金曜日のチョコレート

上木 柚

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 かつての親友からの心ないメールから数日。
 あの日、自らの内側に溜め込んでいたモヤモヤしたものを、壱岐が全て受け止めてくれた。
 だからなのか、由希子はスッキリとした気持ちで仕事に打ち込み、周囲からも雰囲気が変わったと評判も上々だった。
 元恋人と元親友の結婚話や、メールの事など、まるで何事もなかったかのように穏やかな金曜日を迎えた。

 いつも通りチョコレートを買おうと壱岐の働くコンビニを訪れた。

「由希子さん、いらっしゃい」

 由希子に気付くと嬉しそうに壱岐が手招きをする。

「どうしたの?」
「あのさ、今日もう上がれるんだ。由希子さんがチョコ選んでる間に帰り支度してくるから一緒に帰らない?」
「わかった。じゃあ、選んでるね」

 壱岐をスタッフルームに見送り、由希子はチョコレートの陳列されたエリアへ向かう。
 それとほぼ同時に一人の男性が店内に入ってきたが、気にせずチョコレートを手に取り、吟味し始めた由希子にその男性が近づいてきた。

「相変わらずチョコレートが好きなんだな」

「はい?」

 親し気に話しかけられ訝し気に振り替えり、その顔を見た由希子は驚愕で固まった。

「…良哉」

 そこにいたのは三年前に親友と共に自分を裏切った元恋人だった。

「久しぶり。元気だったか?」

 良哉がここにいることもそうだが、何事もなかったかのように話しかけられた事に由希子は困惑する。

「…何しに来たの?」

 胡乱な目を向けると、良哉は小さく肩を竦めた。

「あいつからメール来ただろ?お前が無視するから直接来た。正直まだ住んでるかわかんなかったけど、コンビニに入ってくお前を見つけられてよかったよ」
「そんなの、ここで話す事じゃない。出るわよ」

 何となく、良哉を壱岐に会わせたくなくて店を出た。かと言って良哉と二人でどこか店に入るのも気が引けてコンビニの駐車場の隅で向かい合う。

「なあ、なんで無視するんだよ。あいつ返事が来ないって落ち込んでるんだぞ」
「…意味が分からないからよ。結婚でもなんでも勝手にすればいいでしょ?私には関係ない」

 そう告げると由希子は良哉から目を逸らす。その言葉に良哉は嘆息する。

「いい加減許してくれよ。地元に帰らないのも誰とも連絡取らないのも嫌がらせか?俺たちが周りから白い目で見られんのはお前がいつまでも意地張って被害者ヅラしてるからだろ?」

 あんまりな言い分に由希子は驚愕で声が出せず、良哉を睨みつけた。

「あの頃は俺だって寂しかったんだよ。仕方ないだろ?お前はいいよな!大手の企業に内定もらって、意気揚々と上京していった!俺を置いて!俺だって東京の本社に行けるって言われて頑張ってたけど、だんだん仕事もうまくいかなくなって、それも難しくなってた。なのに会う度に、電話する度に東京で一緒に暮らしたいだのなんだの…正直もう辛かったんだよ。そんな時に傍にいてくれたのはお前じゃなくて、あいつだったんだ」
「だったらそう言えばよかったでしょう。あの子と付き合うなら付き合うで、ちゃんと私と別れてからにしたら何の問題もなかったじゃない!」

 由希子は思わず声を荒げ、良哉に食って掛かった。

「悪かったよ。でもお前、俺のことすごく好きだっただろ?だから言えなかったんだよ。別に今だって嫌いなわけじゃない」

 そう言うと、怪しい笑みを浮かべた良哉は一歩踏み込んだ。

「なぁ、あいつに内緒でこっそりやり直さないか?お前、あの頃よりずっと綺麗になったよ。正直、驚いたんだ。今だったらお互い仕事も生活も落ち着いてるし、何より別れたくて別れたわけじゃないんだし。俺たち上手くやれると思わないか?」

 良哉は由希子の肩に手をかけ、その頬に触れながら耳元で囁いてきた。
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