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◆第五章◆

*3* 一人と一匹、冬の味覚の新定番。

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 この短時間で小鍋から大鍋にサイズアップしたおしるこをかき混ぜながら、もう一方の小鍋で沸かした湯に、焼き上がった餅を潜らせて、砂糖をたっぷりと塩を少々加えたきな粉の衣をまぶす。あべかわ餅の完成だ。

 さらに小さいフライパンに醤油と砂糖を火にかけて、焼けた餅にたっぷり吸わせたら海苔を巻く。これは磯辺焼き。あべかわ餅もこの磯辺焼きも、おしるこの取り分が減った私達用だ。それらを皿の上に盛り付け、温まったおしるこを行儀よく並べられたスープカップによそう。

 和風全開の甘味を作る私の隣では、器用にパンケーキのタワーを積み上げていく女子学生達。

 最初は少しだけおしるこを分けてやる程度のつもりだったのに、もらうだけでは申し訳ないからと、向こうもこっちの分を焼いてくれることになったのだ。そんなこんなでいつの間にか人数が膨れ上がった厨房の中は、調理実習さながらなことになっている。これも餅の力か。

「最初はあんな餅の大袋買ってどうなることかと思ったけど、これならすぐに使いきれそうだな。それにおしるこもだけど、醤油の匂いって外人は皆嫌いなのかと思ってたのに、隣で使っててもあんまり嫌な顔されないし」

【まめを あまく ちょうりする めずらしいけど しょうゆは いちぶのちいき ぎょしょう つかうから いがいと へいき なのかと】

「それは前世でも聞いたことある気がする。豆は主食やおかずの扱いでおやつじゃないってやつ。だけど私の知る限り和菓子で使うもち米って、あれも主食と言えば主食だよな?」

【でも おはぎは しゅしょく ちがう ふしぎですね】

「な。郷土料理ってそんなもんだよ」

 そんな感じの結構乱暴なまとめをしつつ、周囲の女子生徒達から「出来たわ! 貴女達も食堂で一緒に食べない?」「新しい道具の設計に煮詰まってるのよ」「人数がいた方が物の見え方も変わるでしょ? 意見交換しよう」「あ、ねぇ何そっちのおやつ。見たことない!」と四方から姦しく誘われて。

 特に断る理由もなかったので、ガラガラの食堂の一角で見た目と香りの調和しない、微妙なティータイムを開催することになったのだけど――。

 意外にもというか、流石にというか、この時期に学園に残っていた人材だけあってかなり専門的な用語や、私の知らない加工技術も教えてもらえたりして、思いのほかかなり有意義な時間になった。

 おしるこも餅も珍しい――この場合研究者視点だろう観点から、意外にもすんなりと受け入れられて、材料になっている米の育成過程まで質問されたりもしたり。

 まぁ……金太郎なんかは彼女達の興味のドストライクだったらしく、身体中を弄り回されたり、ビーグル犬に似た使い魔に連れ去られそうになったりと、かなりお疲れだったけど。忠太は同じげっ歯類に位置するヤマアラシの使い魔の話(?)に熱心に耳を傾けていた。

 ヤマアラシって針を飛ばせるから戦闘力が高いもんな。でも実物は思ってたよりでかいし、針も長いしで、主人が傍にいなかったらと思うと普通に怖かったけど。

 議論が白熱する間に何度か「脳が糖分を欲してる」「同意」「パンケーキのお代わり焼くわ」「貴女もお願いね」などと言って甘味のお代わりを重ねた。結局夕方の六時過ぎまで続いた意見交換で、あれだけあった切り餅の袋は空になり。

 知識で重たくなった頭と、甘味で重たくなった腹を抱えて後片付けをしたのち、自室に戻ってすぐにもベッドにひっくり返りたくなる衝動を抑え、机にノートを広げてさっき教わった内容を書き残す作業に没頭した――が。

 ふと忠太と金太郎がやけに静かなことに気付いてノートから顔を上げたら、一匹と一体はスマホの画面に張り付いていた。真剣な後ろ姿が気になって覗き込んでみると、各社色々ある餅の大袋が画面いっぱいに並んでいて、その中でも今日食べた種類がカートに三十袋入れられている。

「なっ、忠太、金太郎……お前ら何で新しい餅を大量発注してんだよ? さっきあれだけ食べたのにもう腹が減ってるのか?」

【いえいえ しんぱいごむよう これは あらたな しょうばいよう です】

「まーたそういう……商魂逞しいな。たまには何も考えないで〝美味しかった〟だけでも良いんだぞ?」

 その答えにちょっとホッとしつつも、よくよく考えたらやっぱりちっとも良くないので、そーっとキャンセルボタンをタップしようとしたら、金太郎に取り押さえられた。見た目からは想像出来ない力に諦めて降参の意を示したものの、疑り深い金太郎は手の甲に座り込んでしまう。

「チッ、封じられたか……って、あ。大根だけ残っちゃったな。おろし餅にするのすっかり忘れてた」

【だいこん しょうかこうそ ある かじれば いもたれしらず です】

「味気ないけどもうそれでいいか。適当に切って齧ろう。忠太も食べるだろ?」

【このすがただと ほんらい そっちが ただしいすがた】

 胸を張る忠太に噴き出しながらも大根スティックを一緒に囓った翌日から、女子寮の食堂で密かに〝オシルコ〟がブームになり、新学期に職場復帰した食堂のおばちゃん達協力の下で正式メニューに加えられて。謎の東国からやってきた〝モチ〟と〝アンコ〟は一気に冬場のおやつ事情を塗り替えたのである。
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