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◆第九章◆

*17* 一人と一匹、世紀を越えた隠れんぼ。

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「忠太、進行方向はこっちであってるのか?」

「はい。昨夜スマホで撮影した画像の通りだとしたらもうすぐだと……」

 そう言いながらだいぶ長くなった横髪を耳にかける忠太と頭を寄せ合い、かなり暗いスマホの写真とにらめっこしながらダンジョン内を進む。少し前を歩く輪太郎は両手にLEDランタンを持って道を照らし、その頭上に乗った金太郎が魔力探知と前方からの敵襲に備える。

 早朝の四時に忠太と金太郎が帰ってきてから三時間ほど仮眠を取り、菓子パンとコーヒーの朝食を済ませてダンジョンに潜ってから、もう二時間くらい経っている。その間にサイラスとのテレビ電話は一度も繋いでいない。でもこの場合まだ・・繋ぐつもりがないのが正しいか。目的の物が見つかってからで良い。というよりも、それすら〝本当に存在すれば〟というのがつくくらい不確かなものだ。

 ――と、それまで輪太郎の頭上にいた金太郎が飛び降りて駆け出した。慌てて小さな背中のあとを追っていくと、かなりゴツゴツとした岩壁にぶち当たる。他に抜け道の類は見当たらないことから、この道はここが行き止まりっぽいな。

 天井が見えない吹き抜け状に聳える岩壁に、いつかのザリヒゲダウジングの時のように張り付く金太郎。どうやらここが私達にとっての目的地のようだ。

「ああ……ふむ、金太郎の魔力探知能力とこの本を信じるならここですね」

「よし。それなら各自この壁を触ってみて、気になる継ぎ目とかがあったら、出来るだけそーっとそこら辺を重点的に崩していくぞ」

 そんな計画とも呼べない案を出し、ついでにダンジョンに潜る前に注文しておいた軍手、ハンマー、タガネ、水中メガネの化石発掘セットを装備した。あとは出てきたものを綺麗にするための刷毛。最低限の道具ではあるものの、これが化石や遺跡の発掘調査で必要なものらしい。輪太郎が翳してくれるLEDランタンの明かりに目を凝らし、少しでも段差のある部分は軍手と刷毛で土を払って切れ目を探す。

 手持ちの道具を使って僅かな岩壁の継ぎ目やヒビ割れに目を凝らし、気になる箇所は軍手を外して素手で確認……するはずが、ダブル太郎のおかげであっさりか細く不自然な亀裂が見つかった。刷毛で亀裂をなぞれば、膝を抱えて座ったくらいの大きさのそこだけ四角く切り取られたことがありそうな人工物感だ。

「これならタガネを隙間に差し込んで、わたしとマリで両側からハンマーで叩けば取れそうですね」

「だな。じゃあちょっとやってみるか。輪太郎は離れとけよ。金太郎は倒れてくる壁を押さえてくれ。それじゃあいくぞ――、」

「「せーのっ!!」」

 タガネの頭に振り下ろしたハンマーの金属音がダンジョン内に反響し、思いのほか綺麗にボコッと取れた壁が勢いよく金太郎に襲いかかったが、風圧で土煙が立っただけで想像していたような轟音も、押し潰されてお煎餅状態になるクマのマスコットもいなかった。

 そうして全員でポッカリと壁に空いた空洞の中を覗き込み、そこにあったものを見て小さく控えめなハイタッチを交わし、スマホの画面をテレビ電話に切り変えた――が、真っ暗だ。伏せているか何かの下敷きになっているっぽいので「おーい」と呼びかけてみる。するとやや間があってパッと画面が明るくなった。

「〝おはようございます、皆さん。今日は随分ゆっくりめですね。何をお求めでしょうか?〟」

 スマホカメラに映り込んだした途端、すっかりRPGに出てくる商人みたいになってきたサイラスに反射的に挨拶を返す。この感覚はあれに似てる。幼児用の教育番組の体操のお兄さんや、歌のお姉さんに声を返しちゃうやつ。うちはテレビがなかったけど、どこか近所の窓から聞こえてきた記憶がある。

