◆悪役霊嬢は深夜十二時、推しの上で愛を囁く◆

ナユタ

文字の大きさ
上 下
5 / 25

*4* これよ、これこれ!

しおりを挟む

 五日目の深夜十二時。

 今夜はよっぽど疲れていたらしく、お風呂上がりに座り込んだソファーの上でうたた寝中の彼の膝上に訪問中。別に卑猥な表現ではなく、感じとしては熱愛中の恋人同士みたいに彼の膝に横座りしている。

「また君か。隣が空いているのにどうして膝に座る必要がある」

『うふふ、いいじゃない。ここに座りたかったのだもの。もしかしなくても、今が一番幸せだわ』

 だってもう控えめに言っても特・等・席!! じゃない?

 我ながら素晴らしい格好ね。彼からの同意がないことを除けば完璧だわ。うっとりと少し無精髭の生えた横顔を凝視していたら、彼から「今日は……髭を剃るのを忘れた。あまり見ないでくれ」と言われた。

 え……何それ、可愛いがすぎませんか? むしろそのチクチクした感触を指先で味わえないのが心底悔しいんですけど? それどころか頬擦りし――……んん、これは自重。霊体でも彼に対してそんな破廉恥なことをしては駄目よ。

『あらあら、私の元・婚約者様は自意識過剰で可愛らしいわね』

 脱げかけていた悪女らしさを総動員して被り直し、にやけそうになる唇を微笑の角度で持ち堪えさせた。彼がムッとした様子で眉間に寄せる皺にときめく。そんな性癖はなかったはずなのだけれど、こう……彼の感情を揺さぶるのが自分だと思うと、歪んだ幸福感に満たされるのだ。

『今夜もお疲れみたいだから、早速本題に入るわね』

 ふわふわとした心地のままそう切り出しても、彼は唇を引き結んだまま答えない。無駄話で労力を使わないようにするのね。正しい反応だわ。

『今日のオススメ令嬢はガリアーノ男爵家の五女よ。あの子は男勝りなふりをしてるけど、存外乙女ね。昔好きだった男に心ないことを言われたらしいわ。着飾らせたい侍女達の噂話に聞き耳立てといて正解。自信を取り戻させたらああいう子ほど化けるのよ。憶えておくと良いわ』

「五女……?」

 あらら、もう無駄話に付き合ってくれるつもりなのね。ちょっとだけそれを期待して選んだ人選だったとはいえ、素直がすぎるのではないかしら? でもそこがまたいいのだけれど。

『ああ、安心して。あのお家はご夫婦仲がとてもよろしいから、子供の歳が近いのよ。二男五女の大家族。だから五女とは言っても、もう去年デビュタントを終えているわ』

「俺は今年で二十五だぞ」

『元・婚約者ですもの。それくらい知っているわよ。でも十歳差なんて貴族では普通じゃない。将来若い奥さんを自慢できるわ』

「馬鹿馬鹿しい。年齢を重ねることの何が駄目なんだ?」

 心底嫌そうな表情で吐き捨てる彼にまたもときめく。それに今夜はまだ一度も“そうか”と言われていないけれど、その分たくさん会話が続いている。もっとこの幸福な時間を引き延ばしていたいけど――……。

『今夜の情報は以上よ。唇がかさついているから、蜂蜜を塗ってもう寝た方が良いわ。いつどこでご令嬢に口付けることがないとも限らないのよ?』

「人を性犯罪者のように言うのは止めてくれないか」

 口付け一つで性犯罪者! 何て潔癖な考え方なの!!
 
 ああ、もう本当に堅実で素敵すぎる。彼の口付けを受ける令嬢は何て幸せ者なのかしら。絶対に貴男に相応しい身持ちの堅い子を見つけてあげるわね。だから毎晩眠ったあとにこっそり寝顔を堪能するのは許して。

『うふふふふ、口付けだけでその反応? まさかとは思うけれど、子供の作り方はご存じよね?』

 悪女っぽくしなだれかかってそう囁けば、彼は物凄く嫌そうな表情でこちらを睨む。けれどとても不思議なことに、その瞳に蔑みの色は一欠片も見えない。悟りの境地か何かなのかしら? 商売柄そういうのに敏感な私にとって、それは理解の及ばない次元だ。

『まぁ、そういうのは私が心配してあげることでもないわね。それじゃあまた明日も良い情報を持ってくるから、深夜十二時に会いましょう?』

 そう言って彼のかさつく唇をなぞった指先で自分の唇を一撫でしたら、ようやく彼が今夜最初で最後の「そうか」をくれた。あんまり嬉しくて空気に溶ける瞬間うっとりと笑ってしまったけれど。

 大丈夫、大丈夫。きっとお得意様に向ける営業用の微笑みと、そんなに大差はないはずだもの。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...