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◆一年生◆
*29* 殺し文句は深夜十二時に。
しおりを挟むつい今し方、日付は“十一月二十五日”になったところだ。
「いや~……それにしてもスティルマン君、本当に良く“星詠み同好会”だなんて教師のウケが良さそうなもの思い付いたよねぇ。凄いよここ。居心地最高だよ。もしかして、君はあれか、天才なんじゃないの?」
「ふん……まあな。いつまでも深夜の学園に忍び込んで、警備員の気配にビクつくのも嫌だろう。それに今からの季節、直接身体に風の当たる場所での観測は厳しいからな」
前世からの換算でも初めてプロの手を借りて化粧をしたあの日。推しメンからは『何かいつもより顔が濃いな』という、私とラシードが期待していたような反応とは違う斜め上な感想を頂いた。その発言を聞いた直後は流石に頬をつねってやろうかと思ったけれど、それもこの居心地の良い新環境で許そう。
そもそもあの日の本来の目的は、ラシードと推しメンが私が寝込んでいる間に内緒で企てていた快気祝いの最終仕上げ日だったそうだ。それがこの使われていなかった温室の確保。勝手に使用するのと許可をもらって大手を振って占拠出来ることには大きな違いがあるもんね。
大きさ的には大したことのない温室で、この広さなら無理してこの四阿をいれなければもう少し広く使えたのでは……と感じさせる程度だ。
けれどそんなことよりも放課後に人目を避けてここへ集まって、三人で少しずつする修繕作業は楽しかったし、部活というものに心躍る。クラスでは目も合わさない私と推しメンがここでダラダラ過ごす仲だと知っている人間は少ないのではないだろうか? そう考えると面白い。
だけどそれを言えば一学年上のラシードなんて天恵祭が終わった今、もう接点がなくてもおかしくないのだから、人間関係なんて表面上の繋がりだけでははかれないよね。
最初は硝子が濁って全然空が綺麗に見えなかったのだけれど、推しメンとラシードが二人で簡素な足場を組んで二週間がかりで磨き上げてくれたお陰で、今ではすっかり元の綺麗な温室になっている。
本当は私も一緒に磨きたかったのだけれど“木から落ちたばかりの人間は戦力外”と両人に言われたので素直に止めておいた。
すきま風の入る部分には布を噛ませたり、石膏で塞いだりと、地味だけれどほんのちょっと手を加えるだけで居心地の良さは各段に上がった。流石に雪の降る季節は寒いだろうけれど、それまでは割と堪えられそうだ。
私は二人が外で作業をしてくれている間に、中の四阿で丸い座布団っぽいものを人数分編んだり(田舎は手作りが基本)、休日を利用して雑貨屋巡りをしてお手頃なフワフワ毛布にクッションを買い漁った。無論“部費”でね!
“部費”という学生感のある響きで少しウキウキしてしまうのと、いくらまでという括りのある中で行う買い物は意外と楽しい。
実のところ私は部活動をするのは初めてなのだ。前世では勉強漬けで友人はいなかった。他者はみんな学年テストで踏み台にして上に上がったり、それとは逆に踏み台になったりだ。
絶対に“上”に行かなければ。
両親に褒められるくらい“上”を目指さなければ。
ただ求められるまま、上に上に上に上に上に上に――――…………いま考えればその異常性が良く分かる。だからこそ、そんな過去を帳消しにするような、この心躍る新しい環境を用意してくれる推しメンの為により一層尽力するのだ!
