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◆第五章◆

*13* 一人と一匹と一体、虎穴を探る④

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 話がまとまったので二人と一体で鹿の背中に乗せてもらい移動したのだが、結構な速度を出しても安定感からか割と快適に走ること一時間弱。春の日も暮れて辺りは薄暗いものの、鹿が発光しているから目につく範囲の視界の確保は問題なし。その間も懐に入れたスマホは震えっぱなしだった。

 忠太が一度もハツカネズミ姿に戻らないでも良いという、精霊ポイントの源泉かけ長し状態で。愚か者共の悲鳴が美味い。そんな感じで走り続けてすっかり人工的なダンジョンから森へと景色が変わった頃、その家は現れた。

 大樹と呼んでも差し支えない樹の根元に寄り添う石造りの小屋は、絵本の世界に迷い込んだみたいで可愛らしい。だからこそと言うべきか、壊れた鎧戸や落ちた屋根の破損の酷さがより物悲しく映る。

 元は玄関ポーチだっただろう場所の手前で鹿が止まったので、先に降りた忠太の手を借りて地面に降りた。当然ながら人の気配はない。もしかしたら墓があるかもと小屋の周辺を一回りしたけど空振りだった。これで病死か天寿で死んだ相棒を鹿が葬った線はなしか。

「さて……どこかにここの住人の身元が分かるような物は残ってると良いけどな」

「人がいなくなってからかなり時間が経っているみたいですから、日記や手紙などの紙の類いは絶望的かもしれません」

「だよなぁ」

「けれど外観から見ただけで悲観するのは早計ですね。頑張って探しましょう」

 忠太の言葉に頷き、ある程度周辺を見て回ったので今度は小屋に入る。ドアの開閉は結論から言うと開きっぱなしだ。鹿が出入りしているからだろう。足許も鹿が歩いている部分だけ苔や草が生えていない。というか――。

「うぅわ……家の床が石で出来てても樹の根っこって平気でぶち破るんだな」

「これぞ自然の驚異ですね。もう暗いですし根のせいで足場が悪いですから、奥の部屋はわたしが見てきましょう」

 そう言うが早いか、忠太はヒョイヒョイと身軽に樹の根っこと、それに持ち上げられて瓦礫となった石床を避けて、緑のカーテンに遮られた奥の部屋へと消えた。私も金太郎を肩に乗せつつ、こちらの動きに合わせてフラフラする鹿と一緒に空が見える室内(?)を観察して回る。

 小さい台所、中で勝手に食器で芽吹いて盆栽になった植物が占拠する食器棚、割れた大きな水瓶。蔓植物に破られた窓、本棚らしきもの、肝心の本が見当たらない代わりに空の小瓶が幾つも見つかった。かつてここに存在したはずの生活がバラバラになった廃墟。こんな場所にずっと一人でいたのか。

「なぁ鹿。私はお前の探してる相棒じゃないからこんなことを言われても嬉しくないだろうけどさ、ずっとこの場所を大事に思ってくれて、待っててくれて、ありがとな。同じ転生してきた人間として礼を言わせてくれ」

 背伸びをして鼻の頭を撫でれば、苔の皮にくるまれた骨の鹿はそっと掌にすり寄ってきた。真っ白くてホワホワで、少し湿気ったピンク色の鼻を持つハツカネズミとは違う、ゴツゴツとして厳めしく冷たい手触りだ。

 中級精霊とか言ってたから、こいつの相棒は私よりずっと上等・・な人間だったんだろう。前世でどうやって死んでこっちの世界に来たのか分からないけど、ここまで思われるなんて幸せ者だと思う。

 何となくそのまま鼻先を撫で続けていると、緑のカーテンがガサリと揺れて。暗がりの中で光る赤い双眸の相棒が戻ってきた。

「お待たせしましたマリ。結論から言うとここに住んでいたのは薬師だったようです。奥の部屋に埋まっていた棚の近辺に薬草が生い茂っていました」

「棚の近くに薬草があっただけでそこまで分かるものか?」

「憶測の域を抜けませんが、そこまで遠い予想ではないかと。近くで砕けた乳鉢も見つけました。棚の中に使用目的で保管していた種子の瓶が割れたか何かで、それらが零れて発芽したのだと思います」

