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79 兄様の秘密
しおりを挟む期待しているように見上げる俺の額に、優しい口付けを落とした美丈夫は、『今日もよく頑張ったな』と低く甘い声で囁いた。
「ファギー兄様っ!」
「おふっ……リオン……」
隣に座るファーガス兄様に抱きつくと、優しく包み込んでくれた。
顔を上げると、イケメンが優しい眼差しで俺を見下ろしている。
俺は大好きな兄様に微笑み返し、二人きりの馬車の中で、穏やかな空気が流れた──。
騎乗して、馬車と並走するロバート様が、ハァハァ言いながら覗き見していることに気付かない俺は、ここぞとばかりに兄様に甘えまくっていた。
「ファギー兄様? 頬にもして欲しいですっ」
上目遣いでおねだりしてみると、なぜかごくりと唾を飲んだファーガス兄様が目を伏せる。
「い、嫌ならしなくても……。あっ」
すぐに頬に口付けてくれたファーガス兄様は、嫌なわけがないだろうと、笑顔を見せてくれる。
その顔に見惚れる俺は、もう一回とおねだりをして、我儘王子に逆戻りしていた。
「たまには私にも、ご褒美をくれないか?」
「っ……はい、兄様ッ。失礼します……」
両手で頬を包みこみ、額に口付けようと顔を近づけた。
その時、横からなにか大きな衝撃を受け、ガタンッと馬車が揺れる。
気付けば俺は、兄様の頬をガッチリと押さえつけて、セクシーな唇を奪っていた……。
切れ長の目を見開くファーガス兄様。
激しく瞳を揺らして、唇を震わせる。
「っ、ご、ごめんなさいッ! ち、違うんですッ! あの……ンンッ!」
全力で謝罪する俺を掻き抱く兄様は、俺の唇に吸い付いた。
なにが起こったのかわからずに硬直している間に、兄様に抱き上げられる。
そのまま兄様の熱い舌が侵入して来て、ぴくんと飛び跳ねたが、無意識に舌を絡めていた。
これはさすがにダメだと思っているのに、熱っぽく見つめられて、体の力が抜ける。
長い足の上に跨る俺は、兄様にしなだれかかって、深い口付けを受け入れていた。
「んっ……にい、さま……」
兄様の舌が気持ち良くて、とろんとした顔で見つめると、カッと目が見開かれる。
慌てた様子で俺と離れたファーガス兄様は、視線を彷徨わせた。
「っ、すまない。今日は、リオンが頑張ったというのに……特大のご褒美をもらってしまった」
「ふふっ……。頑張って良かった」
うっとりと答えた俺に、ファーガス兄様は目尻を赤らめていた。
眼福だとぽけっとしていたが、とある人の顔が過り、瞬時に青褪めた。
「っ……で、でも、どうしようっ。ロバート様にっ……」
殺される。
そう続けようとしたのだが、再度軽く唇が重なって、俺の声は消え去った。
「心配しなくて良い。私たちは、そういう関係じゃないんだ」
「……そういう関係じゃ、ない?」
「ああ、言いづらいのだが……。私もアレも、抱く側だからな? タイプも違うし、お互い欲情することもない。それに、私は軽度だが潔癖症だ。人との触れ合いが、難しい」
「っ、兄様……」
触れ合いが難しいって言っているのに、俺にはたくさん口付けてくれるファーガス兄様。
もしかしたら、俺を元気付けるために、いつも我慢をしてくれていたのかと思うと、どうしようもなく胸が苦しくなった。
そんな俺の強張る頬に、兄様の大きな手が、躊躇することなく優しく触れた。
「それに加えて…………。不能なんだ」
その言葉に、俺は息を呑む。
爆弾発言をし、俺に秘密を明かした兄様は、情けないだろう? と呟いた。
性欲はあるにはあるが、ある時から勃起しなくなってしまったと語る。
ゆっくりと相槌を打ったのだが、ファーガス兄様の発言に驚いたものの、俺はもっと驚いていることがある。
「で、でも……」
「……ああ、私も驚いた。やはりリオンは、私の特別だったみたいだ」
泣きそうな顔で微笑む兄様に、胸がぎゅっと鷲掴みにされる俺。
だって、兄様の股間が硬くなっているんだ。
下腹部に感じる熱が恥ずかしすぎるのに、兄様の立場に立って考えただけで、嬉しい気持ちが爆発していた。
「俺なんかでも、大好きなファギー兄様の役に立てたんだ……。俺、兄様の悩みを解決出来て、嬉しいですっ」
「っ、リオン……」
感極まったように俺の名を呼んだ兄様。
意を決した顔をした深海色の瞳に見つめられて、俺は兄様から目を逸らせないでいた。
「お~い。着いたぞ~!」
「っ、は、はい! すぐに……」
ロバート様ののほほんとした声に、俺は慌てて兄様の足の上から下りた。
なにかを言いかけて口を閉じたファーガス兄様は、行こうかと、優しい笑みを浮かべた。
気になって仕方がないのだが、俺は今日のことを報告するために、リュカとジルベルトの元に歩き出した。
そんな俺の背後では──。
「おい、どうだった?」
「…………たまには、役に立つ」
「カハハッ! もっと俺様を褒めろッ!」
「感謝する」
「え。マジかよ……。あのファーガスが、素直に俺に感謝の言葉をっ!? 明日は雪が降るんじゃねェかっ!?」
「耳元で騒ぐな。天使の後に見るお前は、いつも以上に暑苦しい」
「……元に戻るの、早すぎじゃねェ!?」
うぜぇと呟くロバート様が、婚約者をグーパンする。
そんな彼が舌舐めずりをして、黒目黒髪の青年を見ていることに、この時の俺は気付かなかった。
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