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◆第六章◆
*4* 一人と一匹、前方に暗雲あり。
しおりを挟むマイペースな紅葉の背に揺られながら、スマホを片手にナビをして進むこと二時間。如何にマイペースとはいえども結構な巨体である紅葉は一貫歩が広いから、あの小屋はかなり森の奥地にあったようだ。
しかしようやく街道っぽい場所に出てきたものの、驚くほど人通りがない。それどころか最近馬車が通ったような轍の跡もない。そんなものだから街道なのに草丈が高くて、まだここが森の延長なのかと思ってしまう。一応スマホのナビだともう抜けてるんだけど……まぁ良いか。
のんびりと歩く木陰は涼しいしたまの休暇だと思えば悪くない。というか、むしろ転生してからも割と前世同様働きっぱなしな気がする。労働が骨身に染み付いてるのだとしたらちょっと嫌だ。
そんなことを考えていたその時ふと視線を感じて横を向くと、忠太の紅い瞳が間近にあった。何か言いたそうにこちらを見ている視線にスマホを差し出せば、小さな手で【みどりが きれいですね】と打ち込まれた。そう指摘されて陰を落とす木々を見上げれば、確かにホッと息をつきたくなるくらいにキラキラと目映い。
「ああ……本当だ。忠太、ちょっとスマホ借りるぞ」
一言断りを入れて譲ってもらったスマホで、木漏れ日を降らせる木々を見上げて一枚パシャリ。大した腕前でもないけどスマホ画面の中に切り取られた夏らしさが良い感じだ。
すると進行方向を見ていた紅葉がぐるりとこちらを振り返り、その脇腹から伸びてきた蔦に腰を固定された。何かを察した忠太と金太郎が、大慌てで私の懐と胸ポケットに飛び込んできた――直後。
「おわぁっ!?」
グンッと視線が低くなったと思ったら、いきなりの急加速。鹿の背中は自転車のサドルやカブの座席と違って尻が弾む。忠太の入ったポケットと、金太郎が潜り込んだ懐を押さえつつ、振り落とされないように知らず腿に力を入れていた。
突き上げられる、落とされる、また突き上げられる。行ったこともない遊園地の遊具に乗ってるみたいだ。
「アハハハハッ! ヤバい、気持ち良いなぁこれっ!!」
鹿の跳躍力に驚かされながら上げる声も弾む。人気のない街道を馬鹿笑いしながら爆走することしばらく。はしゃぎすぎて声が涸れたところで、ようやく少し先に通行人らしき集団を発見した……のだが。何か妙だ。ゴミ袋に集るカラスみたいに一方がもう一方を取り囲んでいる。
こちらがその違和感に気付いて手綱を引くより早く、紅葉が速度を落とした。それに合わせて胸ポケットから忠太が、懐から金太郎が顔を出す。うぉ……若干だけどくすぐったいなこれ。まぁそれはそれとしてだ――。
「あれって賊ってやつか?」
【おそらく そうですね】
「あー……ならこの街道に人がいないのってさ」
【たぶん ちあんのもんだい かと】
「やっぱそうだよな。で、現在進行形で誰か襲われてるっぽいと」
一旦近くの木々の陰に隠れてヒソヒソ話。こちらの質問に対して発言(?)しているのは忠太だけだが、金太郎と紅葉にも当然発言権はある。一体と一頭は私を見つめて頷く。決定権は譲ってくれるらしい。
【どうしますか わたしは まりが ぶじなら ほかはどうでも ただ まりが きになるなら たすけるの てつだう】
「クールだなぁ忠太は。そこが良いんだけど。それじゃ、まぁ、面倒事臭いけど進行方向だしやるかぁ」
恐るべき緩さで決定した賊退治に挑むのは、鹿、ネズミ、フェルトのクマ。それから唯一の人間である私。挑むのがファンタジーなのに対して、倒すのが鬼じゃなくて人間というところが現実的すぎだと思わなくもないけど。
せっかくまだ見つかっていないのに、向こうが接近に気付いてしまっては勿体ない。ただでさえこっちの戦力は人間を相手にするには高すぎる。それにここからだと襲われている被害者の数も、襲っている賊の数も分からない。
少し悩んだものの紅葉にはここから蔦を伸ばして援護してもらうことにし、先にパッと見だけは可愛い金太郎を先行させた。次に小さな神様入りピルケースを持った私と忠太が続く。
しかし治安が悪くなって使われなくなったとはいえ一応は街道。そんなに都合良く木々が点在してるわけがない。前方には結構切羽詰まっていそうな子羊達。それを襲う狼……の、背後を取った私達は狩人か。成程な。
無言でビビッと通じ合った瞬間、ピルケースの小さい神様の風魔法支援で金太郎が弾丸と化し、賊のうち二人を背後から一気に撃破。続け様に私が風魔法で一人を切りつけ、強襲にパニックを起こして逃げ出そうとした他の連中を、紅葉の蔦が地面に引き倒す。おぉ、金太郎のアッパーを受けて景気良く宙を飛ぶ奴もいるな。
【むぅ わたし かつやくきかい ありませんね】
「大丈夫だって。傷の手当てがあるから。よ、純白の天使」
肩で拗ねる忠太に声をかけつつ、振り返って紅葉を手招いている間に金太郎の捕物は終わっていて。腰を抜かしている被害者と、叩きのめした賊の仕分けをする羊毛フェルトのゴーレムの元へと合流すべく、のんびり歩を進めた。
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