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◆第十章◆
★17★ 一匹と一人、最終日の夜に。
しおりを挟む転生二年目のプレゼントである、マリが暮らした前世の世界三泊四日。わたしにとっては見るもの全てが目新しく、マリにとってはかつて馴染んで手離したものばかり。
駄神の思惑に込められた残酷さに気付いたのは、普段のマリでは考えられない異様なはしゃぎぶりからだった。多くを聞かなくても分かる。この世界は彼女にとって生きやすい場所ではなかったはずだ。
それでももう戻らない憧れを追い求めるように、マリは灰色の塔と色の洪水の間を縫い、わたしを楽しませようと頑張ってくれた。彼女が欲しかったものは何でも手に入れられる潤沢な資金もある。だというのに、マリは贅沢の仕方をほとんど知らなかった。
なので一日目こそ全力だったものの、二日目には普通の……というよりは、だいぶまったりと落ち着いた観光にをすることに。マリいわく『本当は学校で行くようなとこだけど、向こうだと絶対二度と見られない建造物だろうから、この機会に忠太に見せたい』と、電車とバスを乗り継いで、歴史あるジンジャブッカクを見て回った。
鐘の形も祈りの形も違う。それでもマリが読んでくれた〝エマ〟というものに書かれた願いだけは、どこも変わらない。記念に二人で一枚のエマに〝ずっと一緒にいられますように〟と書いた。
こちらの神が向こうの世界ほど意地が悪くないことを切に願い、彼女がお手洗いに行っている間に売店らしき窓口を覗いたら、不思議な装束の人間からこちらの世界の護符を勧められた。
色々あってどれを買えば良いのか迷っていると、どんな思いを叶えたいかと問われたので、マリとずっと一緒にいたいとエマに書いたことをスマホの写真で伝えると、とても良い笑顔でピンク色の可愛らしい護符を勧められて。戻ってきた彼女にお揃いで欲しいと頼んだら、一瞬何とも言えない表情をされたけれど、最終的に二つ買ってくれた。
そして中でもこちらの世界の城。かなりな規模の建造物だというのに、ほぼ木製だと聞いた時は驚いてしまい、マリにつれられてテンシュカクに登った時は足が震えそうになって、彼女の背中にしがみついて笑われた。
その後すぐに今では耐震化が進んで、全部が木製ではないとタネ明かしをされたけれど、怖がったことが格好悪くて恥ずかしくなったわたしが項垂れると、マリははにかんで。
『中学校の時の校外学習で参加出来なかったから、忠太とここに来られて嬉しい。その反応もきっとあの当時来られてたら、クラスメイトの誰かがやってるのを見られたのかもな』
――そう言って、どこで買ってきてくれていたのか、大きなおにぎりが三つ入ったパックを差し出してくれた。ひと目でコンビニのものではないと分かる素朴な形。中身はオカカと梅干しと鮭。梅干しだけ半分こにして、埃っぽい青空の下で食べたそれが、不思議とこちらで食べた中で一番美味しかった。
何度か外見が向こうの世界に近い人間から声をかけられて、写真を撮ってほしいと頼まれたり、観光客を呼び込む茶屋に入って甘味を食べたり。帰りの電車とバスの中で眠るマリに肩を貸して揺られている間、乗り過ごさないように眠気を堪えるのは大変だった。
最終日の三日目は、朝から再び街歩き。初めていつも世話になっている百均雑貨店や、ホームセンターの実物を見た。スマホで見るよりも一部商品が少なかったものの、自分で店内を歩き、店員の声かけが必要なく選べて自由に手に取れるのは、思った以上にワクワクした。
欲しい物や気になる物はたくさんあったが、持ち帰ることを考えて金太郎の家具を買い足すくらいに留める。輪太郎にはタイプの違う栄養剤をいくつか。サイラスには実店舗限定の表紙が分厚いリング式ファイルとルーズリーフを。
次々に籠に商品を放り込もうとするマリの手から、余分そうなものは棚に戻して。その後は本屋へ。一日目に観た映画の原作を探して購入し、初めて見る絵を用いた物語に興味を惹かれたが、読み方が分からず戸惑ってしまい、試し読み用の〝マンガ〟をマリに教わりながら読んだ。
そうして時刻は夕方の六時を回り、そろそろ向こうの世界に戻ることを意識し始める頃。マリが最後に行きたいお店があるというのでついていくと、そこは店先に赤いランタンがいくつもぶら下がり、中からは楽しげな喧騒が――。
「~~プハッ!」
「おお、忠太は呑めるクチかぁ! すみませーん、生ジョッキでもう二杯! それと鶏の唐揚げとイカゲソのバター焼きも!」
二人がけの狭いテーブル席。テーブルの上は空のジョッキとお皿でいっぱいになっている。食べたあとのお皿を引いてくれる人手が足りないのだ。店長と思しき中年男性が若いバイトに指示しているが、まだ不慣れなのかやる気が希薄なのか、お世辞にも上手く店が回転しているとは言い難い。
その割には先程から若い女性バイトの数人とはやけに視線が合う。客をジロジロ見るのはどうかと思うものの、この酔っぱらいで賑わう喧騒の中でも良く通るマリの声のせいかもしれない。
「チッ、やっぱ新生活で慣れてる学生バイトが抜けたんだな。忠太、悪いんだけどちょっと待っててくれ」
マリはそう言うやこちらの返事を待たずに席を立ち、近くのテーブル上がいっぱいになっている客席へと近付くと、パッと笑顔を浮かべて「お済みの皿お下げしまーす」と言いながら素早く空き皿を重ね、店員と勘違いした客が注文すると「はーい、じゃあ復唱しますんでご確認お願いしますね」と言い――。
「三番さん追加注文入りまーす! 焼き鳥盛り合わせ、揚げだし豆腐、冷奴、チーズフライに生ジョッキとレモンサワー! 九番さんお会計、四番さん少々お待ち下さい、六番ダスター、ご新規さん三名様ご案内お願いします!」
他の声に混ざらない張りのあるマリの声がホールを引き締める。そんなマリを見て他のバイト達が慌てて続き、カウンターの中で調理していた店長と数人のバイトがハッとした様子で顔を上げた。
彼女の動きに合わせることで、ぼうっと突っ立っているバイトがいなくなる。一気に片付いていくテーブルと、スムーズに通る注文。手にしていたお皿をカウンターに届けたマリが戻ってきた。
「ふー……一人にしてごめんな忠太。あ、でも代わりにさっきの注文分タダにしてもらえるって」
「凄いですねマリ。見事な差配で惚れ惚れしてしまいました」
「ははっ、あんなの慣れだよ慣れ。覚えれば誰でも出来るよ」
「そんなことはありません。マリがどれだけこのお店で頑張っていたか、よく分かりました」
「バレたか。でも死ぬ前に店長と約束したんだよ。酒が飲める歳になったらここで一番最初に飲むってさ。だからまぁ、これで気が済んだ。さ、飲も飲も」
そう言って晴れやかに笑ったマリとお酒を楽しみ、十一時五十五分まで飲んで会計に向かうと、カウンターからわざわざ店長らしき男性がやってきて。レジを打ちながら、ポツリと本当に小さく「真凛か?」と呟いた。
彼女はその問いに心底嬉しそうに「二十歳になったからさ」と囁いてお金をトレイに置いたものの、それは受け取られることなく押し返され、会計金額が印字されたレシートだけが戻ってきた。
交わされた会話はそれだけだった。
マリはそのレシートを大切そうに財布にしまって店を出る。
その後ろから店を出たわたしを振り返った彼女は、とびきり明るい声で「今でちょうど十二時だ。帰ろうぜ」と。ピンク色の護符をつけたスマホを手に笑ったのだった。
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