189 / 216
◆第九章◆
*18* 一人と一匹、いい感じにまとめたい。
しおりを挟む頭を抱えて慟哭する姿を画面越しに見つめるのは辛いものだ。自分の姿だというのもバツが悪い。何より泣き叫ぶサイラスを前にして、抱きしめてもやれないことが歯痒くて悔しかった。それを見越した部分までが駄神の愉悦含みの嫌がらせなんだろう。本当に度し難いクズだよなぁ、あいつ。ブレなさすぎてある意味凄い。
「落ち着いて下さい、サイラス。このゴーレムは間違いなく死期を悟った貴男の相棒が、貴男のための器として用意したものです。驚かせたかったので先にPDFで送らなかったのですが、貴男の心を乱すような驚かせ方をしたかったわけではありません。今そちらに送りますので、目を通して下さい」
守護精霊は相棒の死期が近付くと同じように力を失い弱っていく。クロロスの書いた絶筆となった日記にも、自身が弱り始めてからサイラスがよく眠るようになったとあった。後世のゴーレム師達は彼が遺した日記を、病と孤独が見せる譫妄が作り出したイマジナリーフレンドだと思ったようだ。実に失礼な話である。
しかしいきなり泣いている奴を相手にPDFを読めって辺り、忠太も意外とテンパっているのだろうか……と、スマホの画面がくるりと反転してテーブルの上のマグカップを映す。サイラスがPDFを読むために画面とカメラが逆転したのだ。心配になって無駄と知りつつスマホを傾けたり裏返したりしていると、忠太がそっとそんな私の手を握る。ひんやりとしたその手が微かに震えていた。やっぱり忠太も冷静に見えてテンパっていたのかと安心してしまう。
それに確かに私達が気を揉んでもサイラスにとって何かが良くなるわけでもない。大人しく待つっていうのが得意な方ではないものの、こればっかりは急かしてもどうにもならないってのは分かる。サイラスの心が追いつくスピードでゆっくり読めば良い。
PDFの内容は先に読んだから知っている。クロロスが自身の死期を悟ったのは、皮肉にもサイラスがよく眠るようになったことからだった。最初の頃はただの風邪だと思っていたそれが、気付けば一週間、三週間、一ヶ月、三ヶ月と伸びていく。そんな身体の不調に連動するように、相棒が活動時間を減らしていく。それは彼にとって自身の寿命が少なくなることより恐ろしいと記されていた。
ただ彼にとって幸いだったのは、サイラスが眠ってくれることによって、自身の体調不良をギリギリまで隠しておけることだった。最後の贈り物を用意する時間は残っており、いずれその時がくれば製作に乗り出そうと貯めていた資金もちょうどある。図面はまだ引いていなかったが、すでに構想は充分練ってあった。
生涯の最高傑作を手掛けるには少し年齢に貫禄が足りない気がしたものの、その方が後世に惜しんでくれる人間がいるかもしれないと。そんな風におどけて書かれた日記の端には、毎日サイラスが眠っている時間のメモと、自身が飲んだ薬の数が走り書きされていた。
性別を決めなかったのは蛇の神秘性と、相棒の可能性を決めたくなかったという観点から。わざわざ鱗を彫ったのは相棒の持つ元の美しさを残したかったからで。目蓋がないのは蛇らしさを強調したいのもあったが、ずっと開かれた瞳が映す未来に憧れがあったからだと。日記はいつかサイラスが見つけて読んでくれることを期待していたのか、そんな特定の誰かに向けて書いた手紙のように砕けた文面で書かれていた。
全部皆で読んだ。忠太と金太郎と……輪太郎は、まぁ、内容が分かってないかもだが。それでもいつかを思って読んだ。最終的にクロロスが死んでも共にありたいと願って心臓を食べさせたことが、守護精霊の禁忌に引っかかってしまったけど。今となっては不幸中の幸いと言えなくもないと思う。
――で。
時々ズビズビと鼻をすする音や、ティッシュで鼻をかむ音、引き絞るみたいな嗚咽が流れてくるスマホ画面が動いたのは、一時間後。再び画面に映ったサイラスは読んでいる間に正気を取り戻したらしい。かなり泣いたせいか目蓋は厚ぼったくなって、鼻の頭も真っ赤だったけれど、さっきまでの鬱々とした気配が取れて、どこか憑き物が落ちたみたいな清々しい表情をしていた。
「……もう大丈夫そうですか?」
「〝はい。取り乱してしまって、す、みません、でした。それと……ありがとう。僕の、思い出話のせいで、あ、あの子の、足取りを調べるのに、きっと危ない橋を渡らせてしまった〟」
鼻声になっている上にしゃくりあげて息継ぎが上手く出来ないのか、やや聞いているのが不安になる声音ではあるが、正気に戻っているのは間違いなさそうだ。ホッとして忠太達と顔を見合わせると、画面越しに深々と頭を下げられてしまった。とはいえ自分の頭を下げられても反応に困るが。
「いいえ、金太郎と二人での作業でしたので、それほど大したことはありませんでしたよ。それにわたしは貴男の思い出話で動いたわけではありませんから。お礼はマリに言って下さい」
「は? いや、そこは忠太と金太郎のおかげで良いだろ。私はただ無責任な我儘を言ってお前達を夜の学園に送り込んだだけなんだし。あー……でも、何かここで良い感じにまとめたいんだけどさ、結局この身体にサイラスを入れるのってどうやったら良いんだろうな?」
このままだとお礼と謝罪と手柄の押し付け合いという無謀な合戦が始まってしまう。そう危惧してぶん投げた質問に確たる答えを求めていたわけではなかった。
――が、しかし。
全てをぶち壊すようなこのタイミングで、スマホがあのふざけたファンファーレを高らかに奏でた。
20
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
その幼女、最強にして最恐なり~転生したら幼女な俺は異世界で生きてく~
たま(恥晒)
ファンタジー
※作者都合により打ち切りとさせて頂きました。新作12/1より!!
猫刄 紅羽
年齢:18
性別:男
身長:146cm
容姿:幼女
声変わり:まだ
利き手:左
死因:神のミス
神のミス(うっかり)で死んだ紅羽は、チートを携えてファンタジー世界に転生する事に。
しかしながら、またもや今度は違う神のミス(ミス?)で転生後は正真正銘の幼女(超絶可愛い ※見た目はほぼ変わってない)になる。
更に転生した世界は1度国々が発展し過ぎて滅んだ世界で!?
そんな世界で紅羽はどう過ごして行くのか...
的な感じです。
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
没落貴族の兄は、妹の幸せのため、前世の因果で手に入れたチートな万能薬で貴族社会を成り上がる
もぐすけ
ファンタジー
俺は薬師如来像が頭に落ちて死ぬという間抜けな死に方をしてしまい、世話になった姉に恩返しすることもできず、異世界へと転生させられた。
だが、異世界に転生させられるとき、薬師如来に殺されたと主張したことが認められ、今世では病や美容に効く万能薬を処方できるチートスキルが使える。
俺は妹として転生して来た前世の姉にこれまでの恩を返すため、貴族社会で成り上がり、妹を幸せにしたい。
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる