ナイナイ尽くしの異世界転生◆翌日から始めるDIY生活◆

ナユタ

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◆第六章◆

*1* 一人と一匹、作業に没頭する。

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 工房で請けていた仕事で優先順位の高いものだけ作製し、何とかエドの店に卸す商品も数を揃えて。どこに行くのか、自分もついて行くと紅葉のようなことを言うレティーを宥め、新しい仕事はしばらく取れないとギルドに連絡を入れ――。

 そんな風に遠征する前に済ませておくことリストの項目を全部埋められたのは、レベッカが手紙を出してくれてから十日後のことだった。いらんことしいな金太郎と、見目がやや怖い紅葉は留守番だ。

 馬車で揺られ……たりはせずに一気に王都まで飛んで、そこからお屋敷を目指した。久々の王都は最後に見た時と変わらず賑わっていて、少しだけ寄り道して覗いた双子のお店はそこそこ繁盛しているっぽい。善き善き。

 その後はさっさとお屋敷の立派すぎる門まで直行。メイドさん達に疑惑の眼差しを向けられながら延々歩いて通されたのは、前回もティータイムを楽しんだ東屋。そこにはすでにバラの花にも匹敵する美しさの女主人が待っていた。

 近付いて暗記してきた口上を忘れないうちに述べようとしたら、察したらしい彼女に「以前も言ったと思うけれど、あまり堅苦しいのは好きではないの」と遮られる。言葉の割に高圧的に感じないのは、その双眸に宿る好奇心からか。

「分かりました。ですがこれだけはお聞かせ下さい。イレーヌ様は、厨房にいたりする小動物って平気ですか?」

「厨房にいる小動物?」

「単刀直入に言うとネズミです。勿論うちの従魔は清潔ですし可愛いですが、それは私の主観なので。苦手であれば懐に入れたまま同席させます」

「うふふ、バラの世話を長年しているから、こう見えても虫だって触れるの。だから貴方の小さな従魔も是非見たいわ。お呼びして下さる?」

 前も思ったけど変な人だな。でもサッパリした性格の人は嫌いじゃない。彼女の目の前に腰を下ろし、内ポケットの中からそうっと忠太を掌に誘う。ササッと毛繕いを済ませた忠太がご自慢の真っ白な毛並みを披露すれば、夫人は「白い子は珍しいわねぇ。綺麗だわ」と微笑んだ。よし、掴みは上々。

「こちらは今回のお力添えのお礼にお持ちした新作菓子です。きな粉とこしあんの団子で、こちらがこしあんの芥子まぶしと、白あん桜の塩漬け添え団子です。お茶もこちらで合う物を用意したので、お湯をもらっても構いませんか?」

「まぁまぁ、新しいアンコのお菓子ね。嬉しいわ」

 金太郎が百均の力を存分に駆使してラッピングした菓子を前に、パッと顔を輝かせる夫人。これも上々。奴には帰ったら何か褒美を取らせよう。

 きな粉棒を作りたかったのだが、パッと見が完全に砂場のトラップ……猫のう○こだったので、丸めて一口サイズの三色団子っぽい形にした。我ながら英断だったと思う。駄菓子の中ではピカイチに好きだし、材料さえあれば量産も出来るんだけど、人に贈ろうとはなかなかならないしな。

 緑茶は二百グラムで六百円のやつ。華奢なティーポットで淹れる自信はないから、急須はネットのホームセンターで七百円の物を購入した。季節外れな椿柄がバラの花に見えなくもない。

【にがいですが さとうはいれず そのままで あんこのあまさ ちょうどよく かんじられます】

「分かったわ、賢いネズミさん。貴方のオススメで頂くわね」

【は きょうしゅくです】

 スマホで意思の疎通をはかる一人と一匹。絵本の世界味がある。横目に見つつ、メイドさんが用意してきてくれたお湯を受け取りお茶を淹れた。一杯目は私が毒味係として飲む。懐かしい苦味と旨味が舌の上に広がった。

 本当はレベッカに同席してほしかったところだけど、残念ながら多忙過ぎて身体が空かないという理由で無理だった。それも主に私達のせいで。どうにもあの公衆浴場を作ってから、他の町からも誘致してほしいと突き上げが凄いらしく……良心の呵責が半端ない。

 骸骨紳士がさらに骸骨っぽさを増していないか心配で聞いたら、やや疲れた表情のレベッカに『そうならないようにわたしが手伝うの。だからマリは忠太と行ってね』と。至極ごもっともな答えを頂いてしまった。お貴族様も大変だ。

 一応基礎知識としてのアシュバフ国に伝わる〝オーレルの森の聖女〟の物語は、サリアから教わって履修済。といっても内容としては昔話によくある筋書きだった。アシュバフ国に疫病が蔓延した時代に突如として現れ、不思議な力をもって疫病を退けて多くの民を救い、再び去っていった――というものだ。

