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◆第三章◆
*17* 一人と一匹、駄神からの贈り物。
しおりを挟むレベッカと別れたあと、教わった通りに門番に声をかけて学園の敷地内に入り、連れていってもらった事務室で係の女性と案内役が交代。現在半日かけて爆速案内を受けた脳がオーバーヒートを起こしかけている。
割り当てられた寮の部屋は運が良いことに一人部屋。そこまで広くはないけど作業机とベッドがある。他に家具らしい家具もないから、この際また一から作ってみるのもありだろう。
小窓から射し込んでくる陽の光はすでにかなり床付近。脱ぎ捨てた靴の爪先を滑る橙色が夕暮れ時であることを教えてくれる。ぐったりと手足を投げ出して仰向けに寝転んだベッドの上。少しでも身動げば背中と尻が悲鳴をあげた。
「あー……何でだろ。まだ授業も受けてないのに、半日分の案内と説明受けただけでもうすでに疲れた」
【けっこう しきち ひろかったし せつめい おおかった ですからね それに せいふく びちょうせい じかん かかりました】
忠太の言う制服は、案内終わりにヘトヘトになって戻った事務室で受け取ったやつだ。どっちかというと学生服より作業着に近いのは、ここの扱いが座学だけでなく野外実習もある工業学校系や美大系だからだろう。
女子も男子も通常学園内で着るのは同じような形のシャツとトラウザーズ。女子もパンツスタイルというのはこっちの世界では珍しいけど、パーティーを組んで素材採取に出かけることもあるらしいから、動きやすさ重視っぽい。
シャツもトラウザーズもそれぞれ暗色系か暖色系の選択肢があるくらいだ。あとはポケットがたくさんついた頑丈なエプロン二枚と、何かこれだけやたらファンタジーな黒いローブが一着。説明では貴族の通う学園の生徒達と見分けるためのものだとかで、たぶん扱いは前世の研究所とか病院の人が着る白衣と同じだと思う。
エプロンと違って洗い替えがないのは、ローブに使われている特殊な繊維のせいだ。浄化魔法と耐久補助がかかっているとかで、首のところで留める石の嵌まった付属品付き。
最初は透明だったそれは、事務の女性に触れるように言われて触れたんだけど、赤にも緑にも見える変な宝石になった。一瞬ローブをくれた職員と女性がざわついたけど……大丈夫なんだろうか。あれ。大学と高校の中間みたいなところらしいから、石の色で受けられる授業の選択幅が増えるとかなんとか言ってた。
他にもマルカの町みたいな田舎ではお目にかからなかった魔道具が目白押し。初日から情報量が多い。明日からの講義で憶えることもあるのにだいぶ容量を取られた感がある。
「あぁー……んー……それもあるんだろうけど、あとはたぶんあれだ。学生のノリとか学校っていうのが久々過ぎた」
【やっぱり ぜんせと かって ちがいますか】
「いや、その辺はあんまり変わらないっぽい。あんな風に騒がしかったよ。あの頃も今日と同じで遠目から見てただけだったけど」
【みてただけ まざらなかった ですか】
「そう、見てただけ。バイトで忙しかったからな」
学生の頃の人付き合いって結構大変だ。放課後に遊びにいくのが仲良しの証みたいなとこがあって、お金がかかる。うちはまぁ、金遣いの荒い親のせいでお金がなくて借りてたくらいだから。そういうのが出来なかったし、出来ないままで結局高校を中退した――なんて楽しくなかった過去の話は、忠太の耳に入れたくない。
「今日はもうダルくて無理だけどさ、明日はエドからもらったお小遣いもあるし、授業が終わったら王都の道を覚えるついでにどこかに遊びに行くか」
【それは いいですね いきましょう】
「でもその前に今晩小さな神様が来てくれるように、窓辺に持ってきた石を置いてみよう。王都にもいてくれると良いんだけどな」
【それも いいですね きっと よってきますよ】
ベッドにちょこんと座ったまま嬉しそうにスマホに打ち込む忠太。やや毛がボサッてワイルドになってしまっているが可愛さは変わらずだ……と、唐突にスマホに触れていた忠太が激しく揺れた。直後に見せるスンッとした忠太の表情が全てを物語っている。奴か。奴なんだな。
無言で起き上がってスマホを覗き込むと、案の定『おめでとうございます!』の文字がでかでかと映し出されている。ただいつものそれと違うのは、音声データが入ったファイルが添付されていることだろうか。考えてみると駄神の声を聞くのは転生した初日以来だ。それだけでもう不吉。
思わず一人と一匹で神妙な面持ちになって頷き合い、バイブレーションを解除して音量の設定を入れ、恐る恐る添付ファイルをタップした――直後。
『やぁやぁ、お久し振りですね。しぶとく図太く滑稽に人生を謳歌しているようで結構なことです。貴女方は実に良い観測対象だ。良いですねぇ、人間はこういうのを張りがある毎日と評するのでしょう? 無駄に長いこと時間を過ごしていると一日が経つのも百年が経つのも同じと言いますか、やはり退屈で仕方が――、』
駄神の無駄な前置きと自分語りが始まる気配を感じたので、無言で音声ファイルのバーを半分くらいまで進めた。上司のはずだが忠太も止めてこなかったから無問題だろう。
『――とまぁ、いつも辛辣な評価をもらえて楽しい限りですが、今回はこちらに転生させた親心とでも言いますか、面白いルート選択をしてくれたお礼と入学のお祝いも兼ねて、ちょっとした贈り物をさせてもらいしたよ。気に入ってくれましたか、そのブローチ。実はわたしの他にも三百年ほど前の担当者がピンクダイヤを贈ったそうなんですよ。ああ、わたしはかぶるのが嫌だったのでアレキサンドライトにしてみました。わたしの加護も少々加えた大盤振る舞いですよ』
その発言に揃って椅子の背にかけてあったローブのブローチを振り返る。緑とも赤ともとれる宝石は、射し込む夕陽の下で燃えるみたいに輝きを増した……ように見えた気が、しなくもない。
そして最後に『今後も楽しませて下さいね!』と無責任な発言を最後に駄神の音声メッセージは途絶えて。一人と一匹で言い様のない不安を覚えつつ、添付されていたメールの方を開いた。
◆◆◆
【称号】
加護持ち見習いハンドクラフター。
【特種条件クリアオプション】
アイテムに対しての全属性付与可能。←New
対象者の内包魔力量の増加。←New
今回生存目標である第三難関〝取捨選択の自由〟をクリアで入手。
◆ボーナス◆
守護精霊値 20000PP+
◆◆◆
駄神にしては珍しく役に立ちそうなラインナップなのに、何故かひしひしと面倒事の気配が感じられる内容を見て、思わず「何を企んでるんだ、あいつ」と呟いた私の声に、くしゃくしゃだった忠太の耳がピンと伸び、メール機能に切り替えられた画面に【じょうし ごきげん ですふらぐ】と打ち込まれる。
しかし、まだ始まってもない学園生活が初日で終了しても問題なさそうな数値を前に、唯一こんな時でも暢気さを失わない腹の虫が空腹を訴えて鳴いたから。
「腹減ったけど食堂はまだ開いてない時間だし、取り敢えずさっき売店で買ったパンでも喰うか。干しブドウとクルミどっちが良い?」
【しぇあはぴ~ な きぶん】
「んふっ、普通に半分こって言えよ。乙メンか」
知能指数を五にして本能に従う一人と一匹、明日は明日の風が吹けば良い。
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