◆悪役霊嬢は深夜十二時、推しの上で愛を囁く◆

ナユタ

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*14* 夢の狭間で囁かせて。

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 十七日目の深夜十二時。

 今夜は趣向を変えて添い寝をしてみる。肉体がないから同じ寝具に潜り込んで甘い時間を過ごした朝っぽさの演出はできないけれど、気分だけでも味わってみたいのよ。結論から言えばこれ以上ないくらい虚しいけど最高の気分。

 同衾気分を味わうだけでもこんなに幸せなら、実際にこうなることがあったらその場で即死してたわね。清い身体とは程遠いけど初夜翌日のお葬式か……。たぶん至上最速での“死が二人を別つまで”。

 悪くないわね。むしろ後腐れがなくて良い。え、私ってば天才すぎない?

 毎回のことではあるのだけれど、難しい寝顔の彼を前に尊い以外の言葉は不要だと思うのよ。いままで散々貢がれてきた宝石の総額より上。圧倒的勝利……!!

 昨夜は思わずブチキレかけたけど、その後に甘い言葉をもらって一夜明けたいま、傷のある推しの寝顔はこのまま蝋人形に仕立てたいくらい素敵。

 ……もう元の険しい顔立ちから滲み出る悪い男感が堪らないのよ悪い男と悪い女ならどこからどう見ても問題ないんじゃないのかしらあらそれだったら肉体があるうちにちょっぴりくらい傷を付けて私の所有物の証にしてしまえば良か――……。

 ――ないわね。うん、ないないない。それはただの頭のヤバい女の傷害事件よ。こういう深夜の気分って怖いわ。悪霊に思考が傾いても誰も止めてくれる相手がいないんだもの。私ったらうっかり正気をなくしかけて困ったさんね。

『早く起きないと襲っちゃうわよー、なんて……って……んん?』

 浮かれた気分のままどさくさに紛れて額に口付けようとしたところで、不意に彼の異変に気付いた。

 形の良い額にうっすらと細かい汗が浮き、蜂蜜を塗っているはずの唇も荒れて皮のささくれが目立つ。よくよく見れば若干肩で息をしているようにも見えるし、固く閉ざされた目蓋の下では、私がこの姿になってから目立ち始めた隈が一層存在感を増していた。

 実体がないから掌で熱をはかることはできないけれど、気難しそうに寄せられた眉が寝苦しさによるものだとしたら――。

『ね、ねぇ、ちょっとアラン、大丈夫? 貴男熱があるのではなくて?』

 揺さぶって起こすことが叶わないので、彼にしか届かない声をいつもより心持ち大きくかければ、微かに目蓋が持ち上がって。焦点のあやふやな瞳でこちらを見ると、無言のままゆるゆると首を横に振った。

 ――いやいや、無理があるでしょう。どう見ても苦しそうじゃない。

 目蓋を持ち上げるまで分からなかったけど、熱で潤んだ瞳って通常の倍くらい色気が増すのって何なの? 魅了なんてしなくても、こっちはすでに魂ごと首ったけよ。この世の誰より貴男にズブッズブにはまりこんでいるから安心して。

『あ、分かった。私みたいな女の前で弱味を見せたくないのね? だったら今夜はもう帰るから、無理をせずに今すぐ誰か呼んだ方がいいわ』

 一番あり得そうな理由に思い当たってそう告げれば、何と……彼が追い縋るように腕を伸ばしてくるではありませんか。え、待ってこれってあれよね、本で読んで存知上げておりますことよ。

 確か熱で寝込んだヒーローが不安になって、ヒロインに甘えちゃう的なやつよね? えー……待って素敵、待って可愛い、待って尊い、待って待って待って、何これぇ……本当にこんなご褒美って実在するの? 縋る相手が私で良いの?

『も、もう……ぐずったりして困った坊やね。でも駄目よ。本当に辛そうだもの貴男。それに今夜はまだ金縛りをかけていないから、動けているでしょう? 声が出ないなら何か落としてみれば誰か来てくれるわ』

 何より私も辛い。本体の心拍数と顔面が心配だわ。涙やら鼻血やら涎やらで大変なことになっていそうだもの。それなのに――。

「行かないで、くれ」

『…………っ!』

 刺さった。
 掠れた声での懇願が性癖的なものに。
 グサッッッと。

 きっと熱が口走らせる生存本能の譫言だと分かっているのに食い込んだわ。この世の中に愛して止まない相手にそんな風に言われて、断れる人間なんていないのよ。私の心が特別欲望に忠実なわけでは断じてない。

『……貴男が眠るまでなら良いわ。甘えん坊さん』

 そう強がるのが精一杯の私に彼が頷いて再び腕を伸ばしてくる。触れられないと分かっているのに、その手が私の手を掴むように重ねられた。半透明な私の手を彼の手が貫く。

 その光景がおかしくて、悲しくて、嬉しくて……何だかとても愛おしかった。二人で無言のまま向かい合うベッドの上。このシーツに残る温もりは、貴男のものだけなのね。

 うつらうつらとし始めた彼の表情に魅入りながら、ふと本で読んだお約束の設定の続きを思い出した。あれが本当だとしたら、試さない手はないだろう。

『ねぇ、知っている? こういうときに聞いた言葉も、口走った言葉も、翌朝になれば忘れてしまっているのですって』

 そんな私の言葉に頷いたのか、単に睡魔に頬を撫でられたのか分からないけど、彼の頭がこくりと頷いたように見えたから。

『愛してるわ』

 女の愛の言葉は純金だと、いつか相手をしたお客が面白がって言ったことがあった。あれが本当なのだとしたら、娼婦の愛の言葉なんて、安物の鍍金のような価値しかないけれど。

『愛してる』

 たとえ地金が毒にしかならない鉛でも、鍍金の剥がれないうちは金色なのよ。私の一世一代の告白に彼の目蓋は閉じたまま。苦しそうだった呼吸もいつの間にか安定しているようだった。

『……おやすみなさい、アラン。元気になったらまた来るわ』

 朝になったら忘れてね。
 世界で一番愛おしい、私のものに、ならない貴男。
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