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◆第九章◆

*4* 一人と一匹、ついにあれに乗る。

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 鷹か鷲か、年季の入ったレリーフに縁取られた囲いの中で、勢い良く炎が燃え盛る暖炉前。毛足の長いふかふか絨毯の上に直座りし、冷え切った手足や鼻や耳を暖めながら、スパイスと蜂蜜がたっぷりと入ったホットミルクをチビチビ飲む。

 寒空の中を空飛ぶ馬車(?)に乗ってきたせいで、健康被害は後日出るかもなぁ。最早震えの発信源が尾てい骨付近なのか、冷え切った内臓からなのかも分からないが、ひとまず生きていることに感謝だ。ホッ○イロを抱かせて懐にしまい込んだ忠太からも微かな震えが伝わってくる。

「この度はベルとサイラスの独断で迷惑をかけてしまった。あの寒空の中をあれに乗ってくるのは大変だっただろう。本当にすまない」

 背後からかけられた声に振り向けば、この屋敷の主人であるウィンザー様がブランケットを手に立っていた。貴族は簡単に頭を下げない。とはいえいつも通り顔色の優れないその顔面に苦渋を滲ませて、労いと謝罪を口にしてくれるウィンザー様は良い領主だと思う。

 だからまぁ、ベルとあの変わり者っぽい馭者がうちを襲撃してきたんだろうけど。人望が厚いのは良いことだよな……うん。あの後ベルが突っ込んで半壊した玄関ドアも、エドとブレントと金太郎が直してくれたし実質被害はないが、簡易的な修理でしかないので金太郎は留守番である。

 ちなみに戦犯のベルはびしょ濡れになっていたから忠太に水抜を頼んだところ、ドア破壊に地味に切れていた忠太に拒否されたために別室でタオルドライ中。

「別に、良いですよ。それより、あの乗り物に乗る前に、ちょっと聞いたんですけど。レベッカの家族が、彼女の身柄を返せって、言ってきたんでしたっけ?」

「ああ。正確には彼女と生まれてくる子供に会いたいと。当然断ったがね」

 唐突にベル達に攫われた理由はそういうことだ。秘密裏にというよりは突発的な行動だったらしく、私達の来訪は屋敷の人間もまだほとんど知らない。何せバルコニーから直接執務室に到着したものだから、このミルクを淹れてくれたのもメイドさんではなくて執事さんなくらいだ。

 震えて歯の根が合わないこちらを気の毒そうに見下ろしながら、ブランケットを差出してくれつつ苦笑するウィンザー様。けれどその瞳の奥にはレベッカの家族に対しての苛立ちが宿っている。

 懐から頭とスマホを出した忠太も【つ らのか わ どうな って るんだか】と、震える手で打ち込む。久々の不憫可愛い。

 寒さで白っぽくなっている小さい手を、ホットミルクの入ったマグで温めた指先で挟んで温めてやると、紅い双眸が気持ち良さそうに細められた。もう少し冷めたらティースプーンでミルクも飲ませてやろう。

「ま、私も正直ぶちのめしたいし、そうするのも、やぶさかじゃないですけど、レベッカは、どうしたがってますか?」

「いいや……彼女にはまだ伝えていない」

【お やまぁ なぜで す】

「出産予定日は来月だ。その前に余計な負担をかけたくない」

「妥当な判断だと、思います。そもそもどうして、急に、レベッカ達に会いたいと言ってきたのか、分かりますか?」

「恐らく誰かが君の存在に気付いた。わたしの領地が急成長した理由を調べるうちに、王家かそれに近しい者が興味を持ったのだろう。レベッカと子供のことは渡りをつけるための口実だと考えている」

 ウィンザー様はそう言い、私の隣に腰を下ろす。猫背気味でも並べば身長が大きい人なのだと分かるけど、まさか直接隣に直座りすると思ってなかったからちょっと驚いた。暖炉の火の明かりがそんな彼の青白い頬に陰影を刻む。

 ブランケットとミルクと暖炉の熱でやっと戻ってきた体温のおかげで、やっと歯の根も鳴らなくなった。それに伴い思考もすっきりしてきた。要するに今の私達が置かれた立場は、オニキスの主人だった聖女と同じ道を辿っている。

 ここのところ物を作ったり売ったりするのが楽しすぎてしくじった。ただ不思議と後悔はあんまりない。出る杭扱いなんて前世でされたこともなかったから、望むところだ。

 仮に裏で暇を持て余した駄神が糸を引いている可能性もあるが、結局のところ前世の世界情勢やニュースを見ていた限り、権力者はどこのどんな時代でも似通っているんだろう。遅かれ早かれこうなったに違いない。

「えーと、それで私達を呼んだってことは、何か手伝わせたいことがあるって認識で良いんですか?」

「いいや。君達にはしばらく姿を隠してもらおうかと思っている。元が流れの職人であれば、フラッと旅に出る・・・・・・・・のはおかしなことではないだろう?」

【そんなことをして あなたの たちばは あやうく ならない ですか】

「それこそ君達が気にすることではない。わたしの領民は領主であるわたしが守る。相手が王族であろうがそれは変わらない。何よりわたし自身、彼女を追い詰めた王都に君達を取られるのは面白くなくてな」

「へぇ。失礼ですけど、ウィンザー様はもっと事なかれ主義だと思ってました」

「君達やレベッカに出逢うまではそうだったな。しかし今は違う。こう見えてわたしも魔法はそれなりに使える方だ。もしもの時にはやり合う覚悟もある。それよりも、潜伏中の滞在先はこちらで用意した方が良いだろうか?」

 常なら穏やかでともすれば気弱な骸骨紳士は珍しく砕けた口調でそう言った。おお……これは……レベッカがここにいたら惚れ直していそうな大人の余裕に、少しだけ歳上への憧れが芽生えそうになってしまう。

「いえいえ、元流れの職人なんで隠れるところはいっぱいあるんですよ。それよりも話がそれだけなら、レベッカの様子を見に行っても良いですか?」

「勿論。雪が降り始めてから会えなくなって寂しがっている。彼女ももうすぐ昼寝から覚める頃だ。わたしはこの後仕事に戻るが、君達はゆっくりしていってくれ」

 そう柔らかい微笑みを浮かべた来月父親になる領主からの言葉に頷き、カップに残っていたミルクを忠太と分けつつ飲み干して。出発前にエドとブレントが持たせてくれたブツで作れそうなアイテムを思い浮かべつつ、執事さんに今の時間帯人の少ない通路を案内され、何食わぬ顔で表玄関からやって来た人物を演じるのだった。
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