6 / 25
★5★ 霊体になった婚約者。
しおりを挟むアメリア・バートン子爵令嬢。またの名を“社交界の黒真珠”と讃えられる美貌を持った悪女。夜会があるたび、舞踏会があるたび、その場に居合わせる男達の目を惹き付けて風紀を乱すのは、決まって彼女だった。
艶やかな夜色の髪が白磁の肌を一層引き立たせ、少女と悪女を併せ持つ美貌で男を誘い、豊かな肢体で誑かす。どんな堅物であろうとも彼女の紫水晶のような瞳に見つめられ、薔薇の花弁のような唇で囁きかけられれば籠絡する――……と、噂される魔女のような女性。
爵位が低いものの騎士団に籍を置き、毎回平民の部下達を持つ俺の目の上の瘤で頭痛の種だったのだが……そんな魔性が次の標的に定めたのは、何故か金も地位も権力も容姿もない俺だった。
もともと彼女の動向を気にはしていた。しかし理由は至極単純に、彼女一人の周囲を見回るだけで不埒な輩を検挙できるからだ。
とはいえ夜会で見かける彼女は、いつも高位貴族の男達に囲まれて艶やかに笑っていたが、ふとした瞬間何かに怯えるように身を捩り、どこか心細そうな顔をしていた。
その理由が分からず時々視線で追う程度に気にはかけていたものの、そこに色恋のような特別な感情があったわけではない。少し彼女に気を払うだけで職務が円滑に進むのであれば、それに越したことはなかった。
そしてそんな均衡が崩れた理由もやはり、彼女が一人の隙を狙って空き部屋に連れ込もうとしていた男を取り締まったせいだった。相手は伯爵家の人間だったせいもあり散々『男爵風情が!』と悪態をつかれたが、治安維持という職務に従事する身である。
最終的に男を部下に引き渡し、震えていた彼女に『これに懲りたなら、もうあまり派手な振る舞いは止めた方がいい』と言ったのだが――。
『“権力に怖じ気づかないなんて素敵。ねぇ……貴男、私の婚約者になって下さらない? もしも婚約してくれるなら、私これからずっと良い子でいるわ”』
そんな馬鹿みたいなことをうっとりと男を手玉に取る声音で囁かれたものの、その場は『お断りさせて頂こう』と拒否した。進んで危険な者を懐に招き入れるつもりはない。だというのに――自分に靡かない男が存在することが、彼女には許せなかったのだろう。
その翌日から彼女の異様な付き纏いが始まり、街での治安の活動中や夜会での警護中だけでなく、職場や屋敷にまで彼女は現れた。時には俺と挨拶を交わしただけの令嬢を言葉で攻撃し、こちらの身体に触れてくる腕を振り払えば他の男を誑かして騒ぎを起こす。
だが一種の狂気を感じさせるその行動の数々は、不思議なほどに痛々しく感じた。しかしそれでも仕事の邪魔には違いなく、同僚や部下からの苦情の末に折れる形で婚約者になることを承諾して――……たった三週間後に今回の事件だ。
そして婚約者が事故にあった挙げ句、奇妙な夢まで見た翌日、屋敷に一通の封書が届いた。宛名はアラン・レイモンド……俺宛だ。差出人はバートン子爵家。
こうなると開封せずとも中身を当てることは容易く、ペーパーナイフを滑らせて取り出した中身は案の定、彼女との婚約破棄を願い出るバートン子爵の短い手紙と、婚約破棄に必要な書類だった。
しかし人目がない場所での事故であることから事件性も考えられる。俺はひとまずその申し出を断った。あれほど迷惑であったのに、何故か受け入れる気になれなかったのだ。
それからも彼女は深夜十二時になると金縛りにした俺の上に陣取り、毎晩自身が見繕ってきたという新しい婚約者を紹介してくる。そんな時の彼女は今まで見たこともないほど無邪気で素直だ。まるでそれが本来の彼女の気質のようにも見えるほどに。
『また明日も、深夜十二時に会いましょうね』
――俺はいったい、この奇妙な婚約者の何を見落としているのだろうか?
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢を追い込んだ王太子殿下こそが黒幕だったと知った私は、ざまぁすることにいたしました!
奏音 美都
恋愛
私、フローラは、王太子殿下からご婚約のお申し込みをいただきました。憧れていた王太子殿下からの求愛はとても嬉しかったのですが、気がかりは婚約者であるダリア様のことでした。そこで私は、ダリア様と婚約破棄してからでしたら、ご婚約をお受けいたしますと王太子殿下にお答えしたのでした。
その1ヶ月後、ダリア様とお父上のクノーリ宰相殿が法廷で糾弾され、断罪されることなど知らずに……

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる