嫌われ王子様の成長 〜改心後、暴君の過去が役に立つこともある〜

ぽんちゃん

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72 失敗作の使い道 元料理長

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 大通りから少し離れた場所に、ひっそりと建つレストラン『フェデフルー』。
 王宮料理長を務めていた私──バッカスと、愛する妻の城である。
 三年前に開店した当初は大盛況だったものの、とある理由から、現在はディナータイムのみの営業となっている。

 「今日は特別なお客様がいらっしゃるから、僕も下準備を手伝った方が良いかな?」

 少し張った腹を優しくさすりながら話す、私の愛する妻のセレス。
 そんなことはしなくても良いと言いたいところなのだが、お願いすることにした。

 なにせ今日は、王宮から使者が訪れるのだから。

 伸びた茶色の髪を高い位置で結び、くるくると動き回る妻。
 身篭っているのだから少しは落ち着いて欲しいのだが、そうは言っていられない状況だ。
 王宮で給仕の仕事をしていた時とは違い、仕事量も増えているというのに、妻は文句一つ言わない。
 愛らしい姿を眺めながら、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。







 「私の失敗作を、レシピ登録……ですか?」

 三年ぶりに顔を合わせた、ワインレッドの髪が印象的なお方が、爽やかな笑みで頷いた。

 私の恩人でもあるファーガス第二王子殿下の側近──アベル・ラッセル様。
 彼が私の店を訪れたのは、私が王宮料理長だった際に作った失敗作のソースを、是非レシピ登録して欲しいとのことだった。

 使い道のない失敗作のソースを、レシピ登録などするつもりはない。
 私の不名誉となるだけなのだが、ファーガス殿下の頼みならば話は別だ。

 仮に登録するとしても、文一つで済ませることが出来るのに、わざわざ足を運んで下さったのだ。
 勝手にレシピ登録して下さって構わないのだが、ファーガス殿下は本当に律儀なお方である。

 「話はわかりましたが、なぜティルソンまで?」
 
 アベル様の隣で不敵な笑みを浮かべている大柄な男は、護衛ではなく、現在の王宮料理長だ。
 
 とりあえず厨房を貸してくれとだけ言った、旧友のティルソンと共に、奥の厨房に向かった。

 「セレスさんが妊娠したんですよね? おめでとうございます」
 「ああ、わざわざそれを言いに?」
 「ふふふふふ……。あるお方からのご依頼で、私が参上したんですよ」
 
 料理に関しては誰にも負けるつもりはないと、いつも私と競い合っていた仏頂面の男が、珍しく笑みを浮かべていた。

 現在、王宮には、プライドの高いティルソンが、心から尊敬する凄腕の料理人がいるらしい。
 どんな人物なのか気になるところだが、その人が私に子が出来たことを祝福してくれているそうだ。

 既に辞職している私とは無関係のはずなのだが、なぜ私を知っているのだろうか?
 まあ、元王宮料理長として、料理人の間では有名ではあったから、私の信者なのかもしれない。
 
 そうこう考えているうちに、ティルソンがデカすぎる手で、手慣れた様子で料理を作る。
 安価な芋で作ったタネに、粉と卵とパン屑をまぶし、大量の油が入った鍋に投入した。

 「っ…………なんと良い香りなんだッ」

 嗅いだことのない、香ばしい匂いが厨房内に充満する。

 「『コロッケ』という料理です。まずは、食べてみて下さい」
 「あ、ああ……」

 手に取るのも躊躇するような残念な見た目だが、私の口内には唾が溜まっていた。

 だが、ティルソンが作ったものなら、きっとそこまで酷い味ではないはずだ。

 恐る恐る口に入れると、サクッと良い音が鳴る。
 ほくほくとした芋がたまらなく美味だ。
 マイナスなビジュアルを凌駕する味に、私の手は止まらなくなってしまう。
 初めての食感に感動して、もう一つ食べようと手を伸ばす。

 油で揚げるという手法は、誰も思いつかない発想だ。
 我々の常識を覆す作品に、天才料理人が現れたのだと確信した。
 コロッケとやらは、間違いなく飛ぶように売れるだろう。
 あのティルソンが、他の料理人を『師匠』と呼ぶことも頷ける一品だった。

 どんな人物なのかと問いかけようとすると、なにを思ったのか、ティルソンが最高傑作に私の失敗作のソースをかけ始めたのだ。

 「なんでそんな勿体無いことをッ!!」
 「いいからいいから」
 「あぐっ……!?!?」
 「最高な組み合わせでしょう?」
 
 無理やりコロッケとやらを口につっこまれて、目を見開いた。

 「っ…………美味だ…………」

 そのままでも最高に旨かったが、私の失敗作のソースが良い味を出しているではないかっ。

 愛する妻が妊娠したと報告を受けた時と、同じくらい感動している。
 失敗作のソースのレシピは、私のレシピ帳に残っていたはずだ。
 今すぐ登録しなければと、回らない頭をなんとか動かした。



















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