65 / 211
65 ごちそうさま
しおりを挟むクレープを食べ終え、リュカが後片付けをするために部屋を退出する。
紅茶をひたすら飲み続けていた俺は、結局自分の分のクレープは、ジルベルトに食べて貰った。
ぺろりと二人前のクレープを平らげたジルベルトが、そわそわしていることに気付く。
もしかして、お手洗いか?
恥ずかしくて言えないのかと察した俺は、席を立った。
「こっちだ」
そろそろと立ち上がったジルベルトは、戸惑いながら俺についてくる。
トイレはここだぞと教えようと振り向くと、思った以上に近くに顔があって、驚きに目を見開く。
「ンッ!?」
気付けば口を塞がれていた。
ゆっくりと唇が離れていき、すりすりと頬を撫でられる。
……きゅ、急に嫌がらせか?!
心の準備をさせてくれっ!
真っ赤な顔で固まっていると、やつれていてもイケメンな青年は、「甘い」と呟いた。
「やっぱりリオンは、甘い味がする」
「っ、」
目を細めて、頬を緩めるジルベルトに言いたい。
俺はクレープを一口も食べていないぞ!?
だから、甘いはずがないんだっ!
俺の心の叫びを無視するイケメンは、自然な動きで俺の腰に腕を回して抱き寄せた。
「っ、ど、どうしたんだよ、急に……」
「ん? あれ。嫌がらせして欲しいから、ここに連れてきたのかと思ったけど……、違った?」
軽く首を傾げるジルベルトに、俺は口をあんぐりと開けていた。
俺がジルベルトからのキスを、四六時中楽しみにしているみたいだろうがっ!
……いや、楽しみにしているかもしれないけど!
勘違いだと言おうとすると、体は離れていく。
「さっきはごめん。手、痛くなかった?」
「……ああ、うん」
「俺さ、貴族の間では評判が悪いんだ。だから、俺といると、リオンが他の人たちに嫌な目を向けられるかもしれないと思って……。リオンが嫌なわけじゃないから。それだけは、伝えたくて……」
苦笑いを浮かべたジルベルトに、俺の胸がぎゅっと締め付けられた。
さっき手を払われたのは、俺の為を想っての行動だったのか。
俺の評判の方が最悪なのに、なんて心優しい男なんだ。
しかも評判が悪いって、それは母親のせいであって、ジルベルトのせいじゃないのに……。
離れた距離を縮めて、ぽすりと胸元に顔を埋めると、優しく包み込まれる。
「……嫌がらせ、して欲しい……」
俺の小さな声を聞き取ってくれたジルベルトは、小さく笑って「仰せのままに」と呟く。
ジルベルトの美声に顔が熱くなって、ぐりぐりと胸元に顔を押し付けていると、顎を掬われる。
綺麗な空色の瞳を見上げると、何度も啄むようなキスをされる。
薄い唇からは、フルーツの甘い味がした。
……ジルベルトの方が甘いだろう。
「っ……ジル、んぅ」
俺の口から勝手に甘ったるい声が漏れると「可愛い」と囁いてくる。
もう恥ずかしいからやめて欲しいのに、俺は強請るようにジルベルトにしがみついていた。
「ん……ごちそうさま」
ちろっと自身の唇を舐めたジルベルトは、なぜか今のタイミングでクレープのお礼を告げる。
しかもエロいぞ、今のお前の顔っ!
一度、自分の顔を鏡で見ろと言ってやりたい。
だが今の俺はそんな余裕がないので、小さく頷くだけで終わった。
「食べたいときは、い、いつでも作るから……」
パチパチと目を瞬かせ、長い金色の睫毛をゆらしたジルベルトは、小さく吹き出した。
「なっ、なにがおかしいんだ?」
「ククッ。いや、なんでもないよ。早く仕事の続きをしないと」
「う、うん。あ、でも、休んでも良いぞ? 三日分のノルマは終了してるからな! ベッドで寝ても……」
俺の言葉を聞き、片方の口の端を持ち上げるイケメンが、なぜか色っぽい顔をしているのだが……。
「誘ってる?」
「…………ん?」
「だろうと思った」
首を傾げる俺を見て、自己完結した様子のジルベルトは、小さく笑う。
いちいち格好良い青年に向かって口を尖らせると、美声が耳を擽る。
「リオンが一緒に寝てくれるのかと」
「っ、は、はあっ!?」
素っ頓狂な声を上げてしまったが、慌てて口を閉じる。
だが、嫌がっていると勘違いされたくない俺は、続き部屋に視線を向ける。
「あ、いや、うん。良いぞ? 抱き枕が必要なら、一緒に寝よう!」
「…………誰にでもそんなこと言うなよ?」
「んん?」
呆れ顔をするジルベルトは、さっさと自分の席に戻った。
いや、なんなの!?
俺を振り回して楽しむ男が増えたと、げっそりとした顔で戻ると、ちょうどリュカも戻って来る。
何事もなかったかのように、俺に出来上がった絵を見せてくるジルベルトに、じっとりとした目を向ける。
不思議そうに俺たちを見るリュカに気付かれないよう、澄まし顔から視線を逸らして、出来上がっている絵を見ていく。
「っ、あ……」
一番最後の紙には、俺と料理人たちが笑顔でクレープを作る姿が描かれていた。
すごく楽しそうな俺の顔……。
ちらりとジルベルトの方を見れば、上手く描けていなかったかと、不安そうに首を傾げてくる。
俺の胸がきゅんと音を立て、怒っていたことなんてすっかり忘れて笑顔になった。
ジルベルトは、腹が立つくらい完璧な仕事をしていた。
46
お気に入りに追加
3,500
あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる