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◆第九章◆

*18* 一人と一匹、いい感じにまとめたい。

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 頭を抱えて慟哭する姿を画面越しに見つめるのは辛いものだ。自分の姿だというのもバツが悪い。何より泣き叫ぶサイラスを前にして、抱きしめてもやれないことが歯痒くて悔しかった。それを見越した部分までが駄神の愉悦含みの嫌がらせなんだろう。本当に度し難いクズだよなぁ、あいつ。ブレなさすぎてある意味凄い。

「落ち着いて下さい、サイラス。このゴーレムは間違いなく死期を悟った貴男の相棒が、貴男のための器として用意したものです。驚かせたかったので先にPDFで送らなかったのですが、貴男の心を乱すような驚かせ方をしたかったわけではありません。今そちらに送りますので、目を通して下さい」

 守護精霊は相棒の死期が近付くと同じように力を失い弱っていく。クロロスの書いた絶筆となった日記にも、自身が弱り始めてからサイラスがよく眠るようになったとあった。後世のゴーレム師達は彼が遺した日記を、病と孤独が見せる譫妄せんもうが作り出したイマジナリーフレンドだと思ったようだ。実に失礼な話である。

 しかしいきなり泣いている奴を相手にPDFを読めって辺り、忠太も意外とテンパっているのだろうか……と、スマホの画面がくるりと反転してテーブルの上のマグカップを映す。サイラスがPDFを読むために画面とカメラが逆転したのだ。心配になって無駄と知りつつスマホを傾けたり裏返したりしていると、忠太がそっとそんな私の手を握る。ひんやりとしたその手が微かに震えていた。やっぱり忠太も冷静に見えてテンパっていたのかと安心してしまう。

 それに確かに私達が気を揉んでもサイラスにとって何かが良くなるわけでもない。大人しく待つっていうのが得意な方ではないものの、こればっかりは急かしてもどうにもならないってのは分かる。サイラスの心が追いつくスピードでゆっくり読めば良い。

 PDFの内容は先に読んだから知っている。クロロスが自身の死期を悟ったのは、皮肉にもサイラスがよく眠るようになったことからだった。最初の頃はただの風邪だと思っていたそれが、気付けば一週間、三週間、一ヶ月、三ヶ月と伸びていく。そんな身体の不調に連動するように、相棒が活動時間を減らしていく。それは彼にとって自身の寿命が少なくなることより恐ろしいと記されていた。

 ただ彼にとって幸いだったのは、サイラスが眠ってくれることによって、自身の体調不良をギリギリまで隠しておけることだった。最後の贈り物を用意する時間は残っており、いずれその時がくれば製作に乗り出そうと貯めていた資金もちょうどある。図面はまだ引いていなかったが、すでに構想は充分練ってあった。

 生涯の最高傑作を手掛けるには少し年齢に貫禄が足りない気がしたものの、その方が後世に惜しんでくれる人間がいるかもしれないと。そんな風におどけて書かれた日記の端には、毎日サイラスが眠っている時間のメモと、自身が飲んだ薬の数が走り書きされていた。

 性別を決めなかったのは蛇の神秘性と、相棒の可能性を決めたくなかったという観点から。わざわざ鱗を彫ったのは相棒の持つ元の美しさを残したかったからで。目蓋がないのは蛇らしさを強調したいのもあったが、ずっと開かれた瞳が映す未来に憧れがあったからだと。日記はいつかサイラスが見つけて読んでくれることを期待していたのか、そんな特定の誰かに向けて書いた手紙のように砕けた文面で書かれていた。

 全部皆で読んだ。忠太と金太郎と……輪太郎は、まぁ、内容が分かってないかもだが。それでもいつか・・・を思って読んだ。最終的にクロロスが死んでも共にありたいと願って心臓を食べさせたことが、守護精霊の禁忌に引っかかってしまったけど。今となっては不幸中の幸いと言えなくもないと思う。

 ――で。

 時々ズビズビと鼻をすする音や、ティッシュで鼻をかむ音、引き絞るみたいな嗚咽が流れてくるスマホ画面が動いたのは、一時間後。再び画面に映ったサイラスは読んでいる間に正気を取り戻したらしい。かなり泣いたせいか目蓋は厚ぼったくなって、鼻の頭も真っ赤だったけれど、さっきまでの鬱々とした気配が取れて、どこか憑き物が落ちたみたいな清々しい表情をしていた。

「……もう大丈夫そうですか?」

「〝はい。取り乱してしまって、す、みません、でした。それと……ありがとう。僕の、思い出話のせいで、あ、あの子の、足取りを調べるのに、きっと危ない橋を渡らせてしまった〟」

 鼻声になっている上にしゃくりあげて息継ぎが上手く出来ないのか、やや聞いているのが不安になる声音ではあるが、正気に戻っているのは間違いなさそうだ。ホッとして忠太達と顔を見合わせると、画面越しに深々と頭を下げられてしまった。とはいえ自分の頭を下げられても反応に困るが。

「いいえ、金太郎と二人での作業でしたので、それほど大したことはありませんでしたよ。それにわたしは貴男の思い出話で動いたわけではありませんから。お礼はマリに言って下さい」

「は? いや、そこは忠太と金太郎のおかげで良いだろ。私はただ無責任な我儘を言ってお前達を夜の学園に送り込んだだけなんだし。あー……でも、何かここで良い感じにまとめたいんだけどさ、結局この身体にサイラスを入れるのってどうやったら良いんだろうな?」

 このままだとお礼と謝罪と手柄の押し付け合いという無謀な合戦が始まってしまう。そう危惧してぶん投げた質問に確たる答えを求めていたわけではなかった。

 ――が、しかし。

 全てをぶち壊すようなこのタイミングで、スマホがあのふざけたファンファーレを高らかに奏でた。
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