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◆第二章◆

*4* 一人と一匹、新たに能力を得る。

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「今日はなんか、嵐みたいな一日だったな……」

 新しく購入したベッドの上に何も敷かないまま仰向けに寝転び、天井を見上げてそう言うと、私の髪に寝転び同じく天井を見上げていた忠太が【どうかんです】とスマホに打ち込んだ。

 いきなりこれまで隠していた性別がバレた――……からの、レティーの質問攻撃。男装の理由やらを事細かに聞きたがるレティーを見て、ポカンとしていた家具屋の店主と孫に配達の時間を指定し、ひとまず彼女を落ち着かせてもらおうとエドの店に戻ったら、今度はエドも同じことに。

 色々聞きたがる親子を忠太が考えてくれた即席シナリオで黙らせた。内容的には〝女が職人になれない国で性別を偽って弟子入りしたら、それがバレて破門され、今は仕方なく放浪しながら職人をしている〟という感じだ。

 幸いこの世界でも一部で女性の職人を厭う地域もあるらしく、エドはその話を聞いてしんみりと『お前は立派な職人だ』とか言うし、レティーに至っては何故かお洒落をさせなくてはという使命感を持たれた。

 ――で、一度は配達時間に帰って来られたんだが、その後はまたエドとレティーが訪ねて来て、夕飯をご馳走されたり大衆浴場に誘われたり、店で在庫に余裕のある生活雑貨を無料で持たせてくれたり、何だかんだで帰宅出来たのが現在時刻の夜十時である。

「あー……でも、これで明日からあの二人に何にも隠し事がないんだと思うと、ちょっとだけ気が楽だよな」

【それも どうかんです】

「ただあずま袋の注文、今日だけで百枚入っててびっくりしてるけどな」

【それも どうかんです】

 コピペのボット化している忠太に苦笑していたら、唐突にスマホからファンファーレの音が鳴り響いた。直後に『おめでとうございます!!』と爆音で祝われる。可哀想に音が直撃した忠太は仰向けに倒れて動かなくなった。

 ……このデジャヴ感よ。

『この度、転生してからの生存目標・・・・である第一難関〝住居を手に入れる〟がクリアされました。ここまでなかなか良い調子ですね! 新たに加算されたポイントのオプションを選んで下さい』

 そこまでで音声読み上げ機能を切り、邪魔をされないようにスマホの画面を凝視する。画面には早分かり守護精霊ポイントシステム表というものが表示され、細かく計算するための説明が呪文みたいに並んでいた。

 ……いや、だからこのデジャヴ感よ。本当に使い回しが雑だな。しかも言い回しが若干俗っぽくなってるし。人材が足りてないんじゃないのかと思いつつ、仰向けになったままの忠太のお腹をつつく。すると早々に気絶から立ち直った忠太が身を捩って私の指から逃れた。

「なぁ忠太ちょっと太っ――、」

【よみますね よみますよ】

 最後まで指摘する前に強引に会話を打ち切った忠太は、スマホの上に覆い被さる。そしていつものようにザッと上から下までスクロールさせてから、ヒゲごとピタリと動きを止めた。

「どうした忠太。あの駄神がまた馬鹿みたいなこと言ってるのか?」

 考えられることなんてそれ以外にないのでそう訪ねたら、忠太は振り返って真顔で首を振る。ネズミに真顔以外あるのか聞かれても困るが、たぶん私はもう忠太の表情を読み間違えることはないだろう。

 仰向けだった姿勢から起き上がり、マットも何もないベッドの上に正座してスマホの画面を覗き込むと、また長々と文字化けしている。あの駄神の仕事の適当さに疲労感が一気に増した。

「……読めないな」

【よめません ね】

「あの駄神に会う機会があったらぶん殴りたいけど、読める部分だけでも読も」

【 ですね】

 忠太は動揺しているらしく、妙なスペースを空打ちする。駄神上司の適当な仕事ぶりに心を痛めているのだろう。可哀想になって眉間を優しく引っ掻いてやりながら文面を読んだところ、内容の文字化けは多いものの、有意義なオプションが追加されている。

 導入部分は相変わらず使い回しの〝以下の五つの中から二つ選べ〟だったが、選べるものが取り敢えずお金を稼ぐというのから、その土地の生活に溶け込めるものに変わっていた。内訳は――、

 一、現地の言葉を話せるようになる。
 二、現地の文字を書けるようになる。
 三、守護精霊と会話が出来るようになる。
 四、現地の計算方法を身に付けられる。
 五、現地の歴史について身に付けられる。

 ――という感じだ。話せると書けるを別枠で設ける辺りに嫌らしさを感じなくもない。私達がどれを選ぶのかを見るのも奴の楽しみの一貫なのかもしれない。

「んー……私は一と三が欲しいかな。後の三つもいずれは欲しいけど、次にこの手のメッセージが届くのがいつになるか分からない以上、言葉の習得は必須だと思う。忠太とも直接会話がしたいし。忠太はどう?」

 いつも通り先に私が選んで意見を訊くと、忠太は腕組みして悩む素振りを見せたものの、最初に私と同じ一を指差し、次に躊躇いがちに五を差した。これには少々驚いた。選ぶとしたら二か三だと思っていたのだ。

 するとそんな私の驚きを察したのか、一旦受信メッセージを閉じた忠太は、メール機能を立ち上げてフリック入力を始めた。

【いちは ひっす でも わたしと かいわする ぽいんと もったいない げんちのれきし きょうつう にんしき しゅうきょう きんき しる まり ものしらず おもわれる いや あると べんり】

 そう疲れているにもかかわらず懸命に打ち込む姿に、思わず鼻の奥がツンとした。会話が出来るようになればこんな苦労もなくなるのに。

【まり はなすできる さいあく すまほ なくしても だいじょぶ きょうつう にんしきも おなじ まりを まもる ちしき】

 最後の力を振り絞るように必死に打ち込む忠太は、どうしようもなく愛しい生き物に思えた。だからまださらに説得する文面を打ち込もうとする忠太をスマホから引き剥がし、掌の上で身体をダラリとさせる忠太の額に感謝の口付けを落とす。

「分かったよ忠太。そこまで私を心配してくれるお前の言うことなら、信じる」

 そう言葉をかけた直後、安心したのか、忠太がクタリと意識を手離して。掌に凄まじい鼓動と熱をもたらすハツカネズミを前に、何やら幸せな気持ちになったから。このヤル気が持続しているうちに袋の製作に取りかかるかな。
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