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52 勧誘
しおりを挟む「飯は食ったのか?」
「あっ、リオン……殿下」
俺が来たことにすら気付かない様子のジルベルトは、相当根を詰めて仕事をしていたらしい。
「別に、リオンで良いぞ?」
二人掛けのふかふかなソファーに腰掛けて、無理に殿下を付けるジルベルトにそう言うと、ジルベルトは答えを誤魔化すように、くすんだ金髪を手櫛で整えた。
若い使用人が震える手で紅茶を用意してくれる。
だが俺と目が合うと、上擦った声をあげた。
「ヒッ」
「ありがとう」
仕事を押し付けられた可哀想な若者に、感謝の言葉を告げておく。
返事はなかったものの、顔を赤くして涙を浮かべていた。
優しく微笑んでみたが、逆効果だったようだ。
少し苦い紅茶で喉を潤す。
リュカの入れてくれる紅茶の方が格段に旨い。
なぜか退出せずに、その場にいる若い使用人。
一言言ったほうが良いのかと察した俺は、さっきよりも良い笑顔を作る。
「美味しいよ」
「へ?! あ、あああ、ありがとうございまっす!!」
言うが早いか、ピューンと部屋から飛び出して行く使用人に、俺は首を傾げた。
「新人か?」
「いや、違います」
「そうか。変な奴だったな」
「え、えぇ……」
歯切れの悪いジルベルトは、ソファーに座りもせずに俺の近くに立っていた。
俺の隣をぽんぽんと叩くと、ジルベルトは対面のソファーに一瞬視線を向けてから、おずおずと俺の隣に腰掛けた。
「今日は肉じゃがだ。揚げ物ばかりだったからな。体に良さそうなものを作ってみた」
「ありがとう、ございます」
フォークを手渡すと、ジルベルトがゆっくりと食べ始める。
「っ……おいし、いっ」
目を伏せて味わうジルベルトは、夢中で芋を咀嚼している。
「明日から来れるか?」
「はい。今は引き継ぎを……」
「そんなの、暇な奴にやらせれば良いだろう」
「いえ、一度は任せられた仕事なので」
無理やりやらされているのかもしれないが、そんなことはお首にも出さない。
なんて真面目で良い子なんだと、金色の髪をわしゃわしゃと撫でる。
ゴールデンレトリバーみたいで可愛い。
「実は、他にも頼みたい仕事があるんだ。俺の鉱山から採掘されたラピスラズリで、ブレスレットを作ろうと思ってるんだよね? まあ、石はラピスラズリだけじゃなくて、水晶とか、他の色も混ぜてカラフルにしたい」
ふんふんと話を聞くジルベルトは、今日はやけに素直だ。
「誰かにプレゼントするんですか?」
「いや、販売目的。貴族向けは特に考える必要はないんだけど、平民向けがな……。コストを抑えるためには、どうしたら良いか思案中」
フォークを手に持ったまま、目を瞬かせるジルベルトは、口の端に芋つけて小さな子供のようだ。
口許についている芋を指先で取って、それをぺろりと舐めると、なぜかジルベルトの顔が真っ赤になる。
「一般的なブレスレットは細身の物が多いだろ? 俺が考えているのは、丸い球が何個もくっついているやつなんだよね? 俺、丸が上手く描けなくて」
そう言って肩を竦めると、俺に絵心がないことを思い出したのか、空色の瞳を輝かせて小さく笑う。
「店を開くつもりですか?」
「うーん、開くは開くけど、最終目的は店を開きたいからじゃない」
僅かに首を傾げるジルベルトに、俺はニッと笑った。
「この前話しただろ? 頑張りたいと願う人を応援したい。ファギー兄様の話を聞いて、一番に思ったのが、孤児たちのこと。男娼だったり、奴隷のような待遇の下働きだったり……。彼らに職の選択の余地がないってところを解決したい」
「奴隷……」
ぽつりと呟くジルベルトは、自分の置かれている状況を孤児と重ねているように見えた。
俺はちょっと苦い紅茶を飲んで喉を潤わせる。
「自分の好きな仕事に就ける人って、ほんの一握りだと思う。頑張って努力して、それでもダメなら諦めがつくけどさ。最初から諦めるなんて、悲しくないか?」
「…………」
「花が好きなら庭師、料理が好きなら料理人、お喋りが得意なら商人、賢ければ文官でも良い。誰でも夢を見たって良いと思わないか? それに、俺は努力する人が好きだ。だから俺は、今の状況から抜け出して、頑張りたいと願う人たちを応援する。彼らが希望する仕事に就けるまで……、最後まで面倒を見るつもりだ」
俺は、ぽんとジルベルトの肩に手を置いた。
今話したことは、ジルベルトにも向けた言葉だ。
賢いお前なら、伝わっただろう?
「なぁ、ジルベルト。俺と一緒に仕事をしないか?」
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