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◆第三章◆

*13* 一人と一匹、チャンスをもらう。

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 日が傾いて空が夕焼けに染まる頃。騎士達に護衛された馬車で領主の館がある街、モントスに到着した。けど騎士達から今日の討伐の報告なんかがあるせいで、すぐに領主であるウィンザー様とご対面とはいかず。

 レベッカに勧められてお風呂に入って着替え、のんびり二人と一匹でお茶を楽しんだくらいにようやく顔合わせ……だったのだけれども。あまりに青白い顔で応接室にやってきたウィンザー様を見て、顔合わせは明日でいいと言ってやれば良かったと思ってしまった。

 けれどまぁ、多忙で窶れた夫の面倒を見るのがだいぶ板についているレベッカが、あれこれとメイドさん達に女主人らしく指示を出し、ウィンザー様の寛げる状態を整えさせていって。彼女が用意されたお湯と茶葉で手ずから紅茶を淹れ、彼がその一杯を飲み干すのを待ってから、いよいよ本題。

 正面に領主夫婦、反対側に私と忠太を配して。間に挟まれたローテーブルの上に今日使ったピルケースを置き、ウィンザー様が「見せてもらおう」と断りを入れてから、そっとそれを手にした。

 骨ばった大きな手の上で検分されるピルケース。百均の物ではないにしろ、やや領主が手にするには安物っぽさがあるのは否めない。

 微妙な居心地の悪さを感じつつ膝上の忠太を見下ろせば、いつのまにそんなことが出来るようになったのか、スマホの画面に〝もうどうにでもな~れ〟のアスキーアートが踊っていて、あわや噴き出しそうになった。太股をつねって笑いの発作と格闘していたら――。

「ふむ、単純な構造に見えてとても良く出来ている。これは君が考えた物か?」

 急に話しかけられて反応が遅れた私に、レベッカから〝どうしたの?〟という視線が向けられる。慌てて〝違う、ちゃんと聞いてた〟という視線を返せば、彼女はチラリとテーブル上に置かれたスマホ画面に視線を落として苦笑を浮かべた。意味は分からなかっただろうに、何か察してくれたようだ。

「え? あ、ああ、忠太と私で考えました。でも今日中にボルフォ達を全滅させられたのは、レベッカと騎士達のおかげです」

「この中に籠められているのは低級精霊だと言っていたね」

「そうですけど……その低級精霊って呼び方は好きじゃないから、私と忠太は小さい神様って呼んでます。まぁ別に呼び方を強要はしたりはしないですけど」

「ふむ、小さい神様か。良いね。では次からはわたしもそう呼ばせてもらおう」

 こっちの言い分にそう言って穏やかに微笑む領主は、ああ、この人は部下や領民に好かれるだろうなと思わせた。骸骨紳士は健在だ。王都がどんな場所かは知らないけど、私はこの土地の方が好きな自信がある。

 懐中時計型のピルケースの蓋を開け、砕けた石の表面を指で撫でながらふと視線をこちらに向けた。

「妻と兵士達の話を聞いたところによれば、これには詠唱もいらないと聞いた。裏側に彫られたこの文字は精霊文字だと推測するが、こんなものを彫られた魔宝飾具は見たことがない。独学ではないのだろうが、君の師匠は現在どこに?」

「あー……師匠、師匠は、ですね……」

 そんなもん端から存在しないからとは言えまい。師匠はいないが暇潰しで人を転生させた駄神なら知ってるけど、これもまた言えない。ただでさえ変わり者扱いなのに、頭がおかしい人間扱いされてしまう。

 どう答えたものかと悩んでいると、居場所を膝上からテーブルの上へと変えた忠太がアスキーアートを全消しし、白い画面に向かって手をついた。そして。

【まりに ましょうばん たくして すぐ なくなりました なにぶん こうれいだった もので おしいひと なくしました】

 領主の前でもいけしゃあしゃあとそうフリック入力をするハツカネズミ。普通の人間にハツカネズミの顔色を読むことなど出来ないだろうけど、私には分かる。このヒゲを垂れて如何にもシュンとして見える姿は演技だと。助演男優賞を狙えそうなハツカネズミだ。

「まぁ、マリ……ごめんなさいね。辛いことを聞いてしまったわ」

「成程、だからこれをまだ完成させきる技術を持っていないというわけだ」

「あ……ええと、はい。そんな感じです」

 しんみりとした表情を浮かべる領主夫婦。んん……おかしいな。何だか痛まんで良いはずの良心が痛むぞ。ローテーブルの上の忠太をジトリと見下ろせば、ささっとわざとらしく毛繕いを始める白毛玉。

 顔を洗って背中を舐めて、足指を広げて……と忙しそうにしている忠太を見つめていたら、ウィンザー様が持っていたピルケースをテーブルの上に置いて、何かを言おうとしたけど一瞬止めて。でも結局意を決した風に口を開いた。

「ならばわたしの名で書状をしたためるから、一度王都にある魔道具職人の学園に、院生として通い直してみるつもりはないだろうか? あそこには君と同じように師匠を亡くして、最後まで技を学べなかった者も多く在学している」

「そこならわたくしも知っているわ。王都の他の学園と違って、貴族よりも職人階級の子が多いところよ。そういえばチュータみたいな使い魔をつれている子も見たことがあるわ」

 二人からの気遣うような声音と眼差し。そして何よりも〝学び直せる〟というチャンスに、前世で高校を中退してしまった後悔が刺激された。悪くないな、と、心がコトリと音を立てて。もう一度ローテーブルの上に視線を戻せば、赤い瞳が見上げてくる足許のスマホ画面に、見透かすように。

【まりのしたいことが わたしのしたいこと】

 その文面に背中を押されて「お願いします」と頭を下げた。
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