87 / 216
◆第五章◆
*13* 一人と一匹と一体、虎穴を探る④
しおりを挟む話がまとまったので二人と一体で鹿の背中に乗せてもらい移動したのだが、結構な速度を出しても安定感からか割と快適に走ること一時間弱。春の日も暮れて辺りは薄暗いものの、鹿が発光しているから目につく範囲の視界の確保は問題なし。その間も懐に入れたスマホは震えっぱなしだった。
忠太が一度もハツカネズミ姿に戻らないでも良いという、精霊ポイントの源泉かけ長し状態で。愚か者共の悲鳴が美味い。そんな感じで走り続けてすっかり人工的なダンジョンから森へと景色が変わった頃、その家は現れた。
大樹と呼んでも差し支えない樹の根元に寄り添う石造りの小屋は、絵本の世界に迷い込んだみたいで可愛らしい。だからこそと言うべきか、壊れた鎧戸や落ちた屋根の破損の酷さがより物悲しく映る。
元は玄関ポーチだっただろう場所の手前で鹿が止まったので、先に降りた忠太の手を借りて地面に降りた。当然ながら人の気配はない。もしかしたら墓があるかもと小屋の周辺を一回りしたけど空振りだった。これで病死か天寿で死んだ相棒を鹿が葬った線はなしか。
「さて……どこかにここの住人の身元が分かるような物は残ってると良いけどな」
「人がいなくなってからかなり時間が経っているみたいですから、日記や手紙などの紙の類いは絶望的かもしれません」
「だよなぁ」
「けれど外観から見ただけで悲観するのは早計ですね。頑張って探しましょう」
忠太の言葉に頷き、ある程度周辺を見て回ったので今度は小屋に入る。ドアの開閉は結論から言うと開きっぱなしだ。鹿が出入りしているからだろう。足許も鹿が歩いている部分だけ苔や草が生えていない。というか――。
「うぅわ……家の床が石で出来てても樹の根っこって平気でぶち破るんだな」
「これぞ自然の驚異ですね。もう暗いですし根のせいで足場が悪いですから、奥の部屋はわたしが見てきましょう」
そう言うが早いか、忠太はヒョイヒョイと身軽に樹の根っこと、それに持ち上げられて瓦礫となった石床を避けて、緑のカーテンに遮られた奥の部屋へと消えた。私も金太郎を肩に乗せつつ、こちらの動きに合わせてフラフラする鹿と一緒に空が見える室内(?)を観察して回る。
小さい台所、中で勝手に食器で芽吹いて盆栽になった植物が占拠する食器棚、割れた大きな水瓶。蔓植物に破られた窓、本棚らしきもの、肝心の本が見当たらない代わりに空の小瓶が幾つも見つかった。かつてここに存在したはずの生活がバラバラになった廃墟。こんな場所にずっと一人でいたのか。
「なぁ鹿。私はお前の探してる相棒じゃないからこんなことを言われても嬉しくないだろうけどさ、ずっとこの場所を大事に思ってくれて、待っててくれて、ありがとな。同じ転生してきた人間として礼を言わせてくれ」
背伸びをして鼻の頭を撫でれば、苔の皮にくるまれた骨の鹿はそっと掌にすり寄ってきた。真っ白くてホワホワで、少し湿気ったピンク色の鼻を持つハツカネズミとは違う、ゴツゴツとして厳めしく冷たい手触りだ。
中級精霊とか言ってたから、こいつの相棒は私よりずっと上等な人間だったんだろう。前世でどうやって死んでこっちの世界に来たのか分からないけど、ここまで思われるなんて幸せ者だと思う。
何となくそのまま鼻先を撫で続けていると、緑のカーテンがガサリと揺れて。暗がりの中で光る赤い双眸の相棒が戻ってきた。
「お待たせしましたマリ。結論から言うとここに住んでいたのは薬師だったようです。奥の部屋に埋まっていた棚の近辺に薬草が生い茂っていました」
「棚の近くに薬草があっただけでそこまで分かるものか?」
「憶測の域を抜けませんが、そこまで遠い予想ではないかと。近くで砕けた乳鉢も見つけました。棚の中に使用目的で保管していた種子の瓶が割れたか何かで、それらが零れて発芽したのだと思います」
「忠太……お前、さっき怖い目にあったばっかなのに本当に偉いな」
「マリがこんなことで褒めてくれるのでしたら、正直いくらでも頑張れますね。それと金太郎も、先程はありがとうございました。帰ったらお礼に足の裏のフェルトを補充させて下さい」
得意になっても良いのに謙虚な姿勢に感動して鹿を撫でていた手を止め、代わりに忠太の頭を撫でた。すると忠太も公平性を保つためか金太郎の頭を撫で、金太郎は私の頬を撫でる。まるでリサイクルマークのような循環ぶりだ。
とはいえ癒しの循環を楽しんでいるだけでは話が進まない。鹿を振り返って「そういえばお前は一緒にここに帰って来たら何がしたかったんだ?」と尋ねたのだが、鹿は首を傾げて「ココ……イテ、ドコニ、モ、」と答えただけで、またゆらゆらと揺れ始める。
「さっさと帰ってこい。帰ってきたらもうどこにも行くなってか。でも悪いけどそれは難しい。こっちも帰りを待ってる人間がいるんだわ」
「ココ、イル、」
「まぁそう言うわな。分かった。じゃあ、こうしよう。私達はずっとここにはいられない代わりに、またここに来る。だからここがどこか教えてくれ。でないとここまで戻って来られない」
「………………イテ、ドコニモ、」
「駄目か。でもこのままの状態はやっぱ可哀想だしなぁ」
うむ。会話が噛み合っているようで絶妙に噛み合ってない。鹿の要求はぶれない上に一方通行だ。さてどうしたものかと考える間もなく忠太が挙手した。当然即行でその頭を撫でる。このハツカネズミは本当によぉ……!
