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壊れた聖女と、悪食の吸血鬼
しおりを挟む夜毎、夜毎、表の世界で火の手が上がる。
かつて愛した者達が、かつて護った者達が。
かつて愛するようにと命じられた存在が、かつて護れと強要された存在が。
見境も慈悲もない暴力の前に為すすべもなく崩れていく。
奪われ尽くして逃げ惑う人々を、魔鏡を通して眺める時間は毎夜とても心地良くて。夜明け前に終わってしまうこのお祭りの観客が、私一人しかいないことが勿体ないと感じるくらい。
私のためだけに用意された見飽きることのない凄惨なお祭りを眺める間に、いつしか鏡の世界が夜明け間近になっていたことに気付き、いそいそと鏡の前から身体をずらした。
すると案の定、振り返った部屋の中心に見る見る内に真っ黒な陰が浮かび上がり、その表面がゆっくりと盛り上がったかと思うと、そこには全身黒づくめの長身痩躯な男性が現れる。
夜色にうねる髪を後ろで軽く結わえ、少し痩けた神経質な面立ちに据えられた紅玉色の双眸が、私を見るなり柔らかく細められる瞬間が好きだった。
「お帰りなさい、ガルフ。ちゃんと今日も、痛めつけて、壊してくれた?」
朧気だったその姿が、しっかりとした輪郭を持ったことを確認してからそう声をかけると、まるで陰そのものの姿をした彼は両手を広げて恭しくその場で紳士の礼をとった。
「ああ……ただいま、ベルティーナ。勿論君が望むまま、今日も奴等を丁寧に痛めつけて壊してきた。明日もまた君が楽しめるように壊しきりはしていない」
「嬉しい、嬉しいわ、嬉しいの。大好きよ、私のガルフ」
望んだ答えを返されて喜びのまま抱きつこうとしたのに、ガルフは困ったように微笑みながら、ポタポタと血を滴らせる大きな外套を脱いで「このままだと君を汚してしまう。先に身を清めてからだ」とつれない返事をする。
それが面白くなくて頬を膨らませて睨みつけるのに、ガルフは笑みを深めて私の額に口付けを落とすだけ。醜く焼け爛れた痕の残る顔に口付けられることが嫌いな私は、両手で彼を押し返す。
その瞬間、掌にベトリと冷たい血の感触を感じて。これで口実を得たとばかりに「もう汚れたから良いわよね?」と抱き付いた。そうすると頭上から呆れたような溜息の音と、それとは真逆の温かな抱擁が私を包み込む。
抱き締められた鼻先にじっとりとした湿り気と、雨に打たれた蝶番のような鉄錆の臭い。大嫌いと大好きの入り混じった臭いに胸が高鳴る。
今にも声を上げて笑い出してしまいたくなる気持ちを抑える代わりに、ギュウッと彼の身体を抱きしめると、ガルフは少しだけ屈んで「困った姫君だ」と私の耳許に囁きかけた。
「良いのよ、良いの。だって私が良い子でいたって、誰も褒めてくれないわ。良い子にしていたのに、あの国の連中は私のことを焼いたもの」
戦争中は勝手に人のことを聖女だ何だと奉り上げて、停戦の協定が結べた途端に戦争が長引いたのは【癒やしの聖女】が悪戯に、戦場にいる兵士を癒やし続けたからだと罰したでしょう?
散々敵国の兵士達に嬲られた後、断頭台に上がった私を見て、祖国の人間は嘆願どころか《魔女めに裁きを!!》と。誰もが声高に叫んだでしょう?
