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第四章

脱出 3

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「皆眠っているのか?こんなに大人数を、一体どうやって?」

 ミリアムも疑問に思っていた事をイヴァンが尋ねる。

「なんてことない、ちょっとした幻術だよ。夢の中で楽しんでるんじゃないかなぁ。まあ、見せてるのは悪夢だけどね!アハハ」

 そう言って愉しそうに笑うジルに、ミリアムとイヴァンは「やっぱコイツ信じられないかも…」と顔を顰めた。だが、そんな二人の心情も見透かすように、ジルは微笑みを崩さない。

「君たちって本当に顔に出るよね。それでよく今まで社交界で生きてこられたもんだ。よっぽど周りに守られてきたんだね」

 二人は愛憎渦巻く社交界において、全くと言っていいほど悪意に晒されたことはなかった。(認識されないなどは日常茶飯事だが)
 社交界に出る時、ミリアムには家族の誰かが、イヴァンには側近のディーノが必ず近くにいて、自分の及び知らぬところで密かに守ってきてくれたのだろう。
 今頃になってそんな事に気付いた二人は無事に帰ることが出来たら、変わらなければと強く思った。今まで与えてもらってきたものを返していくためにも。

 しばし無言で歩を進めていると、先頭を歩いていたジルが急に立ち止まり、「ちっ、もうバレちゃったか…」と呟くと抱きかかえていたロビンをミリアムに渡してきた。

「ねえ、王子サマ!剣術には自信があるんだったよね!サーベルでも大丈夫!?」

 ジルはそう叫ぶと、ちょうど足元で倒れていた公爵家の私兵からサーベルを拝借し、イヴァンに投げ渡した。

「へ!?あ、ああ!任せておけ!」

 突然投げ渡されたイヴァンは、慌ててそのサーベルを受け取ると素早く鞘から抜き、構える。


 ――――ドォォォォン!


 次の瞬間、打撃音が響き渡ると数歩先の壁が崩れ、中から赤いローブを羽織った男が二人出てくる。一人は長身の青年、もう一人は小柄な少年だった。通路の先からは複数の足音が近付いて来ていた。

「あっれー?ジルベルト様、何をなさってるんですか?まさかの裏切りですか?」

 小柄な少年は黒い紐飾りの付いた杖を持った腕にバチバチと電流を纏わせ、口元に笑みを浮かべながら近付いてくる。

「さあ?君たちが僕を仲間だと思っていたのなら、裏切りってことになるかもね」

 ジルの言葉に少年は一瞬キョトンとした表情を浮かべ、そして再びニヤリと口元を歪ませる。

「あー、じゃあ裏切りじゃないのかぁ。最初から貴方は俺らの事なんて仲間って思ってなかったもんねー」
「おい、喋りすぎだ。いくぞ」

 よく口が回る少年に対して、長身の青年は言葉少なに手にしていたロングソードを構えた。

「王子殿下か。お相手願おうか!」
「おいおい!王子と令嬢は生かしとけよ!」

 殺気立つ長身の男に少年が慌てて声を掛けると、長身の男は「チッ」と舌打ちをし、「面倒くさいな」とボソリと呟いた。

「ミリアム嬢はその子供を連れてとにかく離れるんだ!」
「そんな!殿下は大丈夫なのですか!?」
「わからんが、やるしかないだろう!とにかく!私が心配なら頼むから離れていてくれ!守りながら戦える程には強くはないんだ!」
「お嬢サマ!そこの部屋は誰もいない!隠れてて!」

 イヴァンの叫びとジルの指示に従って、ミリアムはロビンを抱え直すと近くの部屋の扉を開き、そこに飛び込んだ。
 ミリアムが身を隠すのとほぼ同時に長身の男はイヴァンに向かって勢いよく剣を振り下ろし、少年は腕に纏わせた電流を鞭のようにしならせながらジルに突っ込んできた。
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