◆悪役霊嬢は深夜十二時、推しの上で愛を囁く◆

ナユタ

文字の大きさ
上 下
16 / 25

*15* これでも一般常識はあるのよ?

しおりを挟む
 
 十八日目の深夜十二時。

 彼の部屋の外に様子を見に行ってみたけれど、まだ寝込んでいるのだろう。
 忙しなく清潔な水と手巾の入ったボウルを手に出入りを繰り返す執事。
 病床の主の部屋にメイドを入れない辺り、とっても好印象だわ。
 あんなに色気のたっぷりある彼を見たら誰でも即落ちしちゃうもの。

 十九日目の深夜十二時。

 昨夜よりは執事の出入りも少ないから、多少は熱が下がったみたい。
 それでも仕事に出かけた気配はないようなので、様子見期間なのかしら。
 いつも体調管理をしている人ほど一度崩すと治りが遅いって本当ね。
 
 二十日目の深夜十二時。

 あの彼が三日も仕事に出かけた気配がない。
 流石に肺炎でも起こしたのかと心配になったけれど……。
 仕事の書類を没収して退出する執事を見てちょっぴり呆れたわ。
 あれだと良くなるものも良くならないわよね。
 早く治ってくれないと、推し不足で私の方が早く消滅しそうよ。

『あら、そういえば……意識不明の状態って、どれくらいまで保つのかしら?』

***

 ――ということで、久々に本体の様子を見に文字通り舞い戻ってみた伏魔殿実家

 彼のために情報収集に割く時間も必要だから、決して暇を持て余しているわけでもないけれど、悲願の達成を前に消滅してしまったら元も子もない。

『考えてみれば霊体なんだからそういう可能性もあったのに、私ったら存外暢気な性格だったのかしら? それとも……お人好しな婚約者のせいかしらね』

 早く回復した彼の上で思いっきり頬を擦り寄せて潤いを補給したい。もしも本体が枯れかけていたら、彼が弱って勘が鈍っている今の内に寝込みを襲って唇に口付けの一つでもしよう。

 たぶん私ならそれだけであと一ヶ月は延命出来るわ。うふふ、我ながら猛烈に気持ちの悪い女ね。死にかけで良かった。

 そんなこんなで屋敷の中にある自室という名の牢獄に向かったものの、そこはすでにもぬけの殻。陽射しがあるから寝かせていては肌が焼けると思ったらしい。だとしたら劣化を恐れてどこか冷暗所に移したのね。

 そうなると、屋敷内のほとんどを出入り禁止にされていた私に見つけるのは至難の技だ。でもそれも肉体があるからこそ。邪魔な肉体がない方が捜索は格段にしやすくなる。

 人目につきにくい陽当たりの悪い間取りの場所で、医者の出入りがあること。見張りと医者以外に出入りしている男が日に数人はあるはずの部屋。

 人に言えない商売をしているから、他の客も出入りする本館ではなく、使用人達の住んでいる別館だろう。そう当たりをつけて幾つかの部屋を覗いていたら、案外拍子抜けするくらい簡単に私の牢獄新居は見つかった。

『ほらね、やっぱり。下種の考えることが予測できるくらいには、私も立派に屑なのよねぇ』

 薄暗くて埃っぽい東向の物置のような部屋の前には、形ばかりでやる気のない見張りの使用人が二人。だけど流石に部屋の中から出てきた男を見てそれはどうなのよと思った。

 見覚えのあるその男は、妹の婚約者で。社交場で私とは違う清楚な妹に一目惚れをしたと言って、少なくはない持参金をこの家に入れた男だった。

 妹の婚約者はそのまま使用人達の手に口止め金を握らせ、コソコソと使用人用の裏口から帰っていく。

 妹に婚約話が舞い込んだ時はおかしな話だけれど、ほんの少し嬉しかった。私ではなく、妹に一目惚れをしたということが。純粋な恋への憧れは、こんな私でも一般的な令嬢と同じくらいにはあったから。

 だけど所詮は嘘ばかりね。
 この世のどこにも“真実の愛”なんてないじゃない。
 
 だから社交場に出かければ熱に浮かされたお馬鹿さん達を引っ掻き回して、暴き回って、親切に教えてあげたのに。
 
『予想はしていたけれど、実際に使用されているところを見ると気分が悪いわね。とはいえ安くはない金額を支払っているだろうから、まだそこまで容色は衰えていないようね。これも婚約者効果かしら?』

 だったらもう、部屋は覗かなくてもいい。
 そうよね、そうよ、見ないでいいわ。

 ふと四日前の深夜に彼が握ろうとしてくれた手をジッと見つめ、本体と違って汚れていない掌を服の裾で拭った。

***

 二十一日目の深夜十二時。

 久々に使用人達の気配のしない一対一の幸せな時間に、私は髪型を整えて彼の真上にゆらりと浮かぶ。

 見下ろす先のやや隈の薄くなった彼の目蓋が震えることに胸を高鳴らせて、持ち上がった目蓋の下から現れる琥珀色の瞳に微笑みかける。

『おはよう、私の可愛いチェリー』

 そんな私を見上げて、呆れたように貴男は言うの。

「ああ……おはようアメリア。チェリーは止めろ」

 その声を、言葉を、聞けるだけで。
 ねぇ、夢みたいに、幸せだわ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

処理中です...