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第三章
55 彼女の大切な
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パスカリーノ辺境伯家タウンハウスの裏庭にて、トマスは愕然としていた。
ロザリンドが領地へと出発した日、ジュリアが話があるからとファインズ侯爵家を訪ねてきて、エドワードという男の事を聞かされた。
「幼い頃からずっと一緒にいる、大切な存在だとロザリンドが言っていた」「恋人なのではないでしょうか?」と告げられたトマスは、「そんな事はない。俺はローザを信じてるよ」と、笑って流した。
しかし、その日から毎日ジュリアはトマスの元を訪れては同じ様な話をする。不安になったトマスはロザリンドに宛てて手紙を出した。返事は返ってこなかった。遠い辺境の地だから、手紙の紛失もあるかもしれないと思い、何度か出したが、ついに返事が返ってくることはなかった。
『そう言えば、ウォーレンと言う名の男性が邸を訪ねてきていました。ロザリンド様の忘れ物をお届けにいらした…と。こんな事は言いたくないですが、ロザリンド様は…その、複数の男性とお遊びになる為に王都へいらしたのでは?デビュタントでも何人もの男性と踊っていらしたし…』
その言葉にショックを受けたトマスは、手紙が返ってこない事も相まって、ロザリンドの気持ちがだんだんと信じられなくなっていった。
その原因とされていた“エドワード”が、今トマスの目の前にいる。
「立派な…軍馬ですね」
「ああ、アランドルベルムは軍馬の産出にも力を入れているからね。この“エドワード”はロザリンドが仔馬の頃から世話をしている」
―――『幼い頃からずっと一緒にいる、大切な存在』とは、仔馬から大切に育てたということか。ジュリア、なぜ恋人だなどと…。
「ロザリンド嬢の手紙には、エドワードの事も書かれていたのでしょうね」
「まあ、そうだろうね。あの子はエドワードが大好きだから」
「ジュリアが、ロザリンド嬢からの手紙を手に入れて、すべて目を通していたのなら、その事も…」
「当然知っていただろうね。その上で、君を騙し続けたんだろう」
トマスはブラッドリーの言葉に、目の前が真っ暗になった。
「俺は、なんて愚かな事を…」
「過ちは誰にでもある事だけど、君は侯爵家の嫡男だ。もっと警戒心を持つ事をお勧めするね」
「その…ロザリンド嬢に「会ってどうするつもりだい?」」
いつもと違う、鋭い視線がトマスを貫く。
凍てつくような瞳で睨まれ、トマスは思わず俯いた。
「ただ…、彼女に謝りたいです」
絞り出すように呟いた言葉に、ブラッドリーは冷たく首を振った。
「謝ってどうするんだい?君の気が晴れるだけだろう?ローザにはもう会わせないよ。君は君の婚約者殿を大切にしなさい。家と家との間で結ばれた政略結婚だろう。愛があろうとなかろうと、それが君の義務だ」
ブラッドリーは「お引取り願おう」と言うと、邸の中に戻って行った。
ふと上に目を向けると、2階の窓からロザリンドが見ていた。哀しげなエメラルドの瞳と、一瞬目があったが、すぐにカーテンを閉められた。
―――少し、やつれたか。もう俺にあの笑顔を向けてくれる事はないんだろうな…。
トマスは肩を落としてタウンハウスを後にした。
ロザリンドが領地へと出発した日、ジュリアが話があるからとファインズ侯爵家を訪ねてきて、エドワードという男の事を聞かされた。
「幼い頃からずっと一緒にいる、大切な存在だとロザリンドが言っていた」「恋人なのではないでしょうか?」と告げられたトマスは、「そんな事はない。俺はローザを信じてるよ」と、笑って流した。
しかし、その日から毎日ジュリアはトマスの元を訪れては同じ様な話をする。不安になったトマスはロザリンドに宛てて手紙を出した。返事は返ってこなかった。遠い辺境の地だから、手紙の紛失もあるかもしれないと思い、何度か出したが、ついに返事が返ってくることはなかった。
『そう言えば、ウォーレンと言う名の男性が邸を訪ねてきていました。ロザリンド様の忘れ物をお届けにいらした…と。こんな事は言いたくないですが、ロザリンド様は…その、複数の男性とお遊びになる為に王都へいらしたのでは?デビュタントでも何人もの男性と踊っていらしたし…』
その言葉にショックを受けたトマスは、手紙が返ってこない事も相まって、ロザリンドの気持ちがだんだんと信じられなくなっていった。
その原因とされていた“エドワード”が、今トマスの目の前にいる。
「立派な…軍馬ですね」
「ああ、アランドルベルムは軍馬の産出にも力を入れているからね。この“エドワード”はロザリンドが仔馬の頃から世話をしている」
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「ロザリンド嬢の手紙には、エドワードの事も書かれていたのでしょうね」
「まあ、そうだろうね。あの子はエドワードが大好きだから」
「ジュリアが、ロザリンド嬢からの手紙を手に入れて、すべて目を通していたのなら、その事も…」
「当然知っていただろうね。その上で、君を騙し続けたんだろう」
トマスはブラッドリーの言葉に、目の前が真っ暗になった。
「俺は、なんて愚かな事を…」
「過ちは誰にでもある事だけど、君は侯爵家の嫡男だ。もっと警戒心を持つ事をお勧めするね」
「その…ロザリンド嬢に「会ってどうするつもりだい?」」
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「ただ…、彼女に謝りたいです」
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―――少し、やつれたか。もう俺にあの笑顔を向けてくれる事はないんだろうな…。
トマスは肩を落としてタウンハウスを後にした。
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