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第二章

湖畔にて

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 ◇


「それで、姉君は今どうしているんだ?」
「今は邸の中で過ごしております。しばらく社交の場は控える予定ですわ」
「そうか」

(やっぱり、お姉様の事が気になっていらっしゃるのね…無理もないわ。美しいお姉様とわたくしでは比べるまでもありませんもの)

 ズキンと痛む胸に気づかないふりをして、ミリアムは答える。

(どうして、こんなに苦しいのかしら…)

 ミリアムとエミリオは馬車の中で向かい合っている。
 今回のアレッシア誘拐の件は、第二王子イヴァンが関わっていたこともあり、フェルディナンドからの礼は国王もエミリオも固辞した。
 また、イヴァン側も情報提供などで捜索に協力したことや、未婚の侯爵令嬢の誘拐の故にイヴァンの罪を公に出来ない事もあり、表立って何か処罰は与えられていない。しかし、非公式にはイヴァンよりカパローニ侯爵家に対して謝罪が行われ、王位継承権の剥奪はされないものの、ほぼ不可能となった。
 とは言え、何のお礼もしないのはとミリアム個人として救国の魔女三人とエミリオに礼を述べに登城したのだ。

「今日はいつもより早いし、少し寄り道して帰らないか?」
「はい!ですが、よろしいのですか?」
「うん?」

(お姉様に早くお会いしたいのではないのかしら…?)

「いえ、とても嬉しいです」

 にっこりと微笑んだミリアムにエミリオは思わず顔を押さえて天を仰いだ。

(なんって、可愛いんだ!ここ連日の忙しさに忙殺された私の心に染み渡る、ミリアム嬢の癒やしの力よ…!)

 今回の件はそもそも第一王子の婚約者がなかなか決まらず、憶測が憶測を呼び、情報が錯綜したことも原因の一つであると考えられた。
 その為、エミリオの婚約者を早急に決めて立太子させようという動きが活発化してきていた。

(父上も母上も自分たちが王族に珍しい恋愛結婚だった為か、議会から候補者は一応挙がっているが最終的な決定は私に委ねてくださっている。しかし、これ以上先延ばしもできまい)

 エミリオは向かいの席に座るミリアムへと視線を向ける。
 馬車の窓からの景色を眺めながら、時折何かを見つけては微笑むその横顔を見ると、胸が締め付けられる。

(やはり、この先の将来を共にするならミリアム嬢がいい…。今日城に戻ったら急ぎ父上に報告し、近いうちにカパローニ侯爵家に婚約の打診を…、はっ!その前にミリアム嬢へ私の気持ちを伝えなくては!今日か?今日なのか?)

「ふふふ!」

 エミリオが考え込んでいると突然笑い声が聞こえ、ハッと顔を上げると、ミリアムが手で口元を抑えながら笑ってエミリオを見ていた。

「失礼いたしました。何を考えられていたのですか?まるで百面相なんですもの!わたくし、おかしくって…その、お許しくださいませね」

 そう言ってコテンと首を傾げると、エミリオは身体中がカーッと熱くなっていくのを感じた。

「…な、なんと危険な」
「はい?」
「いや、その様に可愛らしいと夜会などに出席させるのが心配で堪らないな。お父上とレオの気持ちがよく分かる」
「まあ。わたくしなど、どなたからも声をかけて頂いた事はございませんわ。ほら、わたくし地味ですから…」
「そんな事はない!ミリアム嬢はとても美しい!」
「いえいえ、美しいと言うのはお母様やお姉様のような方のことですわ。それに比べたらわたくしなんて…」
「君のその異常な自己評価の低さの要因がわかった気がする…。美に対する基準が厳しすぎるのだな」

(生まれながらにあの家族に囲まれて成長するとこんな弊害があるのだな…)

 エミリオが遠い目をしだした所で馬車が目的地に着いたようで侍従が扉を叩いた。

「着いたようだな」
「あの?寄り道と言うのはどちらに?」
「来ればわかるよ。さあ、おいで」

 エミリオにエスコートされ馬車から降りたミリアムは、目の前に広がる光景に息を呑んだ。

「なんて美しいのかしら…」

 吸い込まれるようなエメラルドグリーンの遠浅の水面は透明度が高くかなり沖まで湖底が見える。水深が深くなるにつれ、鏡面の様に空の青と木々の蒼を映し出し、湖畔には色とりどりの花が風に揺れている。

「最近はずっと邸に籠もっていたのだろう?たまには自然に触れて気分転換するのもいいだろう」
「ありがとうございます!とても素敵ですわ」

 侍従が湖畔の木の下に手早く敷物を広げ、ティーセットを準備すると、エミリオはミリアムをエスコートする。

「さあ、どうぞ。君の大好きなお菓子もあるよ」
「まあ!“プロドッティ・ダ・フォルノ”のアマレットですね」
「今やすっかりだからね!」
「うふふふ」

 得意気にアマレットを摘んでみせるエミリオに、ミリアムは微笑んだ。

(ああ!なんて可愛いんだ!いくらでもアマレットを買ってやりたい!)

 風で乱れたミリアムの髪をそっとその耳にかけてやると、視線が絡み合う。
 エミリオは気持ちを伝えるなら今しかないと意気込んだ。

「エミリオ様はお姉様と婚約なさるのですか?」

 瞬間、ミリアムから謎の発言が飛び出し愕然とした。

「え?なぜ君の姉君と?」
「エミリオ様がご婚約者を探されていると言うお話はお兄様から伺っております」
「ああ、そうか。で、なぜ君の姉君?」
「エミリオ様は、その、とてもお優しくて、本当にすごく素敵な方ですもの」
「そうか!?」

 思いがけず褒められエミリオは破顔する。

「ですから、美しいお姉様ととてもお似合いですわ。先日我が家の四阿でお茶をご一緒させていただいた時にお話も弾んでいらっしゃったようですし…」

(話が弾んだ!?あれはミリアム嬢をめぐって言い争っていただけなのだが)

「ちょ、ちょっと待ってくれないか?」

 エミリオはミリアムの手を取ると、両手でやさしく包んだ。

「私が婚約者にと考えているのは、君の姉君ではないよ」
「そ、そうなのですか?申し訳ございません。わたくしてっきり…」
「まさか、全く伝わっていないとはな…」
「え?」

 エミリオはミリアムを抱き上げると自分の膝の上に座らせ、そのまま肩を抱き寄せた。

「エミリオ様!どうされたのですか!?」
「君だよ。ミリアム嬢」
「…え?」

 エミリオは、頬を真赤に染めて俯くミリアムの顔を覗き込むと、額と額を合わせ見つめ合う。

「私が生涯の伴侶としたいのは君だ。君に、婚約を申し込んでもいいかな?」

(エミリオ様がわたくしを…?)
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