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28 時間がかかっても
しおりを挟むまたしても自分だけ気持ち良くなって爆睡していた俺は、朝から猛烈に反省していた。
リュカに謝りたいけど、謝罪内容が恥ずかしすぎて、顔を合わせても何も言えなかった。
「今日はどうされますか?」
「……ジルベルトに謝罪に行きたいから、なにか作ろうかな」
「かしこまりました」
鏡台の前で俯く俺の髪を後ろで結ってくれるリュカは、いつも通り淡々と仕事こなしている。
昨晩のこともあって、顔を合わせることが恥ずかしかったのに、リュカは全然気にしていない。
セオドル兄様の前で言ったことも、きっと嘘だったんだろう。
リュカの態度ばかり気にしている俺って、本当に情けない。
侍従は、主人のお世話をすることが仕事なんだ。
性欲処理もその一部なんだろう。
普通のことなんだと自分に言い聞かせて顔を上げると、鏡に映るリュカの口許は緩んでいた。
……リュカが笑ってる?
仕事中ににこやかな顔を見ることは滅多にない。
じっと顔を見ていると、新緑色の瞳と視線が交わって、勢い良く頭を下げる。
「急に動かないで下さい」
「あ、うん。ごめん……」
俯いたままでいると、両肩にそっと手が乗る。
「怒っていませんよ?」
「ひゃっ!」
俺の背後から顔を寄せたリュカの吐息が右耳にかかって、驚いて変な声が出た。
慌てて両手で口許を押さえると、ふうっと耳に息がかかる。
「んっ……」
「もう少しで終わりますからね」
優しく告げたリュカの気配が遠ざかり、今は揶揄われたくなかったから、ほっと胸を撫で下ろす。
目を瞑って無になるように意識していると、いつのまにか髪は完成していた。
髪が長いおかげで、落ち着く時間を取ることが出来た俺は、頬を叩いて気合を入れる。
「よしっ!」
片付けをしようと、静かに手を動かす優秀な侍従に向かって振り返った。
「髪、ありがとう」
「いえ。お気に召しましたか?」
「もちろん! それから、昨日はごめん。自分から言ったのに、また寝ちゃって……。だから、もしリュカがしたい時があったら、誘って? その時は頑張るから!」
きちんと謝罪出来たことに満足して、にっこりと笑顔を向ける。
ただし、リュカは目が点になっている。
俺に謝罪されたことに驚いているらしい。
まあ、過去の俺の素行不良を考えたら、当然の反応だな?
「今日はね、コロッケを作ろうと思うんだ! 楽しみにしててね?」
うんともすんとも言わないリュカに首を傾げる。
もしかしたら、話し方が馴れ馴れしかったのかもしれない。
昔のリオンの傲慢な話し方をするのは疲れるから、仲良くなった人とは普通に話したい。
……これから仲良くなる人が増えるのかはわからないけど。
しょんぼりしながらも朝食を終えた俺は、厨房に向かうことにした。
クロフォード国の料理は、味より見た目の華やかさを重要視している。
美意識が高い国なんだと思う。
俺の視覚は、毎日フランス料理のコースを食べている気分だ。
でも、基本的な味付けは薄い。
健康的なので不満はないし、そのおかげで食材そのものの良さを味わうことが出来ている。
だが、日本人だった俺が毎日食していたのは、庶民的な料理ばかり。
たまには、味の濃いB級グルメが食べたくなる。
すごく贅沢な悩みだ。
シチューはまだ彩が良かったからみんなは食べてくれたけど、揚げ物のような茶色の物は、きっと受け入れられないと思う。
それでもコロッケを作ろうと思ったのは、食へのこだわりがあまりないジルベルトに、興味を持ってもらいたいからだ。
公爵子息故に、参加したパーティーでは食事を取っているだろうが、今まで見たことがない料理を前にしたら、きっと驚くはず。
それが安価な物で作ったと知れば、尚更。
どれだけ時間がかかっても、出来ることなら俺はジルベルトとは友人になりたいと思っている。
だから、施しを与えていると思われたくない。
それに手作りなら、俺の誠意が伝わるはずだ。
早速厨房に入って挨拶をすると、料理長であるティルソンが子犬ように駆け寄って来る。
見た目は大型犬だけど。
「リオン殿下! 何かありましたか? まさか、私の料理に不満が?!」
「違う違うっ! 今日も美味しかったぞ! いつも美味しい料理をありがとう」
全力で両手を振りながら笑みを浮かべると、ほうっと息を吐いて蕩けるような笑顔を見せてくれた。
作ってもらうことが当たり前になっていたけど、感謝の気持ちを伝えることが大事だ。
馬鹿だから普通のことしか言えないけど、ティルソンは半泣きで喜んでくれた。
「今日も料理がしたいんだけど良いかな?」
「もちろんです。自由に使って下さい」
その代わりに料理を教えて欲しいと頼まれたけど、立場が逆じゃないか?
人様に指導出来るような料理の腕はないのだが、やる気満々のティルソンが、他の料理人達も呼び出してしまった。
前回一緒にシチューを作った人達は俺に好意的に見えるけど、初対面の人達は全力で怯えている。
もちろん目は合わない。
料理人達と仲良くなるには、美味しい料理を作ることが最短の道だと学んだ俺は、一旦彼らには震えたままでいてもらうことにした。
チクリと心が痛むけど、なんとか笑みを作った。
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