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第三章

62 中央区、定期市

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 ―――なぜこんな事になったの!?


 ロザリンドとウォーレンは二人きりで中央区を歩いていた。
 ちょっといい商家の子息子女風の出で立ちで、一歩先を歩くウォーレンはロザリンドの手を握り、二人は足早に、屋台の並ぶメインストリートの人混みを縫って歩いている。

「ねえ!手を離してってば!」
「ダメだ!君、この短時間で一体何度逸れた?」
「だって、気になるものが多すぎるのよ!」
「だからと言って5分に一度逸れるのはやりすぎだ!自重を強く要求したい!」

 今日はウォーレンに誘われて、中央区で行われている定期市の見物に来たロザリンド。
 この様な大規模な市は王都などの都会ならではで、辺境の地アランドルベルムにはなかなかなかった。その為、とにかく、浮かれてはしゃいでいた。
 一歩進んでは異国の髪飾りに目を奪われ、珍しい食べ物を見つけてジッと観察しては店員に味見を渡される。それを繰り返すものだから、たびたびウォーレンと逸れ、ロザリンドの見た目に惹かれた男たちに絡まれそうになる寸前でウォーレンが見つけ出す。という様な事が幾度となく起こった。
 そしてついにはもう逸れられないように、ウォーレンがロザリンドの手を引きながら歩くスタイルで落ち着いたのだ。

「ううう、落ち着かないわ!」
「安心しろ。俺も落ち着かない」

 ―――なんなんだ!この、手の柔らかさ!それに小さくて、壊れそうだ!クソっ!

「ねえ、ちょっと、なんで赤くなってるの?具合でも悪いの?」

 耳まで赤く染め上げたウォーレンを見て、ギョッとしたロザリンドが見上げるように尋ねると、ウォーレンは「くぁ!」と小さく叫び、素早く目を逸し、空いている片方の手で顔を覆った。

 ―――これはマズい。上目遣いはマズい。

「て、手を離したら君はまたいなくなるだろう?逸れられないように今日はずっと繋ぐぞ。まったく、子供のようだな」
「…子供」

「子供」と聞いた瞬間、明らかに影を落としたロザリンドの表情に気付いたウォーレンは、わたわたと慌てて、メインストリートから少し外れた噴水広場のベンチに座らせた。

「どうした?」
「…わたくし、やっぱりまだまだ子供なんだなと思って」
「なぜ?」
「ここ最近、ずっと考えてたのよ」

 パッとウォーレンの方を振り向いたロザリンド。
 ロザリンドの話を聞きながら、シュンと落ち込むその肩に手を回そうとしたり、ためらってその手を引っ込めてみたりと忙しなくしていたウォーレンは、慌てて引っ込めた手を自分の膝の上に乗せる。

「わたくし、全然周りが見えてなかったの。ワクワクするような出来事の後に、ロマンチックな雰囲気で告白されて、まるで小説のようだわ!なんて、浮かれて流されて。トマス様に恋をしていたと言うより、恋に恋をしていたのよ」
「うん。…そうか」
「ジュリア様のことも全然見えてなかったの。ジュリア様はきっと、本当にトマス様の事が好きだったのに、わたくしはそれに気付かずに、気付こうともせずに、今振り返ってみると、本当に何度も無神経なことをしたわ。だから、嫌われて、お、お友達になんて、なれなくて当然なのよ…。全て、わたくしが人の気持ちを考えられない、子供だったからいけなかったんだわ!」

 そこまで言うと、大きなエメラルドの瞳からポロポロと大粒の涙が溢れてきた。
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