72 / 86
最終章
水入らずのズコットケーキ
しおりを挟む
◇
「あのコートにはやっぱりこちらの帽子の方が合うかしら?どう思われますか?お母様」
「そうねぇ、いいんじゃないかしら」
コンフィーネ第3地区にある、主に子供用の服飾品を扱っている商店の貴賓室にて、子供用の帽子を手に、ミリアムとタチアナは買い物を楽しんでいた。
常ならば何か物を買う時は仕立て屋や商人を呼び、邸で全て済ませる為、ミリアムはこうして店まで足を運んで買い物をすると言う経験が少ない。そんな事もあって、少し興奮気味にあれこれと商品を選んでいる。
「もう夏も終わりますから、暖かい服や小物も必要ですわね。ふふふ、お店でお買い物するのって楽しいですわね」
「そうね。たまにはこうして足を運ぶのもいいものね」
ニコニコと買い物を楽しむ愛娘に目を細めて、優しく見守る女神の化身に、商店の店員達がまるで美しい絵画を見ているかのように「ほぅ」とため息を零す。
普段着を数点に冬用のコート、帽子は普段使いのものと外出用のものなどを数点、その他ソックスやブーツ、肌着に至るまで、ロビンの生活に必要になりそうな物を注文し、後ほど本邸に届けてもらう。
一通りの買い物が終わると、ミリアムとタチアナは休憩を取るために近くのカフェに移動した。
カフェの中庭に面した特別室に通されると、薫りの良い紅茶と、薄く切られた様々な果物でたっぷりと飾られたズコットケーキが運ばれてきた。
「まぁ!」と目を輝かせるミリアムの目の前で切り分けられたそれの中には、ナッツとドライフルーツが混ぜ込まれたクリームがぎっしり詰められていた。
「エミリオ殿下と焼き菓子店に行くと聞いてから、ずっと私もミリィとお店でお菓子をいただきたいと思っていたのよ」
タチアナがパチンッとミリアムに向かってウィンクすると、切り分けていた給仕が顔を赤く染め上げ、壁際に控えていたメイドや従僕からは「はぁぁ…」と小さなため息が聞こえてきた。
ミリアムはそっとズコットケーキにフォークを入れ、小さく切り分けたそれを口に運ぶ。
フルーツの自然な甘みの後に、ふわふわのスポンジ、ナッツとドライフルーツのザグザグ感、口の中でとろけるクリーム。
思わずミリアムはフォークを持っていない方の手を頬にあてて、「んー」と顔を綻ばせる。
「とっても美味しいですわ」
「うふふ。それは良かった」
しばしお茶とケーキに舌鼓を打つと、タチアナはにっこり微笑みながらミリアムを見つめる。
「いつの間にかこんなに大きくなっていたのねぇ。もう一年後にはお嫁に行ってしまうなんて」
「まだあと一年ありますわ。お母様」
「一年なんてあっという間よ。寂しくなるわ。…ねぇ、ミリィは殿下のどんな所が好きなの?」
「え?」
突然のタチアナの問いかけにミリアムは頬を染めると、慌ててお茶を飲む。
「いいじゃないの、教えてちょうだい?うちの子たちは全然そんな話しないんだもの。つまらないわ」
「その…殿下のお優しいところももちろんお慕いしていますし、真面目で誠実なところもとてもお強いところも素敵です」
ミリアムは恥ずかしがりながらも次々とエミリオの好きなところをあげていく。そんな娘の言葉をタチアナは「まあ、そうなの」と微笑ましく聞いていた。
「いろいろとございますが、一番は人の痛みをきちんとお分かりになっていて、それでも上に立つ者として為すべきことを見失わないところを本当に尊敬しております。あの方こそ、国を背負っていくに相応しい方です。だからわたくしは、そんなあの方を支えていきたいのですわ」
決意を宿したそのヘーゼルの瞳に、タチアナは目頭が熱くなるのを感じていた。
「あのコートにはやっぱりこちらの帽子の方が合うかしら?どう思われますか?お母様」
「そうねぇ、いいんじゃないかしら」
コンフィーネ第3地区にある、主に子供用の服飾品を扱っている商店の貴賓室にて、子供用の帽子を手に、ミリアムとタチアナは買い物を楽しんでいた。
常ならば何か物を買う時は仕立て屋や商人を呼び、邸で全て済ませる為、ミリアムはこうして店まで足を運んで買い物をすると言う経験が少ない。そんな事もあって、少し興奮気味にあれこれと商品を選んでいる。
「もう夏も終わりますから、暖かい服や小物も必要ですわね。ふふふ、お店でお買い物するのって楽しいですわね」
