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第四章
信じる?信じない?
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◇
「ですから、寝台はイヴァン殿下がお使い下さいませ。わたくしはこちらのソファで十分ですわ」
「いや、淑女をソファなどに寝かせるわけにはいかないし、兄上に殺…んンッ!ゴホゴホ!申し訳が立たない。私がソファで寝るから、君は寝台を使うんだ」
王城やカパローニ侯爵邸が二人の奪還の為に動いている頃、ミリアムとイヴァンはかれこれ半刻程どちらがどこで寝るかで押し問答していた。
「いけません!王族の方をソファでお休みさせるなど、不敬極まりない事は出来かねます!」
「君はなかなか強情だな!後一年もすれば君も王族なんだ!あまり変わらないだろう!」
「いいえ!わたくしはまだ、ただの侯爵令嬢でございますー!」
「そうか、ならばただの侯爵令嬢に命じよう!さあ!寝台で休むんだ!」
「まあ!屁理屈ですわ!」
『じゃあ一緒の寝台で休んだら?』
「「同禽なんてありえない!」ませんわ!」
押し問答に突如として入ってきた第三者の声にミリアムとイヴァンはキョトンと目を丸くし、顔を見合わせお互いを指差しては首を横に振った。
外側から閉ざされていたはずの扉が開くと、そこには眠っている子供を抱えた、白銀の髪に金色の瞳をした青年、ジルベルト・ダッラ・ディ・フェリーネが立っていた。
「ロビン!」
ジルはロビンをソファに寝かせると、ロビンを包んでいた夏用のガーゼのケットをそっと掛け、小さな寝息をたてる、子供特有の柔らかな金の髪を撫でた。
ミリアムはジルを警戒しつつも、ロビンに駆け寄り、その無事を確かめるとホッと安堵のため息をついた。
「お元気そうで何よりです、イヴァン第二王子殿下。それから、お初にお目にかかりますね。ミリアム・ファリナ・カパローニ侯爵令嬢。ジルベルト・ダッラ・ディ・フェリーネと申します」
ジルが恭しく貴族の令をすると、イヴァンは「貴様!」とその襟ぐりを掴み、詰め寄った。
「よくも我々の前に顔を出せたな!?何を企んでいる!?」
「まあまあ、抑えて下さい」
詰め寄るイヴァンをさらりと交わしたジルは飄々とした態度で掴まれ乱れた襟元を直した。
「あなたは、お姉様を誘拐した犯人ですわね。ここに何をしにいらしたのかしら?」
ミリアムはロビンを庇うように立ち、毅然とした態度でジルに向き合った。するとジルは「おや」っとでも言うような表情を浮かべる。
「初めて見た時はあまり似ていないと思ったけど、そういう意外と冷静に物事を見極めようとする所とか、普通の令嬢なら声も出ない様な場面でも臆さない所とか、よく似てるね」
「え?」
ジルはミリアムを通して誰かを見ているかの様に、愛おしそうに微笑んだ。
「僕は君たちをこの邸から連れ出しに来た。今は味方だと思ってもらっていいよ」
バッと手を広げ、ジルはニッコリと笑う。
「そんな事、信じられると思うか!?」
「うーん。信じられないだろうね。でも本当さ。僕は【真・救国神教】を抜けて、本当の自分の人生を歩みたい。君たちはこの邸から王城に帰りたい。だから協力しようよ」
「協力?」
「そう。僕は君たちを無事に王城まで返す。その代わり君たちには僕の交渉材料になってもらう。どう?」
ニコニコと笑顔を崩さないジルに、ミリアムもイヴァンも訝しげな表情を浮かべてコソコソと話し合い始めた。
「どう思われます?殿下」
「いやいや信じられると思うか?私は奴に騙されたと言うか操られていた可能性があるんだぞ?」
「そう、ですわよね…。でもロビンを連れてきて下さいましたわ」
「くぁー!君は単純か!こちらを安心させる為の手段かもしれないじゃないか」
「でも、このままここに籠もっていてもどうにもなりませんし、ここは一つ邸の敷地外まで連れ出して貰っては?」
「ううーん。しかしなぁ…」
「あちらは一人、こちらはロビンも入れて三人。多勢に無勢ですわ。いざとなったらこのリボンで腕を縛り上げましょう」
「君は…、意外に攻撃的なんだな。兄上はご存知なのか…?」
髪を束ねていたリボンを指差し、いざとなったら拘束しようと言い張るミリアムに若干引いているイヴァン。そんな様子を見ていたジルは思わず吹き出した。
「はははっ!ミリアム嬢は意外に面白いお嬢様だね!いくらなんでもリボンで僕を拘束は出来ないよ」
腹を抱えて笑われ、ミリアムは渋面する。
「信じてもらえなくてもいいよ。でも取りあえず付いておいでよ。ここの見張りをしてた奴らは眠らせてるから今のうちだよ」
ジルはそう言うと、扉を開き、廊下を指し示した。その先にはこの部屋を見張っていただろう赤いローブの者が2人と、年若い侍女が倒れていた。
「命は奪っていないから安心して。さあ、どうする?」
仲間のはずの赤いローブの者や、城からミリアムとロビンを連れ去った年若い侍女を眠らせたジル。それは【真・救国神教】に背く事になるのではないだろうか?ミリアムとイヴァンはそんなジルのすべてを信じることは出来ないが、「このままの状況でいるよりは王城に戻るまでの間だけ一時休戦してみるのもアリか」と意見を一致させ、脱出を図ることにした。