「――良いのよ、良いの。だって、ガルフ。私にはアナタがいてくれるもの」
腹立たしい当時の光景を思い出したことで、未だに消えない怒りで声が震えそうになった。祖国のために戦場に赴き続けた私にあるのは、半身を炎に喰われて残った醜い火傷とガルフだけ。
「……アナタさえいれば、私は平気よ」
鉄錆臭い外套にくるまってそう囁けば、血溜まりの中にあった爪先が床から離れて。浮遊感を感じながら視線を上げると、知らず食いしばって傷ついた唇を割るように、ガルフの舌が滑り込んでくる。
少しだけお互いを確認し合うように絡めた舌は、思い出したように唇に滲んだ血を舐めとり、再び口内へと戻ってきて。貪るように交わす乱暴な口付けにうっとりとしながら、時折触れる彼の牙を愛撫するように舌を絡めた。
「――あんな愚か者共のために、これ以上自分を傷つけないでくれまいか? 今の君は我のものだ。そうだろう?」
興が乗ってくれたのか、口内を泳いでいたその舌を絡ませて、くぐもった声で甘く囁いてくれる彼が愛おしくて。段々と人型から本来の姿に崩れていくその姿を、悪しき者だと教えられたこともあったけれど。
「さぁ……どうかしら? 教えてくれないと忘れてしまうわ」
クスクスと、喉の奥で笑ってみたのに。紅玉の双眸は切なげに眇められて、私を抱く彼の腕の力は一層強くなった。まるでそうすることで応えようとするように。ぐずる子供をあやすように。
「――私がアナタのものだというのなら、ねぇ、ガルフ」
鉄錆の臭いが鼻を刺し、紅玉の双眸が妖しく閃く。声を出さずにその薄い唇が《悪い子だ》と動く様がくすぐったくて、愛おしくて。胸の中に広がる幸福感を堕落だと私に教えた者達が、彼の手にかかって壊されるのが堪らなく嬉しい。
滅びの姿を体現した、私のバケモノ。
赦しを乞うものを討ち滅ぼしてとせがむ私は、いつかの聖女。
愛しい、愛しい、滅びの化身。壊れるくらいに、私を食べて、愛して、赦して、溺れて……どうか、お願い。
「――……独りにしないで……」
溜息のように密やかに零れた私の言葉は、深く貪るような口付けの嵐に、甘く優しく攫われた。
◆◆◆◆◆
――……拾ったのは、ほんの気紛れ。
散々その存在を消費した挙げ句、夜の処刑台にて踊り死ぬ様を所望され、同胞達の手によって火を放たれた聖女は吼えた。
持って生まれた癒しの力と、それに見合った清廉さをかなぐり捨てて《必ず呪い殺してやる!!!》と声高に。闇の中で半身を炎に喰われて叫ぶ様は滑稽ながらに凄絶で。永きを生きるに飽いた心が、微かに震える心地がした。
いまあの夜に拾った二色の肌を持つ彼女が、寝台の上でこちらに腕を伸ばし、ただ幼子のように「もっと」と情をねだる。その姿にかつて人間共が崇拝した神々しさはまるでなく、あるのは堕ち行く果実の爛れた香気。
白銀の髪が寝台に広がり、紫色の瞳が蕩けるように我を見上げる。
抱けば抱くほど、彼女の中に未だ微かに残る神性が我の身体を蝕むものの、我と肌を重ねれば重ねるほど、彼女の神性は損なわれていく。ふと時々どちらが先に息絶えるのかと考えて、考える先から求めてくる彼女の声に応えてしまう。
最初にあったのは真逆にあった存在が、同じ場所まで堕ちてくることへの興味であり、単なる暇潰し程度の享楽だった。しかし今になってみるとどうにも駄目だ。バケモノですら惑わせる抗い難い魅力をもって、しなやかに「独りにしないで」と彼女は鳴いた。
ザラリとした赤茶けた肌を撫で、ツルリとした白い肌に欲望のまま牙を突き立てる。つい先程まで浴びるほどの血の海にいたにもかかわらず、我の食指が動くのは組み敷いた彼女の持つ、魔を弱らせる聖なる血。
飲めば喉が焼け爛れ、のた打つほどに臓腑が痛む。それが分かっていながらも、求めて止まない意味など知れぬ。喉の痛みに喘ぎながらも、胸に、肩に、首筋に。喰らいついてはその血を求めた。