勿論“面白そうだから”という理由だけで付き合ってくれているラシードにも、その内に何かお返しできないかと探りを入れている真っ最中なんだけど……奴はなかなかつるんでいるとき以外の日常生活を掴ませてはくれない。
あんまり追いかけ回すのも良くないので、ひとまず保留ということで。
支給される部費はさほど多くないけれど、それでもただの同好会程度では考えられない待遇の良さ。それもこれも、やっぱり星詠みが出来る学生が少ないからだろうね。中途半端でもこの星詠み能力に、ひいてはこちらの両親に感謝だ。
同好会メンバー用に色違いのマグカップが三つ。それからメンバーなら誰でも自由に食べられるお菓子の入ったバスケット。火気は基本的に厳禁だから、これからの季節は保温ポットにタップリのホットカフェオレを用意して、今夜も楽しい星詠みの開始。
「それどっちも言えてる。寒いのも見つかって怒られるスリルもいらないもんね。だけど意外だなぁ……スティルマン君でも警備員さんに見つかるのは恐いの?」
私達は星の観測の邪魔になる屋根のある四阿から出て、毛布を厚着して着膨れた身体の上から纏い、それでも習慣的にお互い背中合わせといういつもの格好で星詠みをしていた。
けれど私のその発言に呆れた様子で振り向いた推しメンは、眉間の皺を深めて溜息を吐く。
「君は何か勘違いしているようだが……家に連絡が入るのが嫌なんだ」
苦々しいその反応に、何となくそれ以上探ることは止めておいた方が良さそうだと判断を下して「ラシードも会員なんだから、一回くらい夜の観測に顔を出したら良いのにね?」と話の矛先を逸らす。
ちなみに折角ここを使えるように改装したのに、ラシードは『夜更かしはしない主義なの』と言って一度も参加したことがない。夜更かしは若さを持て余した学生の特権だぞ?
まぁ、かく言う私も、前世ではずっと机に齧り付いて少しでも多く勉強時間に費やそうとしていたけれどね。しかしこう……背中合わせのせいで、二人同時に振り返った状態だと顔が近い。
無意識のうちに右の前髪を整えるようと手をやろうとすれば、スティルマン君にその手を掴まれた。え、なになに、突然何ですか!? 掴まれているのは手首のはずなのに心臓が鷲掴みされている気分なんですけど!?
この状況はスチルがどうこう言っている場合ではない。このままだと私は儚い存在になってしまう。つまり、推しメンの至近距離での凝視に息の根が止まる。
内心の焦りを隠そうと「ん、急にどうした? 私の魅力にやられた?」とふざけてみるも、推しメンは聞く耳を持たずに私の前髪を持ち上げる。指、指が額に触れてますから。緊張で頬に血が上る。日焼けのせいで肌が浅黒くて助かった……。
あの日顔が濃いと言われてからは、学園での活動時間以外は化粧を極力止めている私だけれど、傷跡だけは上からラシードに教えてもらった特殊メイク方で目立たなくさせてある。
心の中で面倒くさがらずにキチンとメイクをしていた自分を褒めてやりたいけれど、それでも至近距離で見れば凹凸のある肌の表面が気になるのか、スティルマン君は目を細めた。
「あ、のさ、流石にここまで近いと気になるかもだけど、傷自体は本当にもう全然痛くないんだよ?」
「…………」
「それに、こう、これがあるせいで前より化粧したり髪型に気をつけたりするようになったから、女子力は格段に上がってるはずだよ! この間ティンバースさんにも“最近雰囲気が柔らかいわね?”ってお墨付きもらったもの」
そう弁明を続ける私を無視して、推しメンは親指の腹で傷跡を塗りつぶしていた化粧品をはぎ取ってしまう。スティルマン君の視線が剥き出しになった傷跡に遠慮なく注がれることに……いくら何でも流石に心が傷ついた。
「ちょっと、何するのさ。人がせっかく上手く……」
あまりに横暴なその行動にほんの少しだけ泣きそうだ。推しメンよ――君は人が隠したいことを無理やり暴くような、そんなキャラなのか。
……あ、でも待てよ。それはそれで、考えようによってはそんな新たな一面も悪くない。うむ、一度はこの非礼も許そう。ちょっと違うかもしれないけれど、スチルの構図的には壁ドンの亜種みたいなものだし。
私が一瞬そんな馬鹿なことを考えていたら――、
「別に隠さなくても良い。友人の装った姿は見慣れないからな。このままにしておいてくれ。これは……」
そこで一度言葉を切ったスティルマン君は、初めて乙女ゲームの登場人物らしい、正気だと聞く方が恥ずかしくなるような殺し文句を吐いた。
「何があっても次は必ず君を助けに行けるようにという戒めだ」
あ――……これは次の観測には絶対ラシードを引っ張ってこないと、私は推しメンを幸せなエンディングに導く前に死ぬかもしれない。そんな幸せだけれど由々しき問題に直面した、冬の星座が見守る夜のお話。
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