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◆第八章◆

*14* 一人と一匹と一体、余白に挑む④

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 ドアの前で二人と一体で息を潜めて耳をそばだてていると、覗き穴の向こうで同じように耳をそばだてていたが口を開く。

「〝怪しい者ではないのでここを開けてくれませんか? 少しこの仮想世界の利用説明がありますので〟」

 仮想世界。その言葉の不穏さと、無駄に手が込んでいそうな面倒臭い内容に続く「〝ここは〇〇しないと出られない部屋方式なので〟」というとんでも発言に慄き、慌ててチェーンを外してドアを開けた。

 ――で。

 玄関入ってすぐに部屋なものだから、何となく部屋の真ん中に置いてある折りたたみテーブルを囲み、警戒心を露わにする忠太と金太郎を宥めつつ、中古の小型冷蔵庫から新品のコーラを出して人数分グラスに注ぎ、「取り敢えず、説明よろしく」と促した。

 ちなみに金太郎は驚異でないと分かると早々に飽きたようで、捨てるのも勿体なくて集めていたキャップフィギアに夢中になっている。帰りに一個持って帰れるか交渉してみるか。

「守護精霊と守護対象のお二人と……何かの名残りですね。さっきのドア越しの音から察するに、上の方から・・・・・そちらの端末に通知が入っていると思うのですが」

 腰をおろした折りたたみテーブルの向こう側からそう言われ、気乗りしないままスマホの新着メールを開くと、そこにはあのいつもの鬱陶しいまでの学歴高めおじさん構文が並んでいる。

 思わず忠太と揃って「「ああー……」」という声が出る。全文読むのが面倒なので掻い摘んで読むと〝なかなか頑張ってるみたいで感心感心。たまには慣れてた生活環境に戻ってみたいんじゃない?〟ということらしい。これは一応駄神なりの気遣いボーナスということだ。

 いやいや、どこが? 当時は次のバイトまでの合間時間のたびに、たまには洗濯物たたんで片付けたり、忘れてた資源ゴミ出さないとなとは思ってたけど、今はもうその必要もない。

 むしろさっさと向こうに帰りたいが、ドア越しの説明にあった〝〇〇しないと出られない部屋〟方式だとしたら、駄神の思いつきらしくこちらが面白いことをするよう期待しているのだろう。今すぐ張り飛ばしたい。

「ご確認頂けたようですね。分かりやすく貴女の世界での言葉になぞらえるとVRゲームに近いです。***のことはこの区間が担当のNPCだとでも思って下さい」

「え? ごめん、今の聞き取れなかった」

「一人称の部分だと思われます。何分***を含め、ここにいる者達は特殊な経緯で配属されるために、存在があやふやなもので。今の姿は上の方の指定です」

 要するに私の姿を模したこの精霊(?)には、名前も性別もないということらしい。何かやや複雑な気分だ。それも加味して駄神はこの精霊に私の姿を模させたのだろう。悪趣味な奴。

「分からないことだらけですが、一応ここが本来のどの世界線の軸からも逸脱した空間だということは理解しました」

 眉間に皺を刻んだ忠太がそう言えば、私の姿を模した相手は「では説明を続けます」と機械的に淡々と言う。自分の顔なのに本当にNPCみたいだ。カラーリングが前世のプリン頭だからより格闘ゲームの2Pカラーぽさが増す。

「ここは担当である上級精霊に気に入られた、極めて一部の方達だけが招かれる空間です。***が担当になってからは貴女方が初めての来訪者です。そしてこの空間に滞在出来る時間は最長四十八時間。滞在中は外の世界で時間が経過することはありません」

「――ったく、ボーナス得点ならもっと良いとこに飛ばしてくれよな。何だってこんな大して思い入れもない見飽きたとこに飛ばされるんだか」

「創造する場所を選ぶのも上級精霊達の娯楽の一貫ですので。貴女の担当である上級精霊の最近の興味はVTuberなので、もしかするとそういったものも関係しているかもしれません」

 あの駄神通りで……時々どこで知ったか分からん現代知識を仕入れてくると思った。さてはVTuberへの赤スパチャもやってるな。本当に油断も隙もない堕落ぶり野郎だ。上級精霊って皆あんなだったら精霊界も人事ヤバそう――……と。

「マリはこの空間がどこを模しているのか分かるのですか?」

「ここはあれだ、その、前世の私の家だよ。あ、でもいつもこんなに散らかってたわけじゃないからな?」

 咄嗟に何となく言い訳をしてしまったけど実際はいつもこんなだった。というか、マシな方。しかし変に見栄を張ってしまった手前もう後戻りは出来ない。この嘘は墓の下まで持っていこう。

 しかし忠太はこっちの内心に気付かず「成程通りで。居心地が良い原因が分かりました」と笑った。変な罪悪感を感じるから止めてほしい。

「貴女にはこちらを渡すように指示が出ています。どうぞお受け取り下さい」

「いやどうぞ――ってこれ、元々私の通帳だぞ? 何で駄神に施してもらうみたいな形なんだ」

 非常に不本意な状況に不満を言いつつ私の手・・・から受け取り、見慣れた緑と白のツートンカラーの通帳を開いたのだが、ここでもまた下らない悪ふざけにイラッとさせられた。

「子供銀行みたいなごっこ遊びをするつもりはないんだけど。億まで桁があるぞ」

「入金額は向こう側で獲得した金額を反映しております」

「ということは結局はマリが稼いだお金ということですね」

 間髪入れずに冷静な突っ込みをする忠太の発言に、物凄くモヤるものがあるが毎度のことなので「まぁ、こっちの口座が生きてるだけでも……うん」と答える。VRみたいなものだと言われても、この前世と同じ世界観で出来ることがあるのは喜ばしい。忠太に色々食べさせたいし。

「それとは別に生前の現実世界から郵便物も転送されています。乙女の秘密社から一通こちらを。中身は開けていないので分かりません」

 差し出されたぶ厚い郵便物用の封筒には、確かに【乙女の秘密社】と書かれている。これって本当にこの社名であってるんだ……他社の人間との名刺交換の時とか地獄だろうな。可哀想に。

「こんなアンニュイな名前に心当たりないぞ?」

「待って下さいマリ。恐らくですが、フリマサイトで声をかけてきた出版社です。見本が刷り上がった分の献本でしょう」

 物覚えの良いハツカネズミにまたも助けられ、自分の脳内の許容量の少なさに落胆する。たまにはちゃんと憶えとかないと格好がつかん。

「そういえばそんなのあったな。通帳にも……ああ、これか。やっぱ合同紙に載せる二点くらいじゃ金額そこまでもらえないんだな」

「一冊丸々だと多少変わるんでしょうね。担当者から直筆のメッセージカードがついていますね。ええと〝評判が良ければ第二弾の刊行も予定しておりますので、次回も是非ご一緒出来ればと思います〟だそうですよ」

「まぁよくあるお世辞のテンプレートだな」

「でもプロの手を借りただけあって、写真映りは良いです。この本が発売されたらフリマサイトの方でも新規の客層が期待出来るかも」

 賢い相棒の言葉に希望を抱いて頷いたその時、視界の端で無表情だったが一瞬だけ表情を揺らしたように見えたのだけれど。

「最後になりますが、この世界での時間の過ごし方により満了時に与えられるギフトが変わります。有意義にお過ごし下さい。ただしこの部屋から外出する際は、お連れの守護精霊は原則元の姿になって頂きます」

 淡々と重要事項をぶっ込んできたことで全部気のせいだったことにして、思いきり眉間にチョップを叩き込んだ。
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