◆悪役霊嬢は深夜十二時、推しの上で愛を囁く◆

ナユタ

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★5★ 霊体になった婚約者。

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 アメリア・バートン子爵令嬢。またの名を“社交界の黒真珠”と讃えられる美貌を持った悪女。夜会があるたび、舞踏会があるたび、その場に居合わせる男達の目を惹き付けて風紀を乱すのは、決まって彼女だった。

 艶やかな夜色の髪が白磁の肌を一層引き立たせ、少女と悪女を併せ持つ美貌で男を誘い、豊かな肢体で誑かす。どんな堅物であろうとも彼女の紫水晶のような瞳に見つめられ、薔薇の花弁のような唇で囁きかけられれば籠絡する――……と、噂される魔女のような女性。

 爵位が低いものの騎士団に籍を置き、毎回平民の部下達を持つ俺の目の上の瘤で頭痛の種だったのだが……そんな魔性が次の標的に定めたのは、何故か金も地位も権力も容姿もない俺だった。

 もともと彼女の動向を気にはしていた。しかし理由は至極単純に、彼女一人の周囲を見回るだけで不埒な輩を検挙できるからだ。

 とはいえ夜会で見かける彼女は、いつも高位貴族の男達に囲まれて艶やかに笑っていたが、ふとした瞬間何かに怯えるように身を捩り、どこか心細そうな顔をしていた。

 その理由が分からず時々視線で追う程度に気にはかけていたものの、そこに色恋のような特別な感情があったわけではない。少し彼女に気を払うだけで職務が円滑に進むのであれば、それに越したことはなかった。

 そしてそんな均衡が崩れた理由もやはり、彼女が一人の隙を狙って空き部屋に連れ込もうとしていた男を取り締まったせいだった。相手は伯爵家の人間だったせいもあり散々『男爵風情が!』と悪態をつかれたが、治安維持という職務に従事する身である。

 最終的に男を部下に引き渡し、震えていた彼女に『これに懲りたなら、もうあまり派手な振る舞いは止めた方がいい』と言ったのだが――。
 
『“権力に怖じ気づかないなんて素敵。ねぇ……貴男、私の婚約者になって下さらない? もしも婚約してくれるなら、私これからずっと良い子でいるわ”』

 そんな馬鹿みたいなことをうっとりと男を手玉に取る声音で囁かれたものの、その場は『お断りさせて頂こう』と拒否した。進んで危険な者を懐に招き入れるつもりはない。だというのに――自分に靡かない男が存在することが、彼女には許せなかったのだろう。

 その翌日から彼女の異様な付き纏いが始まり、街での治安の活動中や夜会での警護中だけでなく、職場や屋敷にまで彼女は現れた。時には俺と挨拶を交わしただけの令嬢を言葉で攻撃し、こちらの身体に触れてくる腕を振り払えば他の男を誑かして騒ぎを起こす。

 だが一種の狂気を感じさせるその行動の数々は、不思議なほどに痛々しく感じた。しかしそれでも仕事の邪魔には違いなく、同僚や部下からの苦情の末に折れる形で婚約者になることを承諾して――……たった三週間後に今回の事件だ。

 そして婚約者が事故にあった挙げ句、奇妙な夢まで見た翌日、屋敷に一通の封書が届いた。宛名はアラン・レイモンド……俺宛だ。差出人はバートン子爵家。

 こうなると開封せずとも中身を当てることは容易く、ペーパーナイフを滑らせて取り出した中身は案の定、彼女との婚約破棄を願い出るバートン子爵の短い手紙と、婚約破棄に必要な書類だった。

 しかし人目がない場所での事故であることから事件性も考えられる。俺はひとまずその申し出を断った。あれほど迷惑であったのに、何故か受け入れる気になれなかったのだ。

 それからも彼女は深夜十二時になると金縛りにした俺の上に陣取り、毎晩自身が見繕ってきたという新しい婚約者を紹介してくる。そんな時の彼女は今まで見たこともないほど無邪気で素直だ。まるでそれが本来の彼女の気質のようにも見えるほどに。

『また明日も、深夜十二時に会いましょうね』

 ――俺はいったい、この奇妙な婚約者の何を見落としているのだろうか?
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