「ではこちらからも。曾お祖母様の遺品よ。レベッカ様への手紙にも書いたように、私から話せることは少ないと思うから。宝石やドレスといった品は、亡くなる前にほとんどお金に変えて寄付してしまったそうなの。せっかく訪ねて来てくれたのにごめんなさいね」

「そんな貴重な物を……ありがとうございます」

「良いのよ。どうせ私が持っていたところで、書いてある内容も読めないのだもの。それなら同郷の貴方の役に立つ方が曾お祖母様も喜ぶはずだわ。ただ何が書いてあったのかは、貴方が私に教えても良いと思う範囲で教えてくれるかしら?」

「はい、分かりました。それでは拝見させて頂きます」

 ――と、精一杯恭しく受け取って開いたまでは良かった。同国出身者なら時代が戦国とかでなければ、多少ずれても読めると嵩をくくっていたのだ。高級紙なんだろうけど、それでも経年劣化で黄ばんだそこに書かれていた文字は、たまにテレビで観た鑑定団に出てきそうなそれだった。

 学がないから習字の上手い下手は知らない。でもこれは鑑定団の先生が達筆と言っていた字の感じに似ている。ということは、読めないのはこちらのせいということだろう。所々が平仮名っぽいというのはまだ分かる。しかしそれだけだ。

「…………ほぅ」

【まり もしかしなくても よめませんね】

「や、待ってくれ。言い訳させてほしい。私の時代に習った字と違う。あ、でも意味が違うとかじゃなくて、形というか、種類が違うんだよ。こだわりが強い国民性で、時代ごとに流行りがあったんだ」

【なるほど では なんという しゅるいか わかりますか】

「たぶん、平仮名だと思う」

【ふむ しょうしょう おまちあれ】

 声のトーンを落としてボソボソと言い訳をする私に対しそう打ち込むや、忠太は一度メール機能を閉じて検索画面に飛ぶ。トトトッと軽快に入力されたのは〝もじ ほんやく あぷり〟だ。

 ――は? 賢すぎないか? 

 自分よりスマホの検索に詳しくなった相棒を前に動揺しつつ、こっそりと夫人の方を盗み見れば、夫人はお菓子を気に入ってくれたらしく、優雅にティーカップの緑茶と一緒に楽しんでくれている。

 視線を再び忠太に戻すと、画面にはダウンロード完了の文字。そしてさらに開いたままになっていた和綴じのノートをカメラで撮影して、ダウンロードしたアプリにかけるとあら不思議。見慣れた文字の形になっていた。魔法は異世界だけでなく前世の現代にあったのか……。

【これで よめますね ほかのぺーじも このちょうしで やっていきましょう まりは ぺーじ めくってください】

 ひくひくとヒゲを動かす忠太の頭を人差し指で撫で、言われた通りにめくっていく。読める、読めるぞ。爆速翻訳の結果、六冊中の四冊は日記。残りの二冊は小説のようだった。

 全部が平仮名というのもあるものの、如何せん文体が古すぎて読みにくい。歴史の授業とか国語の授業でこういうのがあったなぁという感じ。前世の魔法技術で平仮名だけの文面を漢字混じりに変換してもらえなかったら、あっという間に音を上げていただろう。

 日記の方を読み進めていたら、途中に《嗚呼、だけれど一つ心残りがあるといえば、中島歌子先生の私塾に入りたかった》と書かれていたのでスマホで検索。そこでどうやら彼女は明治時代の人だったのだと分かった。あとそれなりに大きな商家の娘さんで、当時としては珍しい文学少女だった。

 明治といえば文明開化だったっけ? 洋装文化の始まりの頃だったはずだから、お金持ちだったなら着たことがあっただろう。締め付けのきついドレスとかも、きっと私より楽に着こなせただろうなと思うとちょっと羨ましい。 

 話が少し逸れたものの、やっぱりどこの時代から対象者犠牲者?を連れてくるかは、駄神達の差配次第ということだ。

 ただ意外なことに彼女……櫻子さんの生涯獲得金額は、私とそう変わらなかったのか、転生特典は文鳥のチヨと文学に対しての熱意からくる言語チートのみ。そのせいで転生の最初の頃は《今にして思えば、当時はかなり文化の違いに難儀した》とあった。

 日記の書き始めはそれを裏付けるように、転生してから十年以上も経ってからだ。この時ですでに子供がいるとある。日記帳というより、回顧録としてつけ始めたのかもしれない。スマホの画面とにらめっこをしながら必死で読み進めていたら、不意に正面から「ねぇ、マリ?」と夫人に呼ばれて――。

 いつの間にか時計が夕方の六時を回っていたことに気付いた時には、もう私達の分の夕食まで用意出来たことを伝えにメイドさんが来てくれていた。
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