◆悪役霊嬢は深夜十二時、推しの上で愛を囁く◆

ナユタ

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◆プロローグ◆

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 ――ドンッ。
 
 何かに背中を押されて階段の最上段から転がり落ちる瞬間、おかしなもので、私は内心歓喜した。これでいつか彼の心に少しでも、自分という愚かな女が居たのだと思い出してもらえると思ったから。

 階段から転がり落ちて強かに床に叩きつけられる身体が衝撃で跳ね、嫌な音を立てた。燃えるような激痛に息が出来ずにいる私の耳に何かを囁く声と、走り去る足音が聞こえたけれど、それだけ。

 犯人なんて誰でもいい。社交界で常に最低で最悪な噂を纏っていた私には、こうなる未来が相応しかった。だけどこれまでの下らない人生の中で、唯一輝く一瞬がある。きっとあの人に出逢うためだけに、私の人生はあったのだ。

「……愛して、る、」

 本当に心から欲した、最初で最後の恋だったから。どの道この汚れた私の手には入らない人だから。

「……愛してる、わ」

 嘘ではないこの言葉を聞かせたいと心底思った、私の初恋。嫌われても良いから隣にいられたらと、少し強引に婚約に漕ぎ着けた罰だろう。だけど短い間だけでも婚約者の肩書きが嬉しかった。

「………………ふふ、」

 本当は声をかけるのにも心臓が破れそうなほど痛くて、遠くからこっそり見つめるだけで幸せで、絶対に嫌われたくなかったなんて言ったって――……ねぇ、貴男は信じてくれないでしょう?

 ――……なんて柄にもない感傷に浸って意識を手放したのだけれど。次に私が目を覚ましたのは、そんな愛しい彼の上だった。見下ろす男が彼でなければ、一瞬あれの最中に死んだのだったかと思うところだわ。

「……アメリア嬢?」

 そう私の名を呼ぶ少し疲れの色が滲んだ顔が徐々に驚きに彩られて、普段は見ることの叶わなかった彼の新しい表情を発見する。それに思い返してみれば、名前を呼ばれたのもかなり久しぶりだった。

『あら、貴男ってば前髪を下ろして眉間の皺がなくなると幼く見えるのね? 神様ってば最後に粋なご褒美をくれるものだわ』

 訳が分からないというように見上げてくる愛しい人の顔を見て、元来欲深い心がふわりと膨らむ。

『ねぇ、貴男。元・婚約者のよしみとして、私が死ぬまでほんのちょっとお付き合い下さるかしら?』

 半分透けた指では掬えないその前髪を撫でながら、私はうっそりと微笑んだ。
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