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◆第六章◆
*20* 一人と一匹と一体、また、いつか。
しおりを挟む蓋を開けてみれば屋敷の住人が方向音痴が故の便利な転移タイルを使って、再び舞い戻った応接室。強者感マシマシなのにやけにファンシーな登場をしたオニキスと、すっかりそのオニキスの舎弟と化したエリックを前に、新しく用意された薬草茶を飲みながら対談へと突入した。
「――で、呪いのかけ直しだっけ?」
「とは言っても正確には再契約のようなものだ。ただし内容的に、小僧には全面的にこちらに従ってもらうことになる」
「それはまた……一方的だけど死ぬよりマシ……なのか?」
「いやいやいやマリ何を言っているんだマシどころかこれはとても名誉なことだぞオニキス様のご提案には感謝しかない」
たった三時間でオタク特有のノンブレストークを手に入れてしまったエリック。黙っていればかなりな美少年なだけに脳がバグるぞ。忠太も同じ気分なのか、スマホに【これが ちょうきょうずみ こわ】と打ち込んで見せてくる。可愛い見た目で調教言うな。
金太郎はオニキスの変わりように少なからずショックを受けているらしく、いつもならテーブルの上でブレイクダンスを踊っていてもおかしくないのに、私の肩から一向に降りてこない。
「お、おぅ、そっか。エリックはまぁ……ちょっと落ち着け。ちなみにオニキスはこいつにどんな洗の――……呪いをかけたんだ?」
忠太が調教とか打ち込むから私まで本音が出てしまいそうになったものの、力業でキャンセルした。決して前世本屋のやけに煌びやかなコーナーに並んでた性癖のごった煮みたいだとか思ってない。美少年と人外とか思ってないったらない。
読むものなくて暇だった際にお試し読みがあったから手に取って、大火傷した過去が脳裏にちらつく。たまたま読んだやつがそうだっただけかもだが、ああいうのに死ネタが多いの何でなんだ。売り場で涙腺やられかけただろ――と。
気付かないうちに百面相でも披露していたのか、心配そうにこちらを見ていたオニキスの視線に慌てて首を振り、話の先を促した。
「この小僧は医術に関しての熱意が彼女と近しい。しかし人間とは変質するもの。今は見所があるこの小僧も短い生を過ごすうち、いつか一族の者共のように己のために医術を秘匿するようになるかもしれぬ。それでは業腹だ。そうなった時のために心臓に呪いを施した」
結局死ネタしかないのかこのジャンル。思わず膝上の忠太を見下ろせば、スマホの画面に【ようしきび】と打ち込まれていた。どうなんだそれ。けれどこちらがどう突っ込もうか言い淀んでいたところへ、正面で小休止中だったエリックが勢い良く顔を上げて――。
「要するにだな、マリ! もし愚かにもわたしの心根が腐ったら、その時は即座にオニキス様の呪いが心臓を貫くようにして下さったのだ!!」
キラッキラした表情でえげつないことを言うエリックの狂信者ぶりに若干引く。呪いをかけたオニキスもほんの少し微妙な顔をしてるのがまた何とも。口では小僧と言いつつも、圧倒的な好意を持って迫ってくるエリックに対して、非情になりきれないのかもしれない。今後心の距離が縮まっていくように祈る。
【しぬじき いつになるか ろしあんるーれっと ほうしき ですね】
「ああ! わけの分からない押し付けられた死に怯えるよりも、医術に関わる自分が権力や地位に溺れて腐った時に賜る死の方がずっと良い」
「はぁ……お前がそれで良いなら良いよ。そんな風に思えるエリックは偉いな。きっとお前なら過労か天寿で死ねるぞ」
「そうだろう、そうだろう。わたしはこれからこの国で手垢にまみれた医療に革新を起こすぞ。そして国と一族が歪めた聖女様とオニキス様の誤った歴史を、本来の正しきものに編纂をするつもりだ!」
まだ大人になりきらない拳をグッと握りしめて熱く語ってはいるが、内容は一次創作に燃える歴オタに他ならない。先行き大丈夫なんだろうか。心配になって視線をオニキスの方に向ければ、すっかり面差しの変わった牡鹿は「私が必ず導こう。今度こそ、な」と。寂しそうに、けれど懐かしそうに口にした。そして――。
「彼女と共にあった過日の思い出は、どうか、マリ。新芽の如く芽吹いたばかりの貴方と……忠太に金太郎。貴殿達が持っていてくれ」
そう言うやオニキスは、自らの首にかけていたあの魔石ブローチを蔓の先に引っかけ、恭しく私の前に差し出した。一瞬受け取ることを躊躇った私に代わり、忠太がブローチを受け取ろうとしたものの、白いハツカネズミの姿で賜るには荷としても装飾品としても重くて。
押し潰されそうになる忠太を助けようと慌てて肩から滑り降りてきた金太郎に、やたら声と頭の良くなってしまった泣き虫な牡鹿は、ニヒルに喉の奥で笑いながら「これまで世話になったな先輩方。私から上級精霊達の企てる遊戯について詳しく話すことは制約上出来ぬが、貴殿等とマリの旅にどうか良き終わりを」と意味深な言葉をもらった。
その後は注文していた商品の箱が続々と届いて。それの開封や使い方の書かれた説明書の翻訳だ何だと準備していたら、あっという間に夕方になったけれど。日が暮れてもいつものようにオニキスも一緒に森の小屋へと帰ることはなく。
夕飯を用意させるから泊まっていけと引き留めるエリックの言葉を丁重に断り、また何かあった時は立ち寄って欲しいというエリックから、エッダ達と市場で見せられた紋章の入ったバッジをもらい屋敷の門をくぐった。
こうして長かったようで短かった聖女と従者の物語を辿る一連の旅は、いつかの再会の余韻を残して幕を閉じたのだ。
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