「ああ、おはようサイラス。誘いに来るのが遅くなってごめんな。あと今日は私達が求めた物を探すんじゃなくて、私達が見つけたものをお前にも見てほしいと思ってさ」

「〝えぇと……お話が見えませんが、何か気になるものを見つけたということですね? もうだいぶと知識が古いのでお役に立てるか分かりませんが、拝見しましょう〟」

 スマホの向こう側で、微妙に私の浮かべなさそうな表情を浮かべるサイラス。微妙にオリジナルより賢そうに見えるのは何でなんだろうか。納得いかない気持ちになるものの、まぁ今そこは関係ないな。別に賢そうな顔するコツを教えてもらうタイミングは作るけど。

 スマホを横にして忠太と二人で収まっていた画面からフェードアウトして、画面を縦に。輪太郎に照明を頼んでさっき発掘したそれの全体が入る形で撮影した。

「これでちゃんと映ってるか~?」

「後世に並ぶものなしと謳われながら、学問の不人気さ故に充分な脚光を受けることなく、若くして病没した不遇のゴーレム師〝ゼノン・クロロス〟の最高傑作。作品名は〝賢き友・サイラス〟だそうです」

「お前の相棒がお前に与えようとしていた身体だよ」

「〝…………あの子、が〟」

「ほら、この首の後ろ部分に、貴男の名前と相棒のサインが刻んであります。見えますか?」

 それは金太郎や輪太郎やファーム・ゴーレムといったどのゴーレムとも違っていた。近いものを挙げるなら、ビスクドールの質感か。目蓋を開いたままではあるものの、眼窩にはまっているのは青い宝石だ。種類までは分からない。白いキメの細かい砂を使っているらしい滑らかな肌を持っている。髪型は横髪部分が長く、後ろは短い。服装は古代ヨーロッパ系の湯上がりバスローブ型だ。

 ただ一つだけ確かなのは、その美しさか。よくよく見れば手首や足首に微かに彫られた鱗が見えても、おぞましいとは思えない。どちらかといえば神々しかった。

「蛇は私の前世だと知恵の神様だ。彼にとってもそうだった。どんな最後を遂げたとしても、お前の相棒にとってはサイラス。お前は間違いなく神様だった」

 あんまり耳にしないタイプの名前だったから調べたら、相棒はギリシア圏の人だったらしい。サイラスは英語読みだけど、相棒の国の呼び方だとキュロスというのだとか。アルファベット表記読めんわ。何でそんな呼び方になるんだって感じ。

「〝僕が……あの子にとっての、神なはずが、ない。僕が知恵の神だというのなら……あの子は、志半ばで死んだりしなかった〟」

「相手は人間だ。病気はどうしようもない。この世界の医学じゃ無理だ。こっちに医者の知り合いがいるから断言出来る。でも思い出せ。お前が今際の際の相棒の心臓を食べたのは、そう頼まれたからだろう?」

「〝憶えてない、知らない、分からない、だって、だって――……僕は、〟」

 茫然自失といった様子の自分の顔を見るのは初めてだけど、あんまり気分はよくないな。こんな顔することってかなり危機的状況だもんな。かなりギリギリ生活の時にきた督促状レベルだわ。

「なぁサイラス。この時間が永遠なら良いのにって感じるのは、人間だけの特権じゃない。どんなものでも感じる。感じて良いものなんだ。たぶんな」

「〝あり得ません! だって精霊は! 本来漂っているだけのものなんです!!〟」

「知ってるよ。忠太だってそうだし、金太郎も輪太郎もそうだ。でも人間だって死ねばそうなる。身体なんて重たい物は捨てて、魂だけで飛んでいくもんだ。私だってこっちに拉致られてきた時は、たぶん身体なんてなかったし。案外精霊と似てるんじゃないか?」

「〝違う、違う違う、違う違う違う違うっ――!!!〟」

 悲鳴のように叫んで、耳を塞いで。けれど私ならしない表情で嘆くサイラスは、どこまでも人間らしくて。いつか私を失う忠太に見えた。
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