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◆一年生◆
*16* ヤバい、すっかり忘れてた。
しおりを挟む本日は“九月十八日”。秋晴れ。
「それでは今日は来る十月の天恵祭で行われる、武術大会への参加者を募りたいと思います」
休暇明けからの四日間。私は毎晩推しメンと、星詠みの特訓の為に連日続けた夜更かしのせいで、欠伸を噛み殺しながら聞いていた朝のホームルームでの一言に噴き出しかける。
慌てて視線を前の壇上に向けると、そこにはこのクラスの生徒ではない顔ぶれが数人立っていた。
ゲームの中では不明瞭な活動をしていることが多いうえに、何だかんだと学園のイベント事を一手に引き受けたがる“執行委員”に告げられたその内容に、一瞬血の気が引いた。
私は動揺から震える手で、胸ポケットの手帳を取り出し十月の頁を開く。すると案の定“たぶんこの辺で天恵祭があるはず”という書き込みで、当たりをつけた日付に赤い印が付けてある。しかも結構ハッキリと。
赤で書き込んで忘れるなら蛍光色のないこの世界では、もうまずどんな色で書いても忘れるのではないのか、私よ。推しメンと同じ学園生活を送れているということに油断しすぎた。
言い訳をしてみるとすれば、別に四六時中べったりと一緒に行動しているわけではないということだろうか。私とスティルマン君は基本的に放課後の図書館か、真夜中の星詠みをするくらいしか一緒に行動していない。
それというのも、一応私とスティルマン君は教室の中では連まないという暗黙のルールを持っているからだ。ぼっち同士が同盟を組んで教室内で行動を共にするのは、何故か周囲からテロ予備軍のような目で見られるせいなんだけどね。
それはさておき、その連絡内容に、いつもは澄ましているクラスメイト達がにわかに活気付く。でもまぁ、それも当然か。
十月の後半にある天恵祭――。いつも星詠み関係が持ち上げられがちなこの国で、肩身の狭い思いをしている武官を目指す戦闘エリート達を目立たせ、青田買いを行わせる場である。勿論文武両道の猛者も参加は自由。
婚約者がいないのはヒロインちゃんの攻略対象キャラだけなので、他の生徒達は思う存分、自分の婚約者にアピールしたりされたりする。将来就職組と攻略対象キャラでなければ、実に微笑ましいお祭りだ。
だからと言うわけではないけれど、このゲーム【星降る夜は君のことを~星座に秘めたるこの想い~】の世界の中でも一、二を争うくらい得られるスチルが多いイベントでもある。
うろ覚えではあるけれど、特に一学年上で卒業が早い赤色のスチルが多かった気がするな。
もしもこれが正しくゲームの催し物として開催されたなら、推しメンは近日中に赤色から天恵祭の目玉である武術大会の勝負を申し込まれることになるはずだ。そして推しメンはそれを受けて立ち、大衆の面前で足の後遺症が原因で負ける。
けれど推しメンはそれを大衆に悟らせずに負けを認めて退場し、人知れず舞台の裏手から、ヒロインちゃんと攻略対象キャラを見つめている……と、思う。噛ませ犬な推しメンのスチルなんて端から用意されていないから、これは私が脳内で勝手に捏造しただけだけどな。
あのシーンは私の推しメン・ヒストリーの中でも屈指の胸熱部分。思い出しただけでも胸にくるものがある。きっと推しメンのことだから影で必死に稽古しただろうに……。
とまぁ、そんな感じで、この催し物の勝者とヒロインちゃんはかなりな勢いで好感度が上がる。強い男が好きなのは分からなくはないけど、こういうイベントでの感覚が、昔から運動会のリレーで足が速い男子がモテるという発想と同じなのは、何でだろうね?
――などという現実逃避をしている場合ではない。冗談じゃないぞ、せっかくここまで波立たせないように学園生活を送って来ていたのに。
幸いにもまだそんな話題をスティルマン君としてはいないから、恐らく赤色からの接触があるとすればこのホームルームが終わって数日……いや、あの熱血系キャラなら早ければ今日の昼か夕方にイベントが起こるはずだ。
チラリと右斜め後ろの席に座るスティルマン君を盗み見ると、バッチリ目が合ってしまった。このタイミングでなければ嬉しかったけど……今はすっかりイベントの、引いては“推しメンを護る”という使命を忘れていた自分への怒りから表情筋が働かないぞ。
……あぁ、スティルマン君が何だか訝しげな顔をしてる。勘の鋭い子はこれだから困るんだよ。前世の鉄仮面ぶりをこんなところで発揮してどうするんだ私は。とにかく早急に何か手を考えないといけない。
取り敢えず放課後に図書館に行くのは少し控えて、敵の動向を見守ることにしよう。筋肉馬鹿な赤色のことだ。放課後は訓練場にでもいるだろう。
それとも赤色だけでなく、水色もこれを機にスティルマン君を封じる動きをするのだろうか? それともまだ見つけきれていない攻略対象キャラ――?
前世の“私”がほんの少しだけ憑依してしまった状態を見られたくなかった私は、推しメンから視線を逸らして、再び壇上で天恵祭の説明をする生徒達を見つめた。
***
一日の授業が終了したことを知らせるチャイムの音が鳴り終えた。これから起こるイベントを考えると戦いのゴングにも思えるなぁ。
兎も角それと同時に教室から勢い良く飛び出した私は、いつもなら絶対に用がない訓練場の方へと足早に向かう。リア充で賑わうあの場所は、本来あまり好きではないのだ。
今日ばかりは流石に児童書――いや、夏期休暇の間にホーンスさんにビシビシ扱かれたおかげで、先日ついに中等部の学生が使う入門書に移ったばかりとはいえ、図書館で暢気にお勉強とはいかないでしょうが。
右斜め後ろから朝の反応を訝しんでいるのか、クラスメイトがいなくなった頃合いを見計らって声をかけようとしてくれている推しメンの気配。それに気付かないふりをするのがどれほど苦しかったことか……。
無駄に長い訓練場までの半地下式になっている渡り廊下を歩きながら、思わず服の上から涙型の星火石の首飾りを握りしめた。渡り廊下の終わりに短い階段があり、そこを上れば一気に視界が明るく開ける。
いきなり目に飛び込んできた日差しに驚いて細めた視界には、意外としっかりとした石造りの半円形をした観客席を隣接する、ミニコロッセオのような訓練場が映った。
すでに数人の生徒が訓練着に身を包んで、本番さながらの勢いで打ち合っている。
「ここはゲームのプレイも通しで初めて来たけど……何か野蛮な感じなのね」
天恵祭の催しもここで行うため当然といえば当然なのだけれど、何となく苦手な雰囲気だ。私はローマ市民にはなれそうもないな。
「おっと、馬鹿なこと考えてないで赤色を探さないと」
自分に言い聞かせるようにキョロキョロと周囲を見回していたその一瞬。私の視界の端で、熟れたマンゴーのように、鮮やかなオレンジ色の星が煌めいた。それは気のせいかと思う間に他の生徒の気配に紛れかけ、慌てた私は咄嗟に走り出して、その人影に体当たりするように飛びつく。
――――けれど。
「キャアッ!? ちょっとアンタどこに目ぇ付けてんのよ、痛いわねぇ!」
ぶつかった相手はびくともしないようなガタイから信じられない悲鳴を上げ、次いで腰の辺りに食らいついた私を見下ろすと、ホーンスさん並みに見上げる長身を屈めて心配そうにこう言った。
「ちょっとやだ、アンタそれいま刺さったわけじゃないわよね?」
「え?」
「“え?”じゃないわよ。頭に何か灰色の三角錐みたいな物が刺さってるけど、大丈夫なの?」
――キラキラとマンゴー色の星のエフェクトを振りまきながら、その褐色の“オネエさん”は私の頭上を指差した。
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