるな」
しゅんとしていると、場の空気を変えるように、ファーガス兄様が声を上げる。
バッカスさんが、用意していたであろう料理を、急いで厨房まで取りに行く。
兄様に助けられた俺は、ぎこちなく笑みを浮かべて、カラトリーが用意されている席に座った。
そして俺は、ジルベルトに注意されていたことをすっかり忘れて、余計なことを口にする。
ここにも、ティルソンと同類がいたとも知らずに──。
41
お気に入りに追加
3,467
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
王道学園と、平凡と見せかけた非凡
壱稀
BL
定番的なBL王道学園で、日々平凡に過ごしていた哀留(非凡)。
そんなある日、ついにアンチ王道くんが現れて学園が崩壊の危機に。
風紀委員達と一緒に、なんやかんやと奮闘する哀留のドタバタコメディ。
基本総愛され一部嫌われです。王道の斜め上を爆走しながら、どう立ち向かうか?!
◆pixivでも投稿してます。
◆8月15日完結を載せてますが、その後も少しだけ番外編など掲載します。
変態村♂〜俺、やられます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。
そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。
暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。
必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。
その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。
果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる