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*4* これよ、これこれ!
しおりを挟む五日目の深夜十二時。
今夜はよっぽど疲れていたらしく、お風呂上がりに座り込んだソファーの上でうたた寝中の彼の膝上に訪問中。別に卑猥な表現ではなく、感じとしては熱愛中の恋人同士みたいに彼の膝に横座りしている。
「また君か。隣が空いているのにどうして膝に座る必要がある」
『うふふ、いいじゃない。ここに座りたかったのだもの。もしかしなくても、今が一番幸せだわ』
だってもう控えめに言っても特・等・席!! じゃない?
我ながら素晴らしい格好ね。彼からの同意がないことを除けば完璧だわ。うっとりと少し無精髭の生えた横顔を凝視していたら、彼から「今日は……髭を剃るのを忘れた。あまり見ないでくれ」と言われた。
え……何それ、可愛いがすぎませんか? むしろそのチクチクした感触を指先で味わえないのが心底悔しいんですけど? それどころか頬擦りし――……んん、これは自重。霊体でも彼に対してそんな破廉恥なことをしては駄目よ。
『あらあら、私の元・婚約者様は自意識過剰で可愛らしいわね』
脱げかけていた悪女らしさを総動員して被り直し、にやけそうになる唇を微笑の角度で持ち堪えさせた。彼がムッとした様子で眉間に寄せる皺にときめく。そんな性癖はなかったはずなのだけれど、こう……彼の感情を揺さぶるのが自分だと思うと、歪んだ幸福感に満たされるのだ。
『今夜もお疲れみたいだから、早速本題に入るわね』
ふわふわとした心地のままそう切り出しても、彼は唇を引き結んだまま答えない。無駄話で労力を使わないようにするのね。正しい反応だわ。
『今日のオススメ令嬢はガリアーノ男爵家の五女よ。あの子は男勝りなふりをしてるけど、存外乙女ね。昔好きだった男に心ないことを言われたらしいわ。着飾らせたい侍女達の噂話に聞き耳立てといて正解。自信を取り戻させたらああいう子ほど化けるのよ。憶えておくと良いわ』
「五女……?」
あらら、もう無駄話に付き合ってくれるつもりなのね。ちょっとだけそれを期待して選んだ人選だったとはいえ、素直がすぎるのではないかしら? でもそこがまたいいのだけれど。
『ああ、安心して。あのお家はご夫婦仲がとてもよろしいから、子供の歳が近いのよ。二男五女の大家族。だから五女とは言っても、もう去年デビュタントを終えているわ』
「俺は今年で二十五だぞ」
『元・婚約者ですもの。それくらい知っているわよ。でも十歳差なんて貴族では普通じゃない。将来若い奥さんを自慢できるわ』
「馬鹿馬鹿しい。年齢を重ねることの何が駄目なんだ?」
心底嫌そうな表情で吐き捨てる彼にまたもときめく。それに今夜はまだ一度も“そうか”と言われていないけれど、その分たくさん会話が続いている。もっとこの幸福な時間を引き延ばしていたいけど――……。
『今夜の情報は以上よ。唇がかさついているから、蜂蜜を塗ってもう寝た方が良いわ。いつどこでご令嬢に口付けることがないとも限らないのよ?』
「人を性犯罪者のように言うのは止めてくれないか」
口付け一つで性犯罪者! 何て潔癖な考え方なの!!
ああ、もう本当に堅実で素敵すぎる。彼の口付けを受ける令嬢は何て幸せ者なのかしら。絶対に貴男に相応しい身持ちの堅い子を見つけてあげるわね。だから毎晩眠ったあとにこっそり寝顔を堪能するのは許して。
『うふふふふ、口付けだけでその反応? まさかとは思うけれど、子供の作り方はご存じよね?』
悪女っぽくしなだれかかってそう囁けば、彼は物凄く嫌そうな表情でこちらを睨む。けれどとても不思議なことに、その瞳に蔑みの色は一欠片も見えない。悟りの境地か何かなのかしら? 商売柄そういうのに敏感な私にとって、それは理解の及ばない次元だ。
『まぁ、そういうのは私が心配してあげることでもないわね。それじゃあまた明日も良い情報を持ってくるから、深夜十二時に会いましょう?』
そう言って彼のかさつく唇をなぞった指先で自分の唇を一撫でしたら、ようやく彼が今夜最初で最後の「そうか」をくれた。あんまり嬉しくて空気に溶ける瞬間うっとりと笑ってしまったけれど。
大丈夫、大丈夫。きっとお得意様に向ける営業用の微笑みと、そんなに大差はないはずだもの。
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