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*11* 甘い妄想は一日にしてならず。
しおりを挟む十四日目の深夜十二時。
私はすでに彼の上に跨がり、準備万端でその目蓋が持ち上がるのを待っている。ややあって皺のなかった眉間に力がこもっていつものようになったら、その時がきた合図。
ゆるゆると持ち上がる目蓋の下から琥珀色の瞳が覗き、ぼんやりとしていた焦点が徐々に絞られて私の姿を捉えた。
『お・は・よ・う?』
最大級の“大好き”を包み隠さず溶かし込んだ私の声音に、彼の眉間に刻まれた皺が深くなる。
この眉間に指を突き立ててグリグリしたいわ。髪の毛に指を絡ませて滅茶苦茶に撫でたいし、太い首筋に歯を立てて歯形を残したいし、胸元に鼻を近付けて思いきり匂いを嗅ぎたい……。
――と、大変に不埒なことを考えていたら、彼がいつもより何かを警戒しているような表情であることに気付いた。一瞬バレたのかとヒヤリとして小首を傾げれば、彼は少しだけ常より柔らかな声音で「今夜は泣いていないな」と言った。
……この身体になってから唯一困るのはこういう時。せっかく眠る前の妄想が捗りそうな台詞を入手しても、睡眠がとれないから起きていながらに妄想するしかないところ。
目を覚ましたまま成人指定の妄想ってなかなか出来ないのよね。これまでの人生の割に意外と真面目なのかしら、私って。
『あら、こうして自由に貴男に会いに来られるのに、何故泣かなければならないの? それにこの姿になる前だって泣いていなかったでしょう?』
「確かに泣いてはいなかったが、辛そうに見えることが何度かあったように思う」
『ならその時に抱き寄せて、耳許で愛の言葉でも囁いてくれたら良かったのに』
「君はまた……当時は職務中だった。その後に探したが見つからなかったんだ」
ちょっっっ……また、そんな大事なこと今になって小出しに言うの止めて? 当時それを知っていたら両手を広げて全身で視線を受け止めたのに勿体ない!
どうせ身体目当ての気持ち悪い視線か、子猫の嫉妬の眼差ししかないだろうと周囲を気にしていなかったわ。
『冗談よ。探していてくれただけで嬉しいわ』
「……そうか」
『ええ。とっても嬉しい』
実際は“とっても”どころか“とっっっても゛!!”よ。あの絡み付いてくる視線のどこかに、ダーリンの眼差しが混じっていたのに気付かないなんて、なんたる失態。
これまで自分のことを執着強めで良識のない、不純で変質的な女だと思っていたけれど、推しの利き視線も出来ないなんてまだ可愛げがある変態だったみたいね。
――というか、そもそも私が彼の視界に入っていられた時間なんて、お客が私を見つけるまでの僅かな時間で。たぶん直後に特別室に連れ込まれていただろうから、その後はホールで見かけなくて当然なのに。
ああ、私を探してホールをキョロキョロしたりしてたのかしら? もしもそうだったら私が捕まえて空き部屋に連れ込んで押し倒……あら、まぁ。今さら成人指定の妄想を習得しても遅いわよ。それに不覚にも不真面目な自分にホッとしてしまったじゃない。
『貴男のそういう不器用で生真面目で、残酷に優しいところが……好ましいわ』
「褒められている気があまりしないが」
『あら、それは当然ね。褒めてないもの。詰っているのよ、お馬鹿さん』
私があざとく頬を膨らませてそう言えば、彼の眉間の皺が深さを増した。あ、待って待って、違うのよ? 危うく普通に【愛してる】とか口走りそうになったから焦ったの。気分を害さないで。
『ええ、と……ほら、そう、あれよ! せっかく私が持ってきた情報を使ってる様子がないから、ちょっと気が急いているの。十二人も紹介したのよ? いくらまだ婚約中だからってその優しさはいらないわ。どのご令嬢も素敵なのだから、いつ婚約を申し込んでくる人が現れないとも限らないの。お分かりかしら?』
反論を許さない勢いでそう捲し立てると、彼は私を見つめて数度瞬きを繰り返した。急にお説教が始まって驚いているのね。そんなところも可愛いわ。
『だから、オススメ令嬢の紹介は一旦休止。今夜はもう遅くなってしまったから帰るけど、次回からは女性に話しかける方法を教えてあげるわチェリーちゃん』
またも余計な一言がポロッと口をついて零れ落ち、言葉を失っていた彼が「……君な……」と呆れた顔をしたところでパッと身体を離す。今の失言は一晩寝て忘れて。
『それじゃあ、また明日の深夜十二時に会いましょうね。良い夢を!』
まだ何か言いたそうな彼を残して、一刻も早く不埒な妄想ができるようになったか確かめるべく闇に溶けた。
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