「忠太……お前、さっき怖い目にあったばっかなのに本当に偉いな」

「マリがこんなことで褒めてくれるのでしたら、正直いくらでも頑張れますね。それと金太郎も、先程はありがとうございました。帰ったらお礼に足の裏のフェルトを補充させて下さい」

 得意になっても良いのに謙虚な姿勢に感動して鹿を撫でていた手を止め、代わりに忠太の頭を撫でた。すると忠太も公平性を保つためか金太郎の頭を撫で、金太郎は私の頬を撫でる。まるでリサイクルマークのような循環ぶりだ。

 とはいえ癒しの循環を楽しんでいるだけでは話が進まない。鹿を振り返って「そういえばお前は一緒にここに帰って来たら何がしたかったんだ?」と尋ねたのだが、鹿は首を傾げて「ココ……イテ、ドコニ、モ、」と答えただけで、またゆらゆらと揺れ始める。

「さっさと帰ってこい。帰ってきたらもうどこにも行くなってか。でも悪いけどそれは難しい。こっちも帰りを待ってる人間がいるんだわ」

「ココ、イル、」

「まぁそう言うわな。分かった。じゃあ、こうしよう。私達はずっとここにはいられない代わりに、またここに来る。だからここがどこか教えてくれ。でないとここまで戻って来られない」

「………………イテ、ドコニモ、」

「駄目か。でもこのままの状態はやっぱ可哀想だしなぁ」

 うむ。会話が噛み合っているようで絶妙に噛み合ってない。鹿の要求はぶれない上に一方通行だ。さてどうしたものかと考える間もなく忠太が挙手した。当然即行でその頭を撫でる。このハツカネズミは本当によぉ……!

「それでしたら奥の部屋で分かるかどうか未知数だとは思ったのですが、周辺の小さい神様に聞いてみました」

「んんん、忠太、お前ってば有能すぎ。相変わらず仕事が早くて助かる」

「ふふ、マリのご期待に添えたようで嬉しいですね。それで肝心の結果ですが、質問内容の中で反応の多かった単語を繋ぎ合わせたところ、ここは【アシュバフ】という国の【オーレルの森】という場所らしいです」

「初めて聞く国名だな――っていうか、特別目指す場所も用事もないから、この世界の国名とかほとんど憶えてないけど。知らない間に国境越えちゃったんだな」

「いつも活動する範囲の情報だけで事足りますからね。まぁ歴史や国名はオプションで思い出そうとすればいつでも出来るので、今回は手っ取り早く検索エンジンにかけてみましょう」

 穏やかに微笑む白髪に赤い双眸を持つハツカネズミ青年は、サクサクと長い指で検索ワードをフリック入力していく。いつもは全身を使っての入力だから、人間の手だとさぞかし使いやすいんだろう。私としてはあの姿で打ち込むの見るのも好きなんだけど。

「そういえばさ、そもそもの問題として、何でこいつの相棒の持ち物があのダンジョンの隠し部屋にあったんだと思う?」

「ああ、そういうことですか。たぶんですが単純に〝面白くなると思ったから〟だと推測します」

「はぁ? 誰がそんな悪趣味なことをわざわざやるんだよ?」

「お忘れですかマリ。貴女がこの世界に転生させられた理由を。たぶんこの中級精霊だったものとその主を招いた高位精霊が、彼が主人を失った後にどうなるのか見たかったのだと思います。高位精霊とはそういうものなので」

 その言葉を聞いて久々に心の中で駄神に中指を立てながら、スマホで寝袋と食料を注文して廃墟での半野宿の準備をしつつ、この鹿を絶対に成仏させてやろうと切実に思った。
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