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第二章

フェリーネ侯爵家

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「すまない!カパローニ卿!」
「な、どうしたんだ?ディ…ズラタノフ卿」

 突然床に頭を付け、謝罪を述べるディーノにレオナルドは驚き、腕を掴んで立ち上がらせる。

「カパローニ嬢…お前の上の妹の件…と言えばわかるだろう」
「!」

 レオナルドはディーノの胸倉を掴み、問い詰める。

「何か知っているのか!?」
「第二王子がやらかした。俺が付いていながらすまん…!」

 第二王子という言葉に今度はエミリオが反応する。

「やはり、イヴァンが関係しているのか!?ズラタノフ卿!」
「…仰る通りです。この度のカパローニ嬢誘拐事件はイヴァン第二王子殿下が関わっております。私はその件で情報提供と協力の申し出に参りました」
「協力?自ら誘拐に関わっておきながら?信じられると思うか!?」

 誘拐しておいて協力するとはどういう事かとレオナルドはディーノの胸倉をさらに強く掴み、切れ長の紫水晶できつく睨みつけた。

「この件に関しては手引きをしたのは間違いなくイヴァン王子だが、実行犯は別だ。最近勢力を増している新興宗教団体で、イヴァン王子に水面下で接触していたらしい。気付くことが出来ず、こんな事になってしまった!本当に申し訳ない!」

 ディーノは再び床に頭をつけ、レオナルドに土下座する。

「では何故今更協力など?」

 エミリオの問いかけにディーノはバツが悪そうに姿勢を正す。

「実は…ーーー」



「と言うわけで、カパローニ侯爵家とやりあうのは第二王子派こちらとしても本意ではないんだ。なので、この件に関しては全面的に謝罪し、協力も惜しまないことを約束する」

 イヴァンとのやり取りを全て話したディーノは土下座を再開するが、レオナルドによって止められる。

「わかった。わかったから伯爵家の次男ともあろう者がそう簡単に地に頭を付けるな!」

 レオナルドがディーノの腕を掴み、立つの立たないので揉めていると、テラスからその様子を眺めていたヴァレリアがツカツカとやって来て、長身の三人の男たちを見上げる。

「話は終わった?ぼんくら三人衆」

 ニッコリと微笑んでいるその顔はまるで人形師がその生涯の全てを捧げて作った美しい人形の様だが、猛獣をも退けそうな有無を言わさぬオーラを放っていた。
 いや、実際に猛獣をも従える力を持っているからこそ魔境から侵入してくる魔獣と、元々生息している猛獣とが入り乱れる深淵の樹海での生活がなりたっているのだ。
 二十歳前後の青年三人が束になったところで敵うわけもない。

「「「は、はい」」」
「よろしい。それじゃあ、そこの新参者」

 ディーノがキョロキョロしながら自分を指差し、エミリオとレオナルドはウンウンと首肯した。

「そう。あんたよ。件の新興宗教団体とやらについて知ってることを洗いざらい話しなさい」
「お、仰せのままにっす…」

 戸惑いの余り言葉遣いを気にしなくなったディーノをテラスの円卓に招くと(連行とも言う)、早速話を促す。

「まず、イヴァン殿下に直接接触してきた者がいるっす」
「それは何者だ?」
「白銀の髪で金の瞳をした青年だったと。名前は“ジル”とだけ名乗っていたらしいっすね」
「なるほどねぇ。他には?」
「誘拐の計画はイヴァンが考えたのか?」
「いや、全部ジルってやつの指示だったそうっす。カパローニ嬢の友人に珍しい茶葉が渡るように細工し、親しい友人で茶会を開かせる。そして帰路で現場の森を通るように仕向けたんすよ」
「なるほど、後はリアが覗いた記憶の通りと言うことか」


(白銀の髪に金の瞳…かなり珍しい組み合わせよね。昔どこかでそんな一族に会った気が)

 “ジル”の特徴がどうにもひっかかるヴァレリアは額に指を当て考え込む。

(御者の男の記憶をもっと思い出すのよ。最初に転移した時、何か見えなかった?赤いローブの他は花、とにかく沢山の…花?)

「御者の記憶を覗いた時、すごい量の花が見えたわ」
「花?花畑みたいなってことぉ?」

(花畑…?ううん違うわね。もっと計算されて作られた…庭園?)

 ベアトリーチェの言葉に一瞬考え込んだらヴァレリアは首を横に振る。

「違うわね。もっと整備されてる庭園のようなところ…。待って!白銀の髪、金の瞳、…花園の邸…フェリーネ侯爵家?」

 ヴァレリアから発せられた家名に一同は眉を顰める。フェリーネ侯爵家はかつてカパローニ侯爵家と並び栄華を誇っていたが、今はすでに没落していた。

「フェリーネ侯爵家か…。没落して久しいが確かにあの一族は稀に聖なる竜と似た特徴を持つ人間が生まれていたな。白銀の髪に…金の瞳!」
「聖なる竜を祀っていた一族よねぇ。800年前の当主は、聖なる竜の血を取り込んだ私たちのことを最後まで認めなかったのよねぇ」

 魔女たちの会話を聞きながらフェリーネ侯爵家について思い出そうとしていたディーノは、昨日舐めるように見た貴族年鑑にフェリーネの名前がまだあった事を思い出した。

「あの、俺昨日所用で貴族年鑑を調べてたんすけど、没落したって言うフェリーネ家。まだあったっすよ。ほそぼそと続いてはいたようっす。ただ、もう侯爵ではなかったっす。子爵か伯爵だったかな?」
「ああ、確か3~4代前に何かやらかして降格したんだ。エミル何だったか覚えているか?」
「“救国の魔女排除運動”だ。自分たちこそ救国神たる聖なる竜の末裔だと主張して、聖なる竜の血を取り込んだ救国の魔女こそが悪と謳っていた…待てよ?救国神?」
「俺、フェリーネ家に“ジル”って奴がいないかもう一回貴族年鑑見てくるっす!」

 急いで書庫に走り去ったディーノを見送り、再び一同はテラスの円卓に着く。

「フェリーネ家と【真・救国神教】が関係あるってこと?」
「そうねぇ。可能性はあるかもぉ?」
「フェリーネ家の花園の邸と言えば、100年程前だったか、病弱な娘の為に王都の外れに邸を建てていたものだな。邸のどこにいても花が娘の心を慰めるようにと」
「“救国の魔女排除運動”はその娘が早くに亡くなって、それを救国の魔女が聖なる竜の血を取り込んでしまったからと言い出したのが始まりだったのよね。聖なる竜を害してしまったから、その末裔たる我が一族に呪いがって。とんでも理論ね」

 半刻ほどすると、貴族年鑑の写しを片手に息を切らせながらディーノが戻ってきた。

「いた!いたっすよ!こいつじゃないっすかね?」

 ディーノが広げた写しを覗き込む。

「“ジルベルト・ダッラ・ディ・フェリーネ”、“ジル”ね…!」
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