◆悪役霊嬢は深夜十二時、推しの上で愛を囁く◆

ナユタ

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*10* 心が温度差で風邪をひきそうよ。

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 十三日目の深夜十二時。

 見下ろす先にはこちらを見上げる彼。
 ええ、今夜も安定感のある愛おしさね。
 死ぬまで推せるわ……って、それだとあと少しじゃない。

 そんな短期間じゃあ足りないわね。こうなったらもう死んでも推すわ。同担拒否の過激派だから地獄向こうで布教活動はしないけど。

 ――と、いうわけで。

『さあ、昨夜は可愛い知りたがりさんのせいで情報提供ができなかったから、今夜は先に教えてあげるわね?』

 ベッドの上に仰向けに眠る彼の腰を跨ぎ、胸が強調されるように手をついて座る。間違いなく彼が好まないはしたなさを演出することで、昨夜のように質問しようという気を削がせる完璧な作戦!

 前日は彼が気まぐれに質問したがってきたから調子を崩されたけれど、今夜はそうはさせないわ。イケる。イケるわ。この姿が本来私の通常運転だ――。

「昨日のことで分かった。俺達はもっとお互いのことを知るべきだ」

『もの゛!』

「急にどうした、大丈夫か?」

『んんん゛!』

「おい、本当にどうした? どこからその野太い声が……と言うよりも、今のは君にとってそんなに嫌な提案だったのか?」

 最悪……思ってもみなかった感動の瞬間に思わず汚い声が出てしまった。これ以上みっともない声を漏らすまいと唇を引き結んで首を横に振るけれど、もうすでに泣きそうだ。

 でも下から見上げてくる彼の眉間から一瞬だけ皺が消えた。何それずるい。最高。本当にそういうところだぞダーリン。好きよ。

「ああ、そうか――……配慮が足りなかった。心配せずとも君が苦労して持ってくるご令嬢達の情報はちゃんと聞こう。それなら構わないか?」

それはそれで複雑そんな心配は結構よ

「何だって?」

『あら、ごめんなさい。何でもないわ』

 ~~あっっっぶない! 何でも大アリのアリよ!!

 本音と建前が喧嘩して裏返ってしまったじゃないの。誰なの、堅物な彼にこんな素敵な……もとい、余計な入れ知恵をしたのは。教会が放った悪魔払い? 

 もしもそうだとしたら簡単に退治されてなんてやらないわ。私と彼の逢瀬を邪魔するつもりなら、淫魔になって国中の聖職者を堕落させてやるから!

 それとも単純に私が気付かなかっただけで、もう本体の心臓が止まってお迎えが来ているとか? だとしたらこれは最後に見る甘い夢だけど……霊体で夢を見るだなんて、今更ながらに私ったら執念が凄いわね。

 ふとそれならと思い立ち昇天しかけている魂を連れ戻そうと、自分の頬に平手打ちを試みたけれど。当然期待するような手応えはなく、大きく振り抜いた右手は無情にも空を切った。

「アメリア嬢、さっきから本当にどうしたんだ? もしや本体の方に何か異変でもあったのか?」

 誰のせいでこんな奇行を取っていると思っているのよ……とは流石に言えない。恨めしい気持ちでチラリと見下ろせば、彼は鷹のように鋭い視線で私を見つめていた。そんなに熱心に見つめてくれるなら、冷えきった屋敷のベッドの上ではなくて、このままここで死にたい。

『ふふ、なぁにそれ。もしも本体が死にそうになっていると教えたら……貴男は私の枕元に駆けつけて、息の根が止まる瞬間を見ていてくれるの?』

 下らないことを考えていたら、また可愛げのない八つ当たりが飛び出した。昨日の今日で少しも懲りない自分が怖い。ここまで学習能力がなかったかしら?

 恐る恐る彼の顔を見下ろせば、相変わらず冗談の通じなさそうな精悍な表情でこちらを見つめている。唇はまだ素直に蜂蜜で手入れしているのね、食べちゃいたいくらい美味しそう……じゃなくて我慢よ、痴女。今度こそ働いて学習能力。

「アメリア嬢――、」

『今夜のオススメ令嬢は二夜分の二本立てよ。バーク男爵家の三女と、トラッド子爵家の長女ね。前者は賑やかなビックリ箱みたいな十八歳だけど、お茶を淹れたり詩を諳じることが得意なの。彼女と結婚したら落ち込む暇もないと思うわ』

 同情からくる優しい言葉なんて聞きたくないの。助けにならない言葉なんてただのゴミじゃない。

 そんなものをもらうくらいなら、いっそ自分からこの身体に染み付いた汚い経歴を貴男にぶちまけて、心底軽蔑されたまま絶望の中で一人で死にたい。そうしたら、貴男の中に愚かな女の記憶として残れるかしら。

 あの父のことだから、恐らく本体の方は眠っていても商品として扱われているだろう。階段から落ちたとき、身体の半分は無事そうだった。

 ああ、変ね。今更そんなことを考えたって無駄でしょう? 幸せよ。今が一番幸せなの。幸せだから……寂しいわ。

『後者はまたお姉様系の三十歳おっとり美女。婚期が遅れたのはご両親の病気のせいで、看病してる間に適齢期が終わっちゃったの。ご両親はすでに身内から跡取りになる養子をもらっているけれど、適齢期がすぎてしまった娘の結婚のために、持参金をかなり頑張って捻出するつもりのようね。家族仲が良好な証拠』

 私がやつれて使い物にならなくなったら棺桶に詰めて地中にポイ。親不孝な娘を亡くして悲しみにくれた家族を演じて、お悔やみの心付けとして常連客達から口止め料をもらうのよね?

 身体の使い道としては鯨以上に余すところがないのかもしれないわ。人間的には底辺なのに、資源としては優秀なのね。

 ただどうしたことなのか、情報を聞いている彼の視線がどんどん険しくなっていく。一方でその瞳は困ったように揺れていた。いったいどうしたのかと訝かしんでいると、不意に彼が「泣くな」とポツリ。

 聞き間違いかと思って小首を傾げると、彼はさらに「君が泣いても今の俺には拭えない」と続けた。

 ちょっ……と待って何なのそれ。これだから天然物は怖いのよ。今のこの場面でその台詞の選び方って……本体の心臓がギュンッてなったじゃない。急遽新しい殺し文句集に採用します。

『ふ、ふふふぅん? こういうのが好みなのね。ちょっと物思いに耽って見せただけでそんな言葉をくれるなんて初心な人。それじゃあ参考に入れるとして、明日の深夜十二時に会いましょうね』

 さっきまでの鬱思考なんてゴミ箱行きよ。やっぱり何の間違いでも勘違いでもなくて、今が一番幸せだったわ。
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