「それでしたら奥の部屋で分かるかどうか未知数だとは思ったのですが、周辺の小さい神様に聞いてみました」
「んんん、忠太、お前ってば有能すぎ。相変わらず仕事が早くて助かる」
「ふふ、マリのご期待に添えたようで嬉しいですね。それで肝心の結果ですが、質問内容の中で反応の多かった単語を繋ぎ合わせたところ、ここは【アシュバフ】という国の【オーレルの森】という場所らしいです」
「初めて聞く国名だな――っていうか、特別目指す場所も用事もないから、この世界の国名とかほとんど憶えてないけど。知らない間に国境越えちゃったんだな」
「いつも活動する範囲の情報だけで事足りますからね。まぁ歴史や国名はオプションで思い出そうとすればいつでも出来るので、今回は手っ取り早く検索エンジンにかけてみましょう」
穏やかに微笑む白髪に赤い双眸を持つハツカネズミは、サクサクと長い指で検索ワードをフリック入力していく。いつもは全身を使っての入力だから、人間の手だとさぞかし使いやすいんだろう。私としてはあの姿で打ち込むの見るのも好きなんだけど。
「そういえばさ、そもそもの問題として、何でこいつの相棒の持ち物があのダンジョンの隠し部屋にあったんだと思う?」
「ああ、そういうことですか。たぶんですが単純に〝面白くなると思ったから〟だと推測します」
「はぁ? 誰がそんな悪趣味なことをわざわざやるんだよ?」
「お忘れですかマリ。貴女がこの世界に転生させられた理由を。たぶんこの中級精霊だったものとその主を招いた高位精霊が、彼が主人を失った後にどうなるのか見たかったのだと思います。高位精霊とはそういうものなので」
その言葉を聞いて久々に心の中で駄神に中指を立てながら、スマホで寝袋と食料を注文して廃墟での半野宿の準備をしつつ、この鹿を絶対に成仏させてやろうと切実に思った。
20
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
スクールカースト最底辺の俺、勇者召喚された異世界でクラスの女子どもを見返す
九頭七尾
ファンタジー
名門校として知られる私立天蘭学園。
女子高から共学化したばかりのこの学校に、悠木勇人は「女の子にモテたい!」という不純な動機で合格する。
夢のような学園生活を思い浮かべていた……が、待っていたのは生徒会主導の「男子排除運動」。
酷い差別に耐えかねて次々と男子が辞めていき、気づけば勇人だけになっていた。
そんなある日のこと。突然、勇人は勇者として異世界に召喚されてしまう。…クラスの女子たちがそれに巻き込まれる形で。
スクールカースト最底辺だった彼の逆転劇が、異世界で始まるのだった。
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
異世界で婿養子は万能職でした
小狐丸
ファンタジー
幼馴染の皐月と結婚した修二は、次男という事もあり、婿養子となる。
色々と特殊な家柄の皐月の実家を継ぐ為に、修二は努力を積み重ねる。
結婚して一人娘も生まれ、順風満帆かと思えた修二の人生に試練が訪れる。
家族の乗る車で帰宅途中、突然の地震から地割れに呑み込まれる。
呑み込まれた先は、ゲームの様な剣と魔法の存在する世界。
その世界で、強過ぎる義父と動じない義母、マイペースな妻の皐月と天真爛漫の娘の佐那。
ファンタジー世界でも婿養子は懸命に頑張る。
修二は、異世界版、大草原の小さな家を目指す。
その幼女、最強にして最恐なり~転生したら幼女な俺は異世界で生きてく~
たま(恥晒)
ファンタジー
※作者都合により打ち切りとさせて頂きました。新作12/1より!!
猫刄 紅羽
年齢:18
性別:男
身長:146cm
容姿:幼女
声変わり:まだ
利き手:左
死因:神のミス
神のミス(うっかり)で死んだ紅羽は、チートを携えてファンタジー世界に転生する事に。
しかしながら、またもや今度は違う神のミス(ミス?)で転生後は正真正銘の幼女(超絶可愛い ※見た目はほぼ変わってない)になる。
更に転生した世界は1度国々が発展し過ぎて滅んだ世界で!?
そんな世界で紅羽はどう過ごして行くのか...
的な感じです。
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
没落貴族の兄は、妹の幸せのため、前世の因果で手に入れたチートな万能薬で貴族社会を成り上がる
もぐすけ
ファンタジー
俺は薬師如来像が頭に落ちて死ぬという間抜けな死に方をしてしまい、世話になった姉に恩返しすることもできず、異世界へと転生させられた。
だが、異世界に転生させられるとき、薬師如来に殺されたと主張したことが認められ、今世では病や美容に効く万能薬を処方できるチートスキルが使える。
俺は妹として転生して来た前世の姉にこれまでの恩を返すため、貴族社会で成り上がり、妹を幸せにしたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる