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47 ただの侍従 リュカ
しおりを挟む「ご苦労様でした」
リオン殿下付きの影から密書を受け取り、内容に目を通す。
ジルベルト様の境遇は、私の予想以上に悲惨なものだった。
毎日のように鞭で打たれ、雑用から領地の仕事まで押し付けられている。
食事は使用人たちの残飯を漁ることで、どうにか生きて来たようだ。
自害してもおかしくはない状況に、深い溜息を溢した。
リオン殿下に報告しなければならない。
今のリオン殿下なら、きっとジルベルト様を救うために、彼の婚約者となるだろう。
私に向ける可愛らしいお顔と、思いやりのある優しい言葉を思い出し、胸が苦しくなった。
私はただの侍従だ。
容姿も身分も、なにもかもが相応しくない。
そんな風に想いを押し殺している自分に気が付いて、驚いてしまった。
「どうやら私は、あのお方に魅了されてしまったようです……」
自嘲気味に笑いながら、リオン殿下に報告をしようと足を動かす。
「あれ? 報告するんだ」
「っ、セオドル殿下……」
早朝にも関わらず廊下を彷徨く第三王子殿下は、見目麗しい令息とのお楽しみを終えたところだったようだ。
気怠そうに深海色の髪を掻き上げるお姿は、普段の猫かぶりはしていない。
「俺だったら揉み消すね。ジルベルトが自ら行動を起こすことはないだろうし。黙っていても、バレないよ?」
「朝一番に報告致します」
「へぇ~? リオンのことが好きなのに?」
「それとこれとは関係ありません。私はリオン殿下に頼まれたことを、きちんと報告する義務があります。そもそも、私はただの侍従ですので」
自分に言い聞かせるように告げた言葉だったが、セオドル殿下の大きな瞳は丸くなる。
──合格。
去り際に囁かれた言葉を聞き流す。
私の唯一の主人であるお方は今、過去の悪行を償い、更生しようと努力している。
私は彼をサポートし、幸せになってもらいたいと願っている。
あの愛らしい笑顔を曇らせないためにも、私の浅ましい気持ちを優先させるべきではない。
リオン殿下を大切に想うからこそ、私は自分の気持ちに蓋をする。
報告するなら早い方が良いだろうと静かに部屋に戻ると、小さく丸まって眠るリオン殿下が身動ぐ。
おずおずと手を伸ばし、美しい黒髪に触れる。
何年も触れてきたが、今は愛おしい気持ちが溢れていた。
「ん……りゅか?」
「すみません、起こしましたか?」
静かに話しかけると、目を閉じたまま口許が弧を描く。
私に向かって伸びてくる手は、私の体を優しく抱き寄せる。
「良いにおい……」
寝ぼけているとわかっていても、私は華奢な体を包み込んでいた。
「あったかいね」
「ふふっ、そうですね」
「りゅか……、ずっと一緒にいてね」
「…………はいっ」
自分の気持ちに気付いてすぐに、こんなことを言われては、たまらない気持ちになる。
侍従として傍にいて欲しいという意味だとはわかっていても、胸が締め付けられる。
今後のリオン殿下のお隣は、きっとジルベルト様のものになるだろう。
慕う人の幸せな姿を、ずっと傍で見続けることができるのに、苦しくて仕方がない。
想いを悟られないように伏せた目元に、柔らかなものが触れる。
薄らと目を開けると、心配そうに眉を下げたリオン殿下が、私を見つめていた。
「なにかあった?」
「いえ、」
「嘘だ。リュカ、泣きそうな顔してる」
「っ……」
表情が乏しい私の変化に気づいてくれるリオン殿下に、胸が温かくなる。
さりげなく頬に口付けられ、強く抱きしめられた。
「言いたくないなら言わなくて良いよ? でも俺は、なにがあってもリュカの味方だから」
「っ、ありがとう、ございます……」
唇を噛み締め、幸せな気持ちに浸っていると、リオン殿下が私から離れる。
「俺、バカだから、心に響くようなことは言えないけど……。ずっと傍にいることならできるよ」
「……そのお気持ちが嬉しいです。ふふっ」
「あ、リュカが笑った。可愛い……っ」
そう言って、誰よりも可愛い顔で笑うリオン殿下は、私の平凡な新緑色の瞳が綺麗だと、飽きることなく見つめていた。
「口付けをしても、よろしいでしょうか……」
ジルベルト様のことを報告する前に、最後に触れ合いたい。
そう願って尋ねてみると、陶器のような白い頬がほんのりと赤く染まった。
「リュカの笑顔が見れるなら。……いいよ」
恥ずかしそうに呟くリオン殿下の言葉に、胸が高鳴った。
互いに相手の笑顔を見たいと願っている事が嬉しくて、言葉に詰まる。
「そ、そういうのは、聞かなくても良いんじゃないか? それに、いつも勝手にしてくるだろ? ……ハッ。俺に言わせたかったのかっ!? 意地悪も程々にし、ンッ」
勘違いばかりしている、うるさい口を塞ぐ。
そういうところも可愛らしいのだけど、今はこの時間を大切にしたい。
少しだけ……。
もう少しだけ……。
想いを隠しきれずに、深く口付けてしまう。
そんな私に付き合ってくれるリオン殿下が、酸欠になっていることに気付いて、慌てて離れた。
「っはぁ……。俺を振り回すのは、やめてくれよ……」
小さく聞こえた声に、私の方が振り回されているのだと言い返そうとした。
だが、神秘的な瞳に熱が帯びていることに気が付いて、激しい動悸がする。
……少しは期待しても良いのだろうか。
いや、ダメだ。
昂る気持ちを抑え、密書を握りしめる私は、慕う人の手に渡した。
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