◆悪役霊嬢は深夜十二時、推しの上で愛を囁く◆

ナユタ

文字の大きさ
上 下
25 / 25

◆エピローグ◆

しおりを挟む

 次に目を覚ましたのはあの事件から二日後にあたる、三十一日目の昼。

 私はアランの口から父がこれまで積み重ねた不正が公になることを恐れ、屋敷に火を放ち自害したのだと言われた。あの屑にもそんな気概があったのかとぼんやり思ったものだ。

 表向きはその火災で私も一緒に死んだことにされたものの、実際そこに居合わせた人間も多いことから、一応温情という扱いなのだろう。天涯孤独の平民になったことで私は、彼の【妻】として新たな人生を手に入れた。

 突然そんなことを言われても反応の薄い私を心配した彼が頬に触れた瞬間、鼻血を出して再び気を失ったらしい。だって、一瞬だったけど温かくて、本物に触られてると思ったら興奮したんだもの……。

 次に目を覚ましたのはその日の夜で、目覚めて開口一番に『“素手で触らないで”』と発言してしまったことは、本当に口と舌を取り替えたいと思うほど後悔した。慌てて『“貴男が汚れるわ”』と付け加えたら今度は抱きしめられるし……鼻を押さえていなかったら、あわや大惨事になるところだったわ。
 
 一ヶ月昏睡状態だった人間相手に刺激の強いことばかりする彼を、同席していたお医者様が止めてくれなければ、私は今頃召されていたに違いない。まぁ、別に死因が幸せすぎるからそれでも良かったのだけれど。

 それに彼がどう言いくるめたのか、私の世話をしてくれるレイモンド家の使用人達はとても優しくて、昏睡していた間に弱りきっていた私が食べられるものを一生懸命考えてくれる。

 もっと腫れ物扱いか、主人を誑かした毒婦扱いされると覚悟していたのに、皆割と遠慮なく接してくれるから、バートン家にいた時のような息苦しさは感じない。

 まだ若いメイドが穢れた私の身体を拭いてくれようとするのを全力で断ったら、仕事中のアランを呼びに行って彼に拭かせると脅された時は、流石に震え上がったけれど……。

 自分の人生でこんなに緊張感のない腑抜けた日がくるなんて、思ってもみなかった。そんなことを考えながら、ベッドの上で半身を起こして本を読んでいると、使用人達の足音が階下の玄関ホールへと集まって行く気配がして。

 その気配がするだけで私の心臓は高鳴る。読んでいた恋愛小説を慌てて閉じ、枕の下に突っ込んでから手櫛で髪を整え、部屋のドアがノックされるのを待つ。

 五分ほどでその望みは叶えられ、ノック音の後に「どうぞ」と返せば、私を驚かせないようにゆっくりと開かれたドアから、まだ仕事着のままの彼が入ってきた。毎日のことなのに、毎回あまりの尊さに一瞬気を失いそうになる。

「お、おかえりなさい、アラン。お仕事お疲れ様……です」

「ああ、ただいま、アメリア。今日は何をして過ごしていたんだ?」

 緊張で消え入りそうになる私の声に、アランは眉間の皺を少し和らげ、ぎこちなくも優しい微笑みと言葉をくれて。

 ベッド脇に椅子を寄せてくつろぐ彼とのそんな風に始まる二人の時間が、私の幸せと一度は枯渇したはずの羞恥心を刺激する。今夜も乞われるままにポツポツとつっかえながら答えていると、彼が困ったように手袋をした自身の手を見つめて、すぐにこちらへと視線を戻して――。

「素手で触れても……構わないか?」

「い、い、良いわよ! だ、だ、だ、大丈夫!」

「君は自分の夫を相手に緊張しすぎだ」

「お、夫が素敵すぎるのが悪いんでしょう!!」

「――……妻が可愛らしすぎるのも罪だな」

「や、やっぱり待って、もう少しだけ心の準備を――!」

「まだ、手を繋ぐだけだ。その先は君の回復を待つ」

「ひえっ……好きぃ……」

「そうか、俺もだ」

 私は平民落ちした元・希代の悪女で悪役霊嬢。
 初恋相手に愛を囁き始めて、四十一日目の恋愛初心者だけど。
 これからは深夜十二時でなくても、いつでも貴男に愛を囁けるの。
しおりを挟む
感想 4

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

nori
2022.03.09 nori

今まで読んだ中で(他作家さん含む)最っ高に素敵なラブロマンスでした!!
メリバにならなくてホントーによかった!
もう、ホント、しあわせな気分になれるお話をありがとうございました♥

2022.03.09 ナユタ

うわわ、とっても嬉しい感想を頂戴してしまった(〃´ω`〃)
趣味全開で書いた本作を最後まで読んで下さり、
幸せな気分になって頂けただけでなくお裾分けまで……!
幸せな感想をありがとうございました♪

解除
もず
2022.03.06 もず

とても素敵な物語でした。
冒頭から引き込まれて、一気読みしてしまいました。語彙力がないのでこの感動を言語化することができないのがとても悔しいですが
、とても感動しました。
ルシアちゃんのクラウスに幸せになって欲しいけど、自分も見て欲しい感情を切に感じて苦しくなったり、嬉しくなったりしました。
最後らへんの、ルシアちゃんの前世を全て話さないところがクラウスへの優しさや愛を感じて萌えました。クラウスさんも過去への傷が少し癒されて、薄くなったことにとても嬉しくなりました。素敵な物語をありがとうございます。

2022.03.06 ナユタ

初めまして、もず様(*´ω`*)
凄く長い作品だったにもかかわらず、
最後までお付き合い下さいましてありがとうございます♪
語彙力あります。もう100万点くらいあります。とんでもなく嬉しい感想(語彙の死)

ルシアとクラウスのもだもだした関係性に萌えを感じて頂けて、
またここまで読み込んで下さったことに感謝を♪(*・ω・人)
【私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆】の感想ありがとうございました♪

解除
たま
2021.10.04 たま

面白かったです(≧∀≦)!
ナユタさんの前作が大好きだったので、新しい作品を見つけてテンション上がりました!
もっと読みたかったけど、繰り返し読みやすい長さなので何回も読み返しますね(o^^o)
でももっと読みたかったなぁw

2021.10.04 ナユタ

初めまして、たま様!
うわ~、見つけて下さってありがとうございます(*´ω`*)
キリの良い長さを目指して書いた作品なので、そう仰って頂けて感激です!
一応番外編の短いのもあるにはあるのですが、
蛇足かも?と思って載せてないのです。
もっと読みたいと思って下さってありがとうございました♪

解除

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。