上 下
61 / 66
第三章

59 不愉快な噂話

しおりを挟む
 ラッシュブルック公爵家の自身の執務室にて、アリソンはとある報告書に目を通していた。読み進めるごとに眉根を寄せて。

「なるほどね。やってくれるわね」

 パッと報告書を机の上に放ると、少し冷めてしまったお茶を飲む。
 廊下からバタバタと駆け寄ってくる足音が聞こえ、ノックと同時に扉が開く。

「ノックの意味なしね。ウィン」
「すまん。それより、不愉快な噂話が出回ってるぞ」
「そのようね」

 ウォーレンはその日、寄宿学校時代の友人たちと合うために、中央区にある貴族男性だけの会員制サロンに顔を出していた。
 そこで友人の一人が婚約者から聞いたと言う噂話を話題に出した。


 ―――『どっかの辺境のご令嬢が王都に出てきたみたいでさ、それがまるで人形とか妖精の様な美少女らしいんだ』
『へえ、それは一度は会ってみたいな』
『でもさ、そのご令嬢、辺境の領地に結婚が決まってる恋人がいるらしいんだけど、ずっと辺境にいたもんだから結婚前に一度は王都で遊び回りたいって言って、男を漁りに来たらしい』
『はは、冗談だろ?』
『それが、そうでもないみたいでさ。デビュタントの時は他のご令嬢と交流もせず、男とばかりダンスをしてたって。あとは、俺の婚約者の知り合いのご令嬢は、危うく恋人を取られそうになって、慌てて婚約したとか…』
『本当の話なのか?まあ、でもそんなに美しいご令嬢で、後腐れもないなら一度くらい遊んでもいいかなぁ』
『おい、お前本気か?婚約者に言いつけるぞ?』
『ははは、冗談だよ。勘弁してくれ。あれ?ウォーレンどうしたんだ?帰るのか?』
『…ああ、くだらない噂話をする気はないからな』
『おい、何怒ってるんだ?おい!また連絡するからなー』―――


 サロンを飛び出したウォーレンは、その足でラッシュブルック公爵邸へとやってきた。

「ロザリンド嬢に関する根も葉もない噂話が広まっている。しかも不愉快極まりない内容の」
「そのようね。わたくしのところにもさっき報告が上がってきたわ。恐らく…」
「ノース伯爵令嬢の仕業か」
「令嬢一人の力にしては話の広まり方が早いのよね。たぶん、父親のノース伯爵も一枚噛んでいそうよ」
「ロザリンド嬢本人の耳に入る前にどうにかしてやれないか?」
「…本人の耳には、先日のお茶会でもう入ったみたい。全く気にした様子もないみたいだけど」
「そうか、ん?誰に聞いたんだ?」
「ルークからの報告よ」
「ルークってあのアランドルベルムで拾った?」
「そう」

 なぜルークがアリソンに報告を?アリソンとルークの関係がわからず、ウォーレンは不思議そうに頭をひねる。
 その様子を見てアリソンは思わず「ふっ」と笑った。

「今、彼はわたくしの所でなの。パスカリーノ卿に頼まれてね。もともと、仕事もしてたみたいで、筋がいいわ。人々の懐に入り込みやすいあの年の頃もいいわね」
「信用できるやつなのか?俺はあいつに気絶させられたんだぞ?」
「あら軟弱ね。大丈夫よ。そういう事も含めてのだから」
「…詳しく聞くのは控えておこう。でもあまり危ない事はさせるなよ。ロザリンド嬢のお気に入りだからな」
「ふふ、もちろんよ。パスカリーノ卿はゆくゆくはローザの護衛をさせつつ、裏のお仕事もさせたいみたいね。次期パスカリーノ辺境伯はなかなかのやり手よ?仲良くなれそう」
「いつものぽやっとした空気からは想像がつかないな。まあ、危険地帯も多くある辺境伯はそれくらいでないと務まらないのか…」

 いつもタウンハウスを訪ねると、庭でマルコムと戯れているか、読書をしている妻をニコニコと見つめている、ロザリンドの兄のブラッドリーを思い浮かべ、ウォーレンは首を傾げるが、『』と同じ教育を受けたロザリンドの多芸ぶりを思い出し、ただのぽやっとした人物であるわけがないと納得した。

「それはさておき、ノース伯爵令嬢は何か直接動いてくるか?」
「そうね…。あるとしたら来月の王城の舞踏会かしらね?」
「…ロザリンド嬢のエスコートは俺がする」
「お兄様が許して下さるかしら?」
「今日から毎日頼み込むさ」
「じゃあ、そちらはお願いね。時間がないわ。いろいろと証拠を揃えて、…叩きのめしてあげないとね」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...