上 下
58 / 86
第四章

信じる?信じない?

しおりを挟む
 ◇


「ですから、寝台はイヴァン殿下がお使い下さいませ。わたくしはこちらのソファで十分ですわ」
「いや、淑女をソファなどに寝かせるわけにはいかないし、兄上に殺…んンッ!ゴホゴホ!申し訳が立たない。私がソファで寝るから、君は寝台を使うんだ」

 王城やカパローニ侯爵邸が二人の奪還の為に動いている頃、ミリアムとイヴァンはかれこれ半刻程どちらがどこで寝るかで押し問答していた。

「いけません!王族の方をソファでお休みさせるなど、不敬極まりない事は出来かねます!」
「君はなかなか強情だな!後一年もすれば君も王族なんだ!あまり変わらないだろう!」
「いいえ!わたくしはまだ、侯爵令嬢でございますー!」
「そうか、ならば侯爵令嬢に命じよう!さあ!寝台で休むんだ!」
「まあ!屁理屈ですわ!」

『じゃあ一緒の寝台で休んだら?』

「「同禽なんてありえない!」ませんわ!」

 押し問答に突如として入ってきた第三者の声にミリアムとイヴァンはキョトンと目を丸くし、顔を見合わせお互いを指差しては首を横に振った。

 外側から閉ざされていたはずの扉が開くと、そこには眠っている子供を抱えた、白銀の髪に金色の瞳をした青年、ジルベルト・ダッラ・ディ・フェリーネが立っていた。

「ロビン!」

 ジルはロビンをソファに寝かせると、ロビンを包んでいた夏用のガーゼのケットをそっと掛け、小さな寝息をたてる、子供特有の柔らかな金の髪を撫でた。
 ミリアムはジルを警戒しつつも、ロビンに駆け寄り、その無事を確かめるとホッと安堵のため息をついた。

「お元気そうで何よりです、イヴァン第二王子殿下。それから、お初にお目にかかりますね。ミリアム・ファリナ・カパローニ侯爵令嬢。ジルベルト・ダッラ・ディ・フェリーネと申します」

 ジルが恭しく貴族の令をすると、イヴァンは「貴様!」とその襟ぐりを掴み、詰め寄った。

「よくも我々の前に顔を出せたな!?何を企んでいる!?」
「まあまあ、抑えて下さい」

 詰め寄るイヴァンをさらりと交わしたジルは飄々とした態度で掴まれ乱れた襟元を直した。

「あなたは、お姉様を誘拐した犯人ですわね。ここに何をしにいらしたのかしら?」

 ミリアムはロビンを庇うように立ち、毅然とした態度でジルに向き合った。するとジルは「おや」っとでも言うような表情を浮かべる。

「初めて見た時はあまり似ていないと思ったけど、そういう意外と冷静に物事を見極めようとする所とか、普通の令嬢なら声も出ない様な場面でも臆さない所とか、よく似てるね」
「え?」

 ジルはミリアムを通して誰かを見ているかの様に、愛おしそうに微笑んだ。

「僕は君たちをこの邸から連れ出しに来た。今は味方だと思ってもらっていいよ」

 バッと手を広げ、ジルはニッコリと笑う。

「そんな事、信じられると思うか!?」
「うーん。信じられないだろうね。でも本当さ。僕は【真・救国神教】を抜けて、本当の自分の人生を歩みたい。君たちはこの邸から王城に帰りたい。だから協力しようよ」
「協力?」
「そう。僕は君たちを無事に王城まで返す。その代わり君たちには僕の交渉材料になってもらう。どう?」

 ニコニコと笑顔を崩さないジルに、ミリアムもイヴァンも訝しげな表情を浮かべてコソコソと話し合い始めた。

「どう思われます?殿下」
「いやいや信じられると思うか?私は奴に騙されたと言うか操られていた可能性があるんだぞ?」
「そう、ですわよね…。でもロビンを連れてきて下さいましたわ」
「くぁー!君は単純か!こちらを安心させる為の手段かもしれないじゃないか」
「でも、このままここに籠もっていてもどうにもなりませんし、ここは一つ邸の敷地外まで連れ出して貰っては?」
「ううーん。しかしなぁ…」
「あちらは一人、こちらはロビンも入れて三人。多勢に無勢ですわ。いざとなったらこのリボンで腕を縛り上げましょう」
「君は…、意外に攻撃的なんだな。兄上はご存知なのか…?」

 髪を束ねていたリボンを指差し、いざとなったら拘束しようと言い張るミリアムに若干引いているイヴァン。そんな様子を見ていたジルは思わず吹き出した。

「はははっ!ミリアム嬢は意外に面白いお嬢様だね!いくらなんでもリボンで僕を拘束は出来ないよ」

 腹を抱えて笑われ、ミリアムは渋面する。

「信じてもらえなくてもいいよ。でも取りあえず付いておいでよ。ここの見張りをしてた奴らは眠らせてるから今のうちだよ」

 ジルはそう言うと、扉を開き、廊下を指し示した。その先にはこの部屋を見張っていただろう赤いローブの者が2人と、年若い侍女が倒れていた。

「命は奪っていないから安心して。さあ、どうする?」

 仲間のはずの赤いローブの者や、城からミリアムとロビンを連れ去った年若い侍女を眠らせたジル。それは【真・救国神教】に背く事になるのではないだろうか?ミリアムとイヴァンはそんなジルのすべてを信じることは出来ないが、「このままの状況でいるよりは王城に戻るまでの間だけ一時休戦してみるのもアリか」と意見を一致させ、脱出を図ることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

夫が浮気をしたので、子供を連れて離婚し、農園を始める事にしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 10月29日「小説家になろう」日間異世界恋愛ランキング6位 11月2日「小説家になろう」週間異世界恋愛ランキング17位 11月4日「小説家になろう」月間異世界恋愛ランキング78位 11月4日「カクヨム」日間異世界恋愛ランキング71位 完結詐欺と言われても、このチャンスは生かしたいので、第2章を書きます

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

妹の妊娠と未来への絆

アソビのココロ
恋愛
「私のお腹の中にはフレディ様の赤ちゃんがいるんです!」 オードリー・グリーンスパン侯爵令嬢は、美貌の貴公子として知られる侯爵令息フレディ・ヴァンデグリフトと婚約寸前だった。しかしオードリーの妹ビヴァリーがフレディと一夜をともにし、妊娠してしまう。よくできた令嬢と評価されているオードリーの下した裁定とは?

処理中です...