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◆エピローグ◆
しおりを挟む次に目を覚ましたのはあの事件から二日後にあたる、三十一日目の昼。
私はアランの口から父がこれまで積み重ねた不正が公になることを恐れ、屋敷に火を放ち自害したのだと言われた。あの屑にもそんな気概があったのかとぼんやり思ったものだ。
表向きはその火災で私も一緒に死んだことにされたものの、実際そこに居合わせた人間も多いことから、一応温情という扱いなのだろう。天涯孤独の平民になったことで私は、彼の【妻】として新たな人生を手に入れた。
突然そんなことを言われても反応の薄い私を心配した彼が頬に触れた瞬間、鼻血を出して再び気を失ったらしい。だって、一瞬だったけど温かくて、本物に触られてると思ったら興奮したんだもの……。
次に目を覚ましたのはその日の夜で、目覚めて開口一番に『“素手で触らないで”』と発言してしまったことは、本当に口と舌を取り替えたいと思うほど後悔した。慌てて『“貴男が汚れるわ”』と付け加えたら今度は抱きしめられるし……鼻を押さえていなかったら、あわや大惨事になるところだったわ。
一ヶ月昏睡状態だった人間相手に刺激の強いことばかりする彼を、同席していたお医者様が止めてくれなければ、私は今頃召されていたに違いない。まぁ、別に死因が幸せすぎるからそれでも良かったのだけれど。
それに彼がどう言いくるめたのか、私の世話をしてくれるレイモンド家の使用人達はとても優しくて、昏睡していた間に弱りきっていた私が食べられるものを一生懸命考えてくれる。
もっと腫れ物扱いか、主人を誑かした毒婦扱いされると覚悟していたのに、皆割と遠慮なく接してくれるから、バートン家にいた時のような息苦しさは感じない。
まだ若いメイドが穢れた私の身体を拭いてくれようとするのを全力で断ったら、仕事中のアランを呼びに行って彼に拭かせると脅された時は、流石に震え上がったけれど……。
自分の人生でこんなに緊張感のない腑抜けた日がくるなんて、思ってもみなかった。そんなことを考えながら、ベッドの上で半身を起こして本を読んでいると、使用人達の足音が階下の玄関ホールへと集まって行く気配がして。
その気配がするだけで私の心臓は高鳴る。読んでいた恋愛小説を慌てて閉じ、枕の下に突っ込んでから手櫛で髪を整え、部屋のドアがノックされるのを待つ。
五分ほどでその望みは叶えられ、ノック音の後に「どうぞ」と返せば、私を驚かせないようにゆっくりと開かれたドアから、まだ仕事着のままの彼が入ってきた。毎日のことなのに、毎回あまりの尊さに一瞬気を失いそうになる。
「お、おかえりなさい、アラン。お仕事お疲れ様……です」
「ああ、ただいま、アメリア。今日は何をして過ごしていたんだ?」
緊張で消え入りそうになる私の声に、アランは眉間の皺を少し和らげ、ぎこちなくも優しい微笑みと言葉をくれて。
ベッド脇に椅子を寄せてくつろぐ彼とのそんな風に始まる二人の時間が、私の幸せと一度は枯渇したはずの羞恥心を刺激する。今夜も乞われるままにポツポツとつっかえながら答えていると、彼が困ったように手袋をした自身の手を見つめて、すぐにこちらへと視線を戻して――。
「素手で触れても……構わないか?」
「い、い、良いわよ! だ、だ、だ、大丈夫!」
「君は自分の夫を相手に緊張しすぎだ」
「お、夫が素敵すぎるのが悪いんでしょう!!」
「――……妻が可愛らしすぎるのも罪だな」
「や、やっぱり待って、もう少しだけ心の準備を――!」
「まだ、手を繋ぐだけだ。その先は君の回復を待つ」
「ひえっ……好きぃ……」
「そうか、俺もだ」
私は平民落ちした元・希代の悪女で悪役霊嬢。
初恋相手に愛を囁き始めて、四十一日目の恋愛初心者だけど。
これからは深夜十二時でなくても、いつでも貴男に愛を囁けるの。
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初めまして、もず様(*´ω`*)
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最後までお付き合い下さいましてありがとうございます♪
語彙力あります。もう100万点くらいあります。とんでもなく嬉しい感想(語彙の死)
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