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40 今のままでいて

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 嫌いな奴と間接キスをしたのに、そんなことより腹を壊すかもしれないと、俺を心配してくれるジルベルトは、すごく優しい男だった。

 「今回は芋だけで作ったから。これこそ、安くて美味い料理だろ? 前回のリベンジを果たそうと思って……」
 
 ちらりと顔色を窺うと、小さく吹き出していた。

 なにがおかしいんだとじっとりとした目を向けるが、可愛い顔で笑っているので許してやる。
 
 「負けず嫌いですよね?」
 「そうか? ただ、ジルベルトを喜ばせたかっただけなんだけどな。まあ、成功したから良いか」

 ニカッと笑うと、驚いたように目を瞬かせる美青年は、俺から顔を逸らした。

 ……腹は満たすことが出来たようだが、喜ばせることには成功していなかったことがわかった。
 むしろ今、気分を害してしまったようだ。

 「な、なあ。絵、描くの得意?」
 
 ゆっくりと俺を見たジルベルトは、なんの話だと首を傾げるが、すぐに立ち上がって紙とペンを用意し始めた。
 さらさらと適当になにかを書き始めて、チラッと覗き込むと、俺にそっくりな人物が描かれていた。

 「うまっ……」
 「そうですか? 適当に描きましたけど……」
 
 絵師になれるレベルだったことにも驚いたが、俺の表情にも度肝を抜かれた。
 なにせ、めちゃくちゃ可愛い笑顔の俺なんだ。
 お目目がくりくりで、俺ってこんなに可愛い顔をしているのかと、自分でも驚きだった。

 「盛りすぎじゃないか?」
 「盛る? そのままを描きましたけど……」
 「うっ、そ、そうなんだ。ジルベルトには、俺がこんな風に見えているんだな……。意外だ」
 「っ、あ、貴方は顔だけは良いので!」
 「オイッ!」

 顔だけってなんだ、だけって。
 失礼にも程があると頬を膨らませると、急に頭を下げるジルベルトに謝罪される。
 俺に怒られると思ったのか、小さく震えていた。

 「それ、頂戴」
 「えっ? は、はあ……、どうぞ」
 「ありがとな。部屋に飾るわ」
 「なっ! 絶対にやめてください」
 
 嫌だとべっと舌を出す俺は、可愛い顔で笑っている俺の絵を見て、同じような顔で笑っていた。

 「それで相談なんだけど。これだけ上手なら、俺と一緒に仕事をしないか? 今、パートナーを探しているんだ」
 
 俺の顔を凝視していたジルベルトは、視線を彷徨わせる。

 即決出来ないことはわかっていたし、なにより俺と一緒に……っていうところが問題なのだということもわかっている。
 でも、今みたいに押しかけるのではなく、仕事を通して少しずつ距離を縮めたい。
 
 ファーガス兄様と完成させた、レシピ登録をする書類の控えを見せた。
 空白の部分に、料理の絵を描いて欲しいと告げると、食い入るように読み始めるジルベルト。
 本当に俺が書いたのかと、何度も確認された。

 ……自分が可哀想だと思うほど疑われている俺。

 「すぐに決めなくても良いから」
 「なんで俺なんですか? 他にも絵が上手い人なんて山程いるじゃないですか。……もしかして、全員に断られたんですか?」
 「はあっ!? お前しか誘ってないからっ!」

 声を張り上げてしまい、慌てて口を押さえる。
 
 いくらムカついたからって、俺に怯えている相手に大声をあげるべきではなかったと後悔する。
 しょんぼりしていると、隣から謝罪の言葉が吐き出された。

 「考えさせてください」
 「……うん」
 「嫌なわけじゃなくて……。むしろ、すごくやってみたいと思っています」
 「えっ」

 驚いて顔を上げると、空色の瞳は書類に視線を落としていた。

 もう一押しなのかもしれないと思った俺は、レシピの利益は、頑張りたいと願う人々に使うつもりだと話した。
 ファーガス兄様との話をすれば、そこまで考えているのかと、真剣に話を聞いてくれていた。
 俺が提案したわけではないのだが、ジルベルトを引き込めるなら、なんだって良い。

 「でも、今している仕事が……」
 「それはお前じゃないとダメなのか?」
 「……そういうわけでは」
 「んじゃ、決定な? ファーガス兄様の権力を使わせて頂くことにする。それなら誰も文句は言えないだろ?」

 空色の瞳を揺らすジルベルトだったが、口許は少しだけ緩んで見えた。

 家族に溺愛されている王子で良かったぜ。

 それから俺も絵を披露したのだが、本気で爆笑されてしまった。
 目尻に涙を浮かべて笑うジルベルトは、俺の不細工な犬の絵を見ている。
 それから、なぜか俺の顔と見比べて笑うのだ。
 意地悪なリュカと同じことをするなと、心の中で舌打ちをする。

 しかも、俺が描いた絵がなんなのかが全く伝わらなくて、最後は紙をぐしゃぐしゃに丸めて、部屋の隅に投げ捨ててやった。
 
 それでも二人で絵を描いて見せ合う時間が楽しくて、気づけば俺たちはぴったりと寄り添っていた。

 「少しはマシになったか?」
 「…………貴方は、今のままでいてください」

 少しだけ寂しそうな声色に顔を上げれば、ジルベルトは微笑んでいたが、深い憂いの色が表れているように見えた。

 今まで腹を抱えて笑っていたのに、どうしてそんな顔をするのかわからない。

 でも、ジルベルトの悲しい顔を見たくないと思った俺は、無理やり持ち上げているであろう口の端に、そっと口付けていた。









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