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66 兄として
しおりを挟むたっぷりの野菜と茹でた鶏肉を包んだクレープを、お上品に口に運ぶ美しい横顔を眺める俺は、ほうっと息を吐いた。
「シャキシャキとした野菜とまろやかな生地が、絶妙なハーモニーを奏でている。やはり、リオンには飛び抜けた才能があったな。私の目に狂いはなかった」
色っぽい流し目を向けられて、再度だらしない顔でほうっと息を吐いた俺を見つめる深い海のような瞳は、熱を帯びて見えた。
「そ、そんな目で、見るんじゃない……。勘違いしてしまうだろう……」
口許に手を当てて、感動したようになにやらぼそぼそと呟くファーガス兄様は、相当クレープが気に入ったようだ。
「ファギー兄様は甘いものが苦手だと伺ったので、具材を変えてみたんです。喜んでもらえて良かったっ!」
「っ……私のために? リオンが、私だけのために、特別に考えてくれたというのかっ?」
正確には日本にもよくあったものだが、説明できないので、ハイと元気よく答えた。
ジルベルトと初めて一緒に仕事をし、彼はまだ働きたそうにしていたが、時間通りに切り上げた。
その後はギリギリまでお茶をして引き留め、無理やり夕飯も食べさせて送り届けた。
そして、今日の出来事をファーガス兄様に報告しに行く際に、手ぶらでは申し訳ないので、おかずクレープを作って持ってきたのだ。
ジルベルトのために陰で動いてくれるファーガス兄様には、頭が上がらない。
兄弟の中で一番距離があった兄様だが、俺を見つめる瞳はすっごく優しい。
何年も見慣れているお顔に見惚れる俺は、大好きだ! と心の中で叫んでいると、いつのまにか兄様の長い足の間にちょこんと座っていた。
ソファーの隣に座るだけでも緊張するというのに、足の間に座るだなんて、兄様の人との距離感がバグっているとしか思えない。
でも、ふと思い出したが、ファーガス兄様は潔癖症だったはず。
周囲に嫌われまくっている病原菌のような俺が、麗しい兄様にこんなに近付いて良いのだろうかと、冷や汗を掻いた。
「っ、ファギー兄様?」
「……すまない。今は人に見せられない顔をしている」
「へ?」
背後から優しく抱きしめられて、俺の首元に深海色の髪が触れる。
激しい動悸と目眩がするのだが、俺は健康そのものなので、決して病ではないはずだ。
というか、切れ長の目元が魅惑的なイケメンにバックハグをされたら、誰だって体が異常を訴えると思う。
「んっ……」
首筋に薄い唇が触れて、甘えた声を出してしまう俺は、恥ずかしすぎて白目を剥く。
羞恥でぷるぷると震えていると、ファーガス兄様の長い腕はパッと離れて、両手をあげた。
「……痛かったか?」
「い、いいえ。ただ、恥ずかしくて……」
もじもじとしていると、背後からおかしな声が聞こえてきたが、俺たちの他に誰かいただろうか?
セオドル兄様ならあり得るが、冷静沈着なファーガス兄様がそんな声を出すはずがない。
いくら兄弟でも、今の格好を他人に見られたら、ちょっと恥ずかしいぞっ!
両手で顔を隠して存在を消そうと努力していると、こほんと咳払いをしたファーガス兄様。
「ジルベルトとうまくやれたようで良かった」
「はい! ありがとうございます。全てファギー兄様が協力してくれたおかげです。兄様の弟になれて、本当に嬉しいです!」
ちらりと見上げると、兄様の表情が一瞬強張った気がした。
「お、俺なんかが、おこがましいことを……」
怒らせてしまったかと慌てて謝罪しようとすると、フッと笑われてしまった。
「私は兄として、リオンを傍で見守ることが出来て嬉しい」
優しい微笑みを浮かべていたが、声色はなんだか嬉しくなさそうに響いた気がした。
背後を振り返り、じっと顔色を窺う。
「兄様? ……本当ですか? 本当は、俺のことが嫌いなんじゃっ」
自分で言って泣きそうになっていると、切れ長の目がすっと細くなる。
目をパチパチとさせて誤魔化していると、額に口付けを送られた。
なぜ急に?! と戸惑っている間に、頬にも柔らかな感触。
唇を除く顔中にキスを送られて、顔から火が出そうになった。
「大好きに決まっているだろう」
コツンと額を合わせて甘い声で囁かれた俺は、一瞬、天国が見えた。
お花畑で天使たちと手を繋ぎ、きゃっきゃとスキップしていると、かぷりと鼻を食べられて、意識が覚醒する。
「ひゃっ?!」
「ククッ……。たまらなく可愛い」
至近距離でこぼれるような笑顔を見てしまった俺は、くらりと貧血を起こす。
むぎゅっと抱きついて顔を隠していると、大きな手はおずおずと俺の頭を撫でる。
『よく頑張ったな。無理はするなよ』と優しい言葉をかけてくれた。
俺はこくりと頷きながら、大好きな兄様に甘えて至福の時間を堪能する。
「兄上~? リオン知らない?」
ノックもなしにひょっこりと顔を出したセオドル兄様の登場に、俺は慌てて席を立ち、直立する。
チッと盛大に舌打ちをしたファーガス兄様は、ノックをしろとキツイ口調で話した。
「なになにぃ? やましいことでもしてたの?」
「っ、してませんから!」
真っ赤な顔で否定すると、セオドル兄様が大きな目を細める。
いつもふざけているが、彼は洞察力が鋭い。
逃げるように部屋を退出した後、俺を巡って兄様二人が喧嘩していたことを俺はまだ知らない。
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