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◆第九章◆

*3* 一人、色々と怒られる。

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「マリ! 嫁入り前の娘がよく知らん男と二人きりになるなんぞ許してねぇぞ! 何もされてないだろうな!?」

 ドアを開けた瞬間飛び込んできたエドにガッチリ肩を掴まれて目を丸くしていたら、その背後から「クラークの息子と密会したってのは本当かい、お嬢?」とブレントが登場。昨日の今朝で何ですでに知ってるんだ? そもそも今日は町にいない予定のはずでは……?

「あとなんだその目の下のクマは。チュータに聞いたぞ。昨夜はこの冬場に風呂で寝落ちたっていうじゃねぇか。ろくに寝てないだろ? いくらレティーへの祝いの品のためだっつっても、無茶はしちゃならん!!」

 寝起きでガクガク揺さぶられる方が寝不足の頭に響くんだがとは言い難い。ただ感情的に怒鳴られるだけなら反発もするんだけど、本気で心配して怒られている時って意外と出来ないものらしい。とはいえ――。

「いやいやいや……エド、あんたはレティーの父親だけやっててどうぞ。というか、店の準備はどうしたんだよ。しかも二人して乗り込むにしてもまだ朝の七時だぞ。常識的に考えて早すぎるんじゃないか?」

「店はレティーに任せてある。それよりもだなマリ、お前はもう少し男に対しての危機感というものをだなぁ――、」

「まぁまぁエド、その辺にしておけ。それとお嬢。苦情はお嬢のところの有能な従魔君に言って下さい。わたしは彼が昨日出した超速達郵便に呼び戻されたんですから。しかも着払いで。ちゃっかりしている。おかげで商談先の町を出立したのは朝の三時ですよ。息子より近場に出てたのが災いしましたかね」

 そう苦笑しながら耳を疑う内容を語ったブレントのコートのポケットから顔を出すのは、見た目は可愛く中身は結構えげつないハツカネズミと、そのふわふわボディに反してゴリゴリ武闘派のゴーレム。一匹と一体が並んで顔を出す姿は文句なしに可愛いが――。

「おま、卑怯だぞ……忠太……」

【わたしが まりを しかるより こうかてき あ ごあんしん ください えどは はたけのていれ してから よびにいった】

「そーいうことじゃないんだよなぁー? 分かってて言ってるだろお前ぇ」

【いいぇ めっそうも ないですぅ】

 コートのポケットからスマホで煽ってくる相棒に屈んで顔を近付ければ、上からトンと肩を叩かれた。眉間に皺を寄せたまま見上げた先には、ポケットの持ち主であるブレント。慌てて戻って来たというわりには髭の剃り残しの一本もない。玄人受けしそうなエドと違って、どの角度から見ても絵になる中年である。

「まぁ実際お嬢が誰と商売するかはわたしが口を挟むことでもないので構わんのですが、あのクラークの御曹司が懐くってのは意外ですね。あれはどちらかというと、女を掌で転がすやつで通っているのですが――……ふぅん、成程?」 

 そう言いながらジッと人の顔を見つめてきたブレントは、何やら勝手に納得して意味深な笑みを浮かべた。こちとら起き抜けで顔も洗ってないし髪も梳かしていない。化粧はそもそもしないタイプなので構わないけど、世間一般の女性は激怒すると思う。あと何に繋がる成程発言なんだよそれは。 

 けれどブレントは急に視線を昨夜作業をしたままになっていたテーブルへと向け、人懐っこい笑みを浮かべて「あれが新作ですか?」と話題を変えた。まだ怒り足りなさそうなエドも、新作という言葉に気を取られたのか視線をテーブルに向ける。しめた。お小言回避のこのチャンスを逃す手はない。

「そうそう。レティーに良い物を贈りたくて多めに試作しちゃったからさ、ハネた分で商品に転用出来そうなやつがないか商売人の二人に見て欲しいんだけど」

 寝起きとしては破格の笑顔(当社比)を浮かべてそう提案すると、二人は快く……というか、一本釣れて。その一瞬コートのポケットをちら見すると悔しそうな顔の忠太達と目が合ったものの、頼りにならない助っ人と私の姿が余程悔しかったのか、スマホに【ちっ(  ᷄ᾥ ᷅ )】と初めての顔文字を打ち込んでポケットへと潜ってしまった。記号打てたのか。

 うーん……これは昨日の風呂のことで謝りたかったのに、それどころじゃなくなってしまった感。ブレントから預かったコートを壁にかけながら、あとで誠心誠意謝るしかないなぁと思いつつ暖炉に火を入れ、ブレントとエドと一緒に鞄の形状や顧客層の話で盛り上がり、大まかな作業工程と商品化にかかる日数の話を詰めた。

 それから一時間後。

 エドは「レティーと朝飯を食う時間だ」と言い、ブレントは「わたしは仕事前に二度寝でもしますよ」と言って席を立ったその時。

 ――ドグァッ、シャアアアア……ンンンン!!!!

 うちのドアが轟音と共に歪んだ。もうもうと外から吹き込む雪と、ドアが吹き飛んだことで立った埃が暖炉の火を大きく揺らす。

「は?」
「え?」
「な?」

 突然のことに間抜けな声と面で立ち尽くす私達の前に、レベッカ特注の分厚いドアを歪ませた人物が現れ――ない。二人が庇うように立ち塞がってくれるも、少なくとも視界内には誰もいないんだが? 

 この騒ぎ流石に拗ねていた忠太と金太郎も壁にかかったコートのポケットから顔を出し、同じように戸惑う……かと思いきや。

 金太郎が何かを捕まえて高速でぶん回し始めた。最早茶色い球体にしか見えない金太郎の横で、落ち着き払った忠太がスマホに【ごうかいな だだっこですが はなし ききましょう】と打ち込んだのと同時に、やっとその正体が明らかになる。その正体とは――。

「……ベルか?」

 困惑と躊躇いと共にその名前を口にした私の足下で、カタバミの花の首飾りを揺らしながら金太郎に抱えられた、オレンジ色のクマがパチリと火花を散らす。
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