渡せなかった手紙

れい

文字の大きさ
上 下
1 / 1

渡せなかった手紙

しおりを挟む


『斜め前の席のあなたへ

こういう時、なんて書き出したらいいか分からないね。

でも心が溢れて仕方なくて、書かずにはいられなかったの。

初めてあなたに会ったのは、三年生の春。

クラスのみんなの前で、素っ気ない自己紹介をしてたのを、何故か今も覚えてます。

初めて話したのは、昼休みに廊下でぶつかった時。
あなたは走り去りながら、一言、わりぃ、とだけ言ったのを、きっとあなたは覚えていないね。

たぶんあなたが私の名前を初めて知ったのは、三回目の席替えの時。
隣の席になって、確認するように私の名前を呼んだ時は、何故だか恥ずかしくて死んでしまいそうだったよ。

たぶんこの時、私は恋に落ちる予感がしてたのです。

それから少しずつ話すようになって、
メールもするようになって、
なんでかあなたにからかわれるようになって。
風邪で休んだあなたに、早く治るといいね、ってメールしたら、ありがとうが文字制限いっぱいに返ってきた時は、一人で顔を抑えてたな。

たぶんもう、好きだったんだね。

学年で一番可愛い子との仲をあなたが男子にからかわれてるのを見て、すごくもやもやしてたこととか。
一人でいる時に嫌い、って呟いてみたり。だけどちょっとのメールのやり取りでやっぱり好きって言ってみたり。

あなたにとってはきっと、なんてことなかった、中身のない電話に、私がどれだけ緊張してたか、知らないでしょう?

隣の席じゃなくなって、でも斜め前にあなたが座ってて、ずっとその少し跳ねた髪を見てしまうの。

前の席のあの子と笑っているのを見ると、黒い気持ちになるの。

私を振り返って笑ってくれるだけで、勘違いしちゃうの。

好きになって、嫌いになって、でもやっぱり好きで、嫌いになろうとして、冷たくしようとして、やっぱり出来なくて、どうしたって好きで。

でも私は臆病で、きっとあなたに伝えられなくて。
この感情をどうしようもなくて文字にしてみたけど、たぶん渡す勇気なんてなくて。

だから、あと半年。
卒業してしまう時までにきっと覚悟を決めるから。

その時まで、待っててください』

俺は黄ばんだその紙を、最後の文を読み終えてもじっと見つめていた。
膝の上には卒業アルバム。挟まっていたのを偶然、見つけたのだ。大掃除の時は、思い出に耽ることに没頭しがちだ。
だけどまさかこんなものが出てくるとは、思いもよらなかった。

「ねぇちょっと、アルバムばっかみてないでちゃんと掃除を――」

少し開いていたドアの隙間から、嫁が顔を覗かせる。
床で胡座を書いたまま振り返った俺と目が合って、だけどすぐさまその目は俺の手元に注がれた。

「ちょ、ちょっと!!なんでそんなの見てんの!!!!」

持っていた雑巾を放り出し、嫁は俺の背中から手紙を奪おうと勢いよく覆いかぶさる。
破れそうな乱暴な手付きで奪われた手紙を、嫁は顔を真っ赤にして、胸の前でぎゅっと両手で抱えた。

「なんでって、挟まってたから」

「うるさい!!掃除しなさい!!!!」

嫁は手紙を掴んだまま、肩を上げて扉の向こうへ消えた。
どすどすというやたら大きな足音が階段を降っていく。
俺は嫁を追いかけて、階段の上から、なぁ、と声をかけた。

「俺も覚えてるぜ、お前のやたら声震えてた自己紹介」

見下ろした嫁は顔をさらに真っ赤にさせて、潤んだ目で俺を睨んだ。

「うるさい!!バカ!!嫌い!!!!」

「何言ってんだよ、昔から大好きなくせに」

相変わらず足音を鳴らしながら階段の向こうへ消えた妻を追いかけて、俺は悠々と、上機嫌で階段を降る。

降った階段を曲がった先。顔面に濡れ雑巾が飛んでくるまで、あと三秒。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

婚約者とその幼なじみがいい雰囲気すぎることに不安を覚えていましたが、誤解が解けたあとで、その立ち位置にいたのは私でした

珠宮さくら
恋愛
クレメンティアは、婚約者とその幼なじみの雰囲気が良すぎることに不安を覚えていた。 そんな時に幼なじみから、婚約破棄したがっていると聞かされてしまい……。 ※全4話。

先輩の奥さんかわいいからもらったんですけど何か?

ヘロディア
恋愛
先輩の妻とあってはいけない関係を作ってしまった主人公。 美しすぎる人妻とお互いを求め合っていく。 しかし、そんな日はいつか終わりを迎えるのであった…

膝上の彼女

B
恋愛
極限状態で可愛い女の子に膝の上で…

(完結)姉と浮気する王太子様ー1回、私が死んでみせましょう

青空一夏
恋愛
姉と浮気する旦那様、私、ちょっと死んでみます。 これブラックコメディです。 ゆるふわ設定。 最初だけ悲しい→結末はほんわか 画像はPixabayからの フリー画像を使用させていただいています。

飲みに誘った後輩は、今僕のベッドの上にいる

ヘロディア
恋愛
会社の後輩の女子と飲みに行った主人公。しかし、彼女は泥酔してしまう。 頼まれて仕方なく家に連れていったのだが、後輩はベッドの上に…

処理中です...