「ですから、寝台はイヴァン殿下がお使い下さいませ。わたくしはこちらのソファで十分ですわ」
「いや、淑女をソファなどに寝かせるわけにはいかないし、兄上に殺…んンッ!ゴホゴホ!申し訳が立たない。私がソファで寝るから、君は寝台を使うんだ」
王城やカパローニ侯爵邸が二人の奪還の為に動いている頃、ミリアムとイヴァンはかれこれ半刻程どちらがどこで寝るかで押し問答していた。
「いけません!王族の方をソファでお休みさせるなど、不敬極まりない事は出来かねます!」
「君はなかなか強情だな!後一年もすれば君も王族なんだ!あまり変わらないだろう!」
「いいえ!わたくしはまだ、ただの侯爵令嬢でございますー!」
「そうか、ならばただの侯爵令嬢に命じよう!さあ!寝台で休むんだ!」
「まあ!屁理屈ですわ!」
『じゃあ一緒の寝台で休んだら?』
「「同禽なんてありえない!」ませんわ!」
押し問答に突如として入ってきた第三者の声にミリアムとイヴァンはキョトンと目を丸くし、顔を見合わせお互いを指差しては首を横に振った。
外側から閉ざされていたはずの扉が開くと、そこには眠っている子供を抱えた、白銀の髪に金色の瞳をした青年、ジルベルト・ダッラ・ディ・フェリーネが立っていた。
「ロビン!」
ジルはロビンをソファに寝かせると、ロビンを包んでいた夏用のガーゼのケットをそっと掛け、小さな寝息をたてる、子供特有の柔らかな金の髪を撫でた。
ミリアムはジルを警戒しつつも、ロビンに駆け寄り、その無事を確かめるとホッと安堵のため息をついた。
「お元気そうで何よりです、イヴァン第二王子殿下。それから、お初にお目にかかりますね。ミリアム・ファリナ・カパローニ侯爵令嬢。ジルベルト・ダッラ・ディ・フェリーネと申します」
ジルが恭しく貴族の令をすると、イヴァンは「貴様!」とその襟ぐりを掴み、詰め寄った。
「よくも我々の前に顔を出せたな!?何を企んでいる!?」
「まあまあ、抑えて下さい」
詰め寄るイヴァンをさらりと交わしたジルは飄々とした態度で掴まれ乱れた襟元を直した。
「あなたは、お姉様を誘拐した犯人ですわね。ここに何をしにいらしたのかしら?」
ミリアムはロビンを庇うように立ち、毅然とした態度でジルに向き合った。するとジルは「おや」っとでも言うような表情を浮かべる。
「初めて見た時はあまり似ていないと思ったけど、そういう意外と冷静に物事を見極めようとする所とか、普通の令嬢なら声も出ない様な場面でも臆さない所とか、よく似てるね」
「え?」
ジルはミリアムを通して誰かを見ているかの様に、愛おしそうに微笑んだ。
「僕は君たちをこの邸から連れ出しに来た。今は味方だと思ってもらっていいよ」
バッと手を広げ、ジルはニッコリと笑う。
「そんな事、信じられると思うか!?」
「うーん。信じられないだろうね。でも本当さ。僕は【真・救国神教】を抜けて、本当の自分の人生を歩みたい。君たちはこの邸から王城に帰りたい。だから協力しようよ」
「協力?」
「そう。僕は君たちを無事に王城まで返す。その代わり君たちには僕の交渉材料になってもらう。どう?」
ニコニコと笑顔を崩さないジルに、ミリアムもイヴァンも訝しげな表情を浮かべてコソコソと話し合い始めた。
「どう思われます?殿下」
「いやいや信じられると思うか?私は奴に騙されたと言うか操られていた可能性があるんだぞ?」
「そう、ですわよね…。でもロビンを連れてきて下さいましたわ」
「くぁー!君は単純か!こちらを安心させる為の手段かもしれないじゃないか」
「でも、このままここに籠もっていてもどうにもなりませんし、ここは一つ邸の敷地外まで連れ出して貰っては?」
「ううーん。しかしなぁ…」
「あちらは一人、こちらはロビンも入れて三人。多勢に無勢ですわ。いざとなったらこのリボンで腕を縛り上げましょう」
「君は…、意外に攻撃的なんだな。兄上はご存知なのか…?」
髪を束ねていたリボンを指差し、いざとなったら拘束しようと言い張るミリアムに若干引いているイヴァン。そんな様子を見ていたジルは思わず吹き出した。
「はははっ!ミリアム嬢は意外に面白いお嬢様だね!いくらなんでもリボンで僕を拘束は出来ないよ」
腹を抱えて笑われ、ミリアムは渋面する。
「信じてもらえなくてもいいよ。でも取りあえず付いておいでよ。ここの見張りをしてた奴らは眠らせてるから今のうちだよ」
ジルはそう言うと、扉を開き、廊下を指し示した。その先にはこの部屋を見張っていただろう赤いローブの者が2人と、年若い侍女が倒れていた。
「命は奪っていないから安心して。さあ、どうする?」
仲間のはずの赤いローブの者や、城からミリアムとロビンを連れ去った年若い侍女を眠らせたジル。それは【真・救国神教】に背く事になるのではないだろうか?ミリアムとイヴァンはそんなジルのすべてを信じることは出来ないが、「このままの状況でいるよりは王城に戻るまでの間だけ一時休戦してみるのもアリか」と意見を一致させ、脱出を図ることにした。
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