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クラスメイトの生態観察
しおりを挟む一か月もすれば、クラスは少しずつ落ち着き始めていた。
お互いの顔は分かるし、名前も苗字だけなら分かる。
何より、退屈な授業と、部活動が高校生の学校での時間を占める大半だ。内容は違えど、一年してきたこととそんなに大差はない。
徐々に見え始めるヒエラルキーも、今のところ問題はい。席が一番後ろということもあって、私の周りの空間は広く、休み時間には誰よりも、人が集まりやすくなっていた。
平和で穏やかな学生生活。あと数週間したら、体育祭の準備が始まるが、それまでは基本ゆったり過ごせる。
さぁ、と横髪を揺らした風に、私は板書を写す手を止めて、カーテンの揺れる窓を見た。
ごめん、今のは半分嘘だ。見ていたのは確かに窓に違いないが、意識は左隣の彼女へ向いていた。
彼女にも先生にもばれないうちに、私は再び板書を写し始める。
見やすいように、私は流れる左の横髪を耳にかけた。
彼女について、分かってきたことがある。
まず学校では基本手袋を外さないこと。手袋をしていても、公共物に触る時は少しだけ眉を寄せがちである。やっぱり極力、触りたがらない。
家は学校から歩いて20分くらいのところらしいがわざわざ入学に合わせて歩ける範囲に引っ越してきたらしい。
あとは必ずお弁当を持ってきていること。我が校は学食も併設されているのだが、どうやら見ず知らずの人間が作ったものは、口にできないようだった。一年生の家庭科は縫物だったから良かったものの、今年は調理実習がある。どうするつもりなのだろう。中学が一緒だった子が言うには、昼休みにこっそりトイレで戻していたという噂もあったらしい。またそうするのだろうか。
あとは何だろう。そうだな、運動は平均すると並みくらいだ。運動神経はあるみたいだが、体力が先に底を尽きるようで。体力テストで、100m走は結構早かったのに、2kmの持久走は最後のほうは歩いた方が早いのではと思うほど遅かった。彼女は体力がない。
勉強は、去年クラスが同じだった子に聞けば結構できるほうで、数学と理科が得意。現代文は少し苦手のようだ。現代文に関しては、筆者の思いを述べよ、なんてのは、私も苦手だから正直人のことは言えない。
ああ、あと、大事なことを言い忘れていた。彼女は思っていたよりも、フレンドリーな一面があることも分かったのだ。
どことなく引かれた一線はまだ感じるが、話しかければ普通に応じてくれる。時折笑ったり、表情も思ったより豊かだ。
たぶん、彼女の引く見えない一線は私の席ぎりぎりのところにある。だから、お互いに席に座った状態では、正直普通の同級生と何ら変わりはなかった。
最初にそれをぶち破ったのは私だ。ダンス部が休みだった、ある日の放課後。
「今日部活ないからさー、スタバ寄ってかない?」
「あ、いいねー。行く行く、新作のいちごのやつ、飲みたい」
後ろから抱き着いてきた、元クラスメイトのダンス部の子を、肩越しに私は振り返る。
やったーと頭を擦りつけてくる友達の髪が、首とシャツの間に入って私はくすぐったさに肩を竦めた。
たぶんタイミングが良かったのもある。隣の席の彼女が立ち上がったので、思わず私は声をかけたのだ。
「ねぇ、一緒に行く?」
え、と二つの声が被った。私の腰にまだ抱き着いていた友達のものと、帰ろうとしていた彼女のもの。
一瞬しまった、と思ったが、引くのはもっと変だ。私はどう?、と親しみを込めて首を傾げた。
友達は何も言わずに見守っている。人見知りはしない性格だったと思うが、彼女が相手だとやはり少し勝手が違うようで、後押しする声をかけようとはしない。
えっと、と彼女は、少し困ったように笑って、カーディガンの裾を握った。
今にして思えば、私はたぶん、彼女を無理やりにでも引っ張っていくべきだったのだ。
「今日は用事があるから、ごめんね、また今度」
そう言うと、彼女は足早に帰っていった。たぶん気を遣わせた。私にじゃない、私の友達にだ。そういうつもりじゃなかったんだけど、と私は口を尖らせて、指で頬を掻いた。
振られちゃったよ、と私はまだ腰に抱き着いている友達に笑う。友達はよく分からない、とでも言いたげに私の肩の上で首を傾げた。
私はなるべくゆっくりと帰る支度をして、友達を腰から剥がす。友達はあー、と文句を言ったが、そのまま手を繋いで歩き出すと嬉しそうに隣に並んだ。
新作のいちごのフラペチーノは、ピンクと白のかわいい写真映えするものだった。
友達は、抹茶のフラペチーノを注文している。昔からこの友達は抹茶に目がない。
二人で顔を寄せ合って、ピンクと緑を互いの頬にくっつけて写真を撮る。
友達が投稿したSNSを、私はいいねしてからスマホを机に伏せた。
「さっきさ」
「ん?」
ストローに口をつけたまま、視線を上げる。
抹茶フラペチーノのストローを指で持ったまま、友達は不思議そうな顔でこちらを見ていた。飲まないのだろうか。
「溶けるよ?」
「あの子、仲良くなったの?」
そういうと、気まずそうに抹茶フラペチーノを飲み始めた。たぶん聞きたかったのを我慢していたのだろう。私の友達はいい子だ。
よしよしと俯く友達の頭を撫でて、私は笑った。
「席が隣だから、少しだけね」
そっか、と友達は黙って頭を撫でられていた。
まだ何か言いたげな感じだ。私はその柔らかいほっぺたを片方つまんで、どうしたのー、と笑った。
「…ダンス部の子が言ってた」
「うん、なんて?」
「あの子、何考えてるか分かんないね、って」
「へぇ」
「あんまりしゃべらないし」
「うん」
「いつも一人みたいだし」
「そうだね」
私の相槌に導かれるように、友達はぽろぽろと零し始める。
人と線を引き、自分の内を見せない彼女は、どうやら他者には恐怖心を与えているようだった。
この友達にもその恐怖心が伝播して、植え付けられているようだ。
そうか、理解できないものを、知りたいと思う人間と、怖い、と思う人間がいるものだよなぁ。
私は甘い、いちごのフラペチーノを吸った。冷たい。
「いじめられたりしないでね」
「あはは、高校生にもなって、それはないでしょ」
心配そうに漏れた言葉を、私は笑い始めた。
大丈夫。私は世渡りが上手いはずだ。上手くやれる。
結露でびちゃびちゃになった手を、えい、と友達の首に当てると、小さな悲鳴とが上がったので、私は思った通りの反応に笑わざるを得なかった。
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