「ひ、いや、あっ……ガルフ、もっと――、」
「ああ……どうした、ベルティーナ。どこか辛いのか? 君の嫌がることを我はしないぞ」
自らを貶めて汚した人の情事を、ベルティーナはことのほか嫌い、ことのほか望む。求めに応えて肌を重ねるうちに、それは我の身体にも馴染んだ。彼女の中に自身をねじ込む感覚は甘美で、背中に立てられる爪の取るに足らない刺激は、非力なベルティーナに対しより強い庇護欲を感じさせる。
「――っ、足りない、の、意地悪……しない、で、」
涙ながらにそう乞う姿に、身体の内側が燃えるようだ。
すべてを赦し癒そうとしたかつての聖女は、最早どこにもいない。
あるのはただ、毎夜暴虐の限りを尽くす我に対する執着心だろう。
寝台が軋む音と、互いが立てる淫靡な水音。整わない獣じみた呼吸が滑稽だが嫌ではない。それに彼女の膣内を我のもので汚した直後は、その血が持つ神性が若干中和されるのか、通常時よりも飲みやすくなる。
今夜の働きですでに喉はカラカラに渇き、彼女の血を求めて疼く。それでも無理矢理に犯しては彼女を貶めた蛆虫共と大差ない。なればこそ――。
「御意のままに我が姫君。ただし……どうか壊れてくれるなよ?」
甘やかすようにゆるりと焦らし、彼女の求めに応じて膣内を強く抉るように攻め立てると、甘い嬌声を上げたベルティーナが背中をしならせた。直後に容赦なく締め付けてくる膣肉の感触に呻き、それでも数度深く突き上げる。
背中に突き立てられた非力な爪が庇護欲と情欲の両者を掻き立て、膨れ上がった欲望を彼女の膣内に吐き出した。絶頂の快楽を逃しきれないでもがくベルティーナの身体を抱え込み、その首筋に牙を突き立てる。
痛みと快楽のない交ぜになった彼女の血は喉に痛く、甘く、芳しい。これが我によって彼女が汚れた対価なのだとするならば、どれだけでも汚してやりたくなる。もっと鳴かせて、求めさせたくなる。
もしもこれが気高い聖女のままであったのなら、我はここまで求めずにいただろう。あの夜、声を限りに叫ぶ姿に魅入られなければ、今の我はこの聖女を得られなかった。
そう思えば悪食の果てに臓腑が焼けるこの痛みも、甘美なものに感じるのだから度し難い。何より彼女を中から穢して作り替える喜びは、いったい何と例えれば良いのだろうか。
一瞬首筋に喰らいついたままぼんやりとそんなことを考えた我の耳許で、かつては対極に立つ存在だった彼女が「もっと、アナタを頂戴、ガルフ」と、切なげに懇願する様は魔性と称して過言でない。
「ベルティーナ……それは大変魅力的な誘いだが、君は少々休んだ方が良い。けれど次に目を覚ましたら、またお相手願うとしよう」
こちらの言葉に口では「まだ、嫌よ、疲れていないもの」と反論するが、重たげに落ちる目蓋は正直だ。そんな姿に苦笑が浮かび、眠りに落ちる彼女の焼け爛れた額に口付けたが……押し退けようとするその手に力はなく、いつしか寝息を立て始めたその寝顔を眺めて目を細める。
今更我が逃がすと思うか、愚かな娘。
内側から壊し、作り替え、生き物の理を全て覆してでも手放すものか。
「――奴等を殺しきったところで、君は我の虜囚だ、ベルティーナ」
そう眠る耳許で囁いた言葉に彼女が淡く微笑んだように見えた理由は、次にその目蓋が持ち上がるまで訊かずにおこう。
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聖女かわいそうだけど、こうならなかったらまだ利用され続けただろうから、致し方なしですね…
めっちゃ刺さる…エロいのもまた良き(*´艸`*)
ガルフさんはヤリ過ぎ(吸血的な意味でw)て、体壊さないようにwww
ずっとラブラブでいて欲しいです(*´ω`*)