54 / 211
54 綺麗
しおりを挟むさっきまで叫んでいたことが嘘のように穏やかに笑うジルベルトは、すごく可愛かった。
もう少し話をしたくて、俺はジルベルトが描いてくれたブレスレットの絵を見ながら、真似して描いてみた。
線はブレブレで大きさもバラバラ。
それを見たジルベルトが、ぷっと吹き出した。
俺もつられて笑いながら書き直す。
俺の長い黒髪が何度も机に垂れて、その度に耳にかけていると、ジルベルトがそっと俺の耳元あたりの髪に触れた。
驚いてジルベルトの方を見ると、ぱっと手をあげたジルベルトは、戸惑うように俺に触れていた自身の手を見つめていた。
俺が髪を邪魔くさそうにしていたから、咄嗟に押さえてくれたんだろう。
「髪、切りたいんだけどさ。ダメだって言われちゃって」
「……勿体ないと思います」
「勿体ない? またすぐに伸びるだろう」
「きれい、だから……」
「え?」
小さな声でよく聞こえなかったが、綺麗って言ったのか?
……嫌い、じゃないよな?
聞き直したが、そっぽを向かれてしまった。
「綺麗だから、リオンの黒髪」
ジルベルトの褒め言葉に、心臓がドクンと跳ねた。
決して俺と視線を合わせようとしないジルベルトが可愛くて、つい頬が緩んだ。
「わかった。じゃあ、切らないでおく」
「……短くても似合うと思いますが」
「敬語じゃなくて良い。普通に話してくれ」
「うっ」
「ジルベルトの方が歳上だろ?」
「リオン、の方が、身分は上。です」
「カタコトだな」
くつくつと笑うと、ジルベルトが少しだけむくれているように見えた。
「髪、結ばないの?」
「ん?」
「昔はいつも高い位置で結んでたから」
「そうだったな。あの髪型、目元が吊り上って、性格悪そうに見えないか?」
「……性格悪かったし」
「うぉいっ!」
ジルベルトの胸元にぺしっと軽く叩いてつっこみを入れると、目を細めてはにかんだ。
もう少し頬に肉がついて顔色が良ければ、相当な男前だろう。
「髪、やろうか?」
ポケットから何かを取り出したジルベルトは、俺の髪を纏めてくれるつもりらしい。
その瞬間、部屋の隅で気配を消すリュカの視線が、俺の背中に突き刺さった。
「出来るのか?」
「上手くはないけど」
そう言ったジルベルトは徐に席を立って、俺の背後に立った。
ジルベルトが俺の黒髪に触れると、リュカの視線がビシバシと感じる。
気配を消す能力に秀でているリュカ。
俺は今の今まで、リュカが部屋にいることをすっかり忘れていた。
リュカの視線に気づいていない様子のジルベルトが、何本か編み込みをしてくれる。
俺は冷や汗をかきながらじっと固まっていた。
リュカは、侍従の仕事をジルベルトに取られたと思って怒っているのか?
それとも、俺がリュカには髪を結わなくて良いと言ったのに、ジルベルトにやらせたからか?
刺さるような視線だけを送って、一言も発しないリュカの方を見ることができない。
カチコチに固まっている間に、ジルベルトはあっという間に髪を結ってくれていた。
鏡を手渡されて結ばれた黒髪を見ると、複雑に編み込まれた髪が後頭部で纏めてある。
まるで結婚式の花嫁のような髪型に、驚いて後ろにいるジルベルトに振り返った。
「天才か?!」
「……褒めすぎ」
「どこで習ったんだ? ヘアメイクの仕事が出来るぞ!」
「へあめいく?」
「あ。いや、なんでもない」
「乳母がアーノルドにしていたのを見てたから」
「見ただけで? すごいな……」
鏡を手にして、首を左右に振りながら髪型を見ていると、ジルベルトが俺の手から鏡を奪い取る。
鏡を棚に置いて戻ってきたジルベルトは、頬杖をつきながら俺の方を見ない。
耳が赤くなっているから、もしかしたら照れているのかもしれない。
「ジルベルト、ありがとな。気に入った」
「……これくらい、誰でも出来る」
「そんなことないぞ? 現に、俺は出来ない」
「リオンは不器用だから、仕方ない」
「うん。だから、ありがとう」
俺の方を見て欲しくて、ジルベルトの膝の上にぽんと手を置くと、頬杖をついたままジルベルトが俺の方をちらりと見た。
「リオンの口からありがとうって、変な感じ」
「うっ、今までごめんな?」
「ごめんも似合わない」
「ぐっ。俺、喋れなくなるじゃん」
困ったように眉を下げると、ふっと笑ったジルベルトが、俺の結われた黒髪を整えるように触った。
「これくらい、いつでもしてあげる」
そう言って、すごく嬉しそうに顔を綻ばせたジルベルトに、俺も笑顔で頷いた。
46
お気に入りに追加
3,500
あなたにおすすめの小説
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる