嫌われ王子様の成長 〜改心後、暴君の過去が役に立つこともある〜

ぽんちゃん

文字の大きさ
上 下
47 / 211

47 ただの侍従 リュカ

しおりを挟む

 「ご苦労様でした」

 リオン殿下付きの影から密書を受け取り、内容に目を通す。
 ジルベルト様の境遇は、私の予想以上に悲惨なものだった。

 毎日のように鞭で打たれ、雑用から領地の仕事まで押し付けられている。
 食事は使用人たちの残飯を漁ることで、どうにか生きて来たようだ。
 自害してもおかしくはない状況に、深い溜息を溢した。

 リオン殿下に報告しなければならない。
 
 今のリオン殿下なら、きっとジルベルト様を救うために、彼の婚約者となるだろう。

 私に向ける可愛らしいお顔と、思いやりのある優しい言葉を思い出し、胸が苦しくなった。


 私はただの侍従だ。
 容姿も身分も、なにもかもが相応しくない。


 そんな風に想いを押し殺している自分に気が付いて、驚いてしまった。

 「どうやら私は、あのお方に魅了されてしまったようです……」

 自嘲気味に笑いながら、リオン殿下に報告をしようと足を動かす。

 「あれ? 報告するんだ」
 「っ、セオドル殿下……」

 早朝にも関わらず廊下を彷徨く第三王子殿下は、見目麗しい令息とのお楽しみを終えたところだったようだ。
 気怠そうに深海色の髪を掻き上げるお姿は、普段の猫かぶりはしていない。
 
 「俺だったら揉み消すね。ジルベルトが自ら行動を起こすことはないだろうし。黙っていても、バレないよ?」
 「朝一番に報告致します」
 「へぇ~? リオンのことが好きなのに?」
 「それとこれとは関係ありません。私はリオン殿下に頼まれたことを、きちんと報告する義務があります。そもそも、私はただの侍従ですので」

 自分に言い聞かせるように告げた言葉だったが、セオドル殿下の大きな瞳は丸くなる。


 ──合格。
 

 去り際に囁かれた言葉を聞き流す。

 私の唯一の主人であるお方は今、過去の悪行を償い、更生しようと努力している。
 私は彼をサポートし、幸せになってもらいたいと願っている。
 あの愛らしい笑顔を曇らせないためにも、私の浅ましい気持ちを優先させるべきではない。

 リオン殿下を大切に想うからこそ、私は自分の気持ちに蓋をする。
 
 

 報告するなら早い方が良いだろうと静かに部屋に戻ると、小さく丸まって眠るリオン殿下が身動ぐ。
 
 おずおずと手を伸ばし、美しい黒髪に触れる。
 何年も触れてきたが、今は愛おしい気持ちが溢れていた。

 「ん……りゅか?」
 「すみません、起こしましたか?」
 
 静かに話しかけると、目を閉じたまま口許が弧を描く。
 私に向かって伸びてくる手は、私の体を優しく抱き寄せる。

 「良いにおい……」

 寝ぼけているとわかっていても、私は華奢な体を包み込んでいた。
 
 「あったかいね」
 「ふふっ、そうですね」
 「りゅか……、ずっと一緒にいてね」
 「…………はいっ」

 自分の気持ちに気付いてすぐに、こんなことを言われては、たまらない気持ちになる。
 
 侍従として傍にいて欲しいという意味だとはわかっていても、胸が締め付けられる。
 今後のリオン殿下のお隣は、きっとジルベルト様のものになるだろう。
 慕う人の幸せな姿を、ずっと傍で見続けることができるのに、苦しくて仕方がない。

 想いを悟られないように伏せた目元に、柔らかなものが触れる。

 薄らと目を開けると、心配そうに眉を下げたリオン殿下が、私を見つめていた。

 「なにかあった?」
 「いえ、」
 「嘘だ。リュカ、泣きそうな顔してる」
 「っ……」

 表情が乏しい私の変化に気づいてくれるリオン殿下に、胸が温かくなる。
 さりげなく頬に口付けられ、強く抱きしめられた。

 「言いたくないなら言わなくて良いよ? でも俺は、なにがあってもリュカの味方だから」
 「っ、ありがとう、ございます……」

 唇を噛み締め、幸せな気持ちに浸っていると、リオン殿下が私から離れる。

 「俺、バカだから、心に響くようなことは言えないけど……。ずっと傍にいることならできるよ」
 「……そのお気持ちが嬉しいです。ふふっ」
 「あ、リュカが笑った。可愛い……っ」
 
 そう言って、誰よりも可愛い顔で笑うリオン殿下は、私の平凡な新緑色の瞳が綺麗だと、飽きることなく見つめていた。

 「口付けをしても、よろしいでしょうか……」
 
 ジルベルト様のことを報告する前に、最後に触れ合いたい。
 そう願って尋ねてみると、陶器のような白い頬がほんのりと赤く染まった。

 「リュカの笑顔が見れるなら。……いいよ」
 
 恥ずかしそうに呟くリオン殿下の言葉に、胸が高鳴った。

 互いに相手の笑顔を見たいと願っている事が嬉しくて、言葉に詰まる。

 「そ、そういうのは、聞かなくても良いんじゃないか? それに、いつも勝手にしてくるだろ? ……ハッ。俺に言わせたかったのかっ!? 意地悪も程々にし、ンッ」

 勘違いばかりしている、うるさい口を塞ぐ。

 そういうところも可愛らしいのだけど、今はこの時間を大切にしたい。

 少しだけ……。
 もう少しだけ……。

 想いを隠しきれずに、深く口付けてしまう。
 そんな私に付き合ってくれるリオン殿下が、酸欠になっていることに気付いて、慌てて離れた。

 「っはぁ……。俺を振り回すのは、やめてくれよ……」

 小さく聞こえた声に、私の方が振り回されているのだと言い返そうとした。
 
 だが、神秘的な瞳に熱が帯びていることに気が付いて、激しい動悸がする。

 ……少しは期待しても良いのだろうか。

 いや、ダメだ。
 昂る気持ちを抑え、密書を握りしめる私は、慕う人の手に渡した。















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

処理中です...