「そうね。たまにはこうして足を運ぶのもいいものね」
ニコニコと買い物を楽しむ愛娘に目を細めて、優しく見守る女神の化身に、商店の店員達がまるで美しい絵画を見ているかのように「ほぅ」とため息を零す。
普段着を数点に冬用のコート、帽子は普段使いのものと外出用のものなどを数点、その他ソックスやブーツ、肌着に至るまで、ロビンの生活に必要になりそうな物を注文し、後ほど本邸に届けてもらう。
一通りの買い物が終わると、ミリアムとタチアナは休憩を取るために近くのカフェに移動した。
カフェの中庭に面した特別室に通されると、薫りの良い紅茶と、薄く切られた様々な果物でたっぷりと飾られたズコットケーキが運ばれてきた。
「まぁ!」と目を輝かせるミリアムの目の前で切り分けられたそれの中には、ナッツとドライフルーツが混ぜ込まれたクリームがぎっしり詰められていた。
「エミリオ殿下と焼き菓子店に行くと聞いてから、ずっと私もミリィとお店でお菓子をいただきたいと思っていたのよ」
タチアナがパチンッとミリアムに向かってウィンクすると、切り分けていた給仕が顔を赤く染め上げ、壁際に控えていたメイドや従僕からは「はぁぁ…」と小さなため息が聞こえてきた。
ミリアムはそっとズコットケーキにフォークを入れ、小さく切り分けたそれを口に運ぶ。
フルーツの自然な甘みの後に、ふわふわのスポンジ、ナッツとドライフルーツのザグザグ感、口の中でとろけるクリーム。
思わずミリアムはフォークを持っていない方の手を頬にあてて、「んー」と顔を綻ばせる。
「とっても美味しいですわ」
「うふふ。それは良かった」
しばしお茶とケーキに舌鼓を打つと、タチアナはにっこり微笑みながらミリアムを見つめる。
「いつの間にかこんなに大きくなっていたのねぇ。もう一年後にはお嫁に行ってしまうなんて」
「まだあと一年ありますわ。お母様」
「一年なんてあっという間よ。寂しくなるわ。…ねぇ、ミリィは殿下のどんな所が好きなの?」
「え?」
突然のタチアナの問いかけにミリアムは頬を染めると、慌ててお茶を飲む。
「いいじゃないの、教えてちょうだい?うちの子たちは全然そんな話しないんだもの。つまらないわ」
「その…殿下のお優しいところももちろんお慕いしていますし、真面目で誠実なところもとてもお強いところも素敵です」
ミリアムは恥ずかしがりながらも次々とエミリオの好きなところをあげていく。そんな娘の言葉をタチアナは「まあ、そうなの」と微笑ましく聞いていた。
「いろいろとございますが、一番は人の痛みをきちんとお分かりになっていて、それでも上に立つ者として為すべきことを見失わないところを本当に尊敬しております。あの方こそ、国を背負っていくに相応しい方です。だからわたくしは、そんなあの方を支えていきたいのですわ」
決意を宿したそのヘーゼルの瞳に、タチアナは目頭が熱くなるのを感じていた。
0
お気に入りに追加
285
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
愛する義兄に憎まれています
ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。
義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。
許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。
2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。
ふわっと設定でサクっと終わります。
他サイトにも投稿。
妹の妊娠と未来への絆
アソビのココロ
恋愛
「私のお腹の中にはフレディ様の赤ちゃんがいるんです!」
オードリー・グリーンスパン侯爵令嬢は、美貌の貴公子として知られる侯爵令息フレディ・ヴァンデグリフトと婚約寸前だった。しかしオードリーの妹ビヴァリーがフレディと一夜をともにし、妊娠してしまう。よくできた令嬢と評価されているオードリーの下した裁